狼のーかの花嫁(30)最終回


こんばんは。
最終回です。

ギャグでパロディでファンタジーで、
ほかにもいろいろ踏み外して難点はありますが
細かい事は気にしない、そんなあなたに贈ります。

勝負の結末は―――?

【現パラ】【パロディ】【ファンタジー】【最後は甘く〆?】
(ちょっと長いです。もし、エピローグまで見られない方いらしたらお知らせください)

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(30)最終回
* * * * * * *

評議員と陛下との一対一の真っ向勝負。
一の勝負は「形」

クワっと両眼を見開いた柳大臣は
「はああああああああぁぁぁぁっ!!」と大声を上げ、全身全霊をかけた一撃を繰りだした。

ゴゴウと大地が唸り声をあげ、評議上の中央の舞台を中心に、すさまじい圧力が生まれる。

柳義広大臣の体全体から緑色の靄が立ちのぼり、束ねられた緑の靄は眩しいほどの光となって陛下の手にあったカボチャへと一直線へと走った――

勝負は一瞬だった。

「じゃぁあぁんむぅっ けぇぇーん ぽぉおぉぉぉぉぉ~~~っ」
ゴゴゴゴゴゴゴ…
鬼気迫る気迫と共に打ち出された
柳大臣の拳は、グー

一方
真っ向から受け止める陛下は左の手は、パー

夕鈴(ウサギ姿)は、顎が外れたように、ポカーンとした。

(―――えっ?
えっ?
なに、
まさかの
ジャンケンポン―――?)

鬼瓦のように顔をゆがめた柳義広が、スローモーションのように床に崩れ落ちた。

「ぐぐぅ…
さすがは陛下にございますな」

「いや、さすがは柳大臣。
素晴らしい一撃だった――」

「ははぁあっ!
有難きお言葉」

辺りにはキラキラと木漏れ日のように大地からの祝福が降り注ぎ、人々は大きく深呼吸をし、大きなため息を吐き出した

陛下の身を案じ『さぞ壮絶な戦いになるのだろう』と覚悟し固唾をのんで見守っていた夕鈴は、あまりにあっけなく「グーにはパー」で勝負がついた試合を目の当たりにして、二の句が継げない。

柳大臣の体からほとばしった緑色の光は魔カボチャに命中したが、それは陛下の魔カボチャに何ら影響を与えることなくはじけるように雲散霧消していった。

膨大な大地のエネルギーは散り散りになり、評議会議場となっているドーム天井に反射してキラキラと木漏れ日のように降り注ぐ。

「一の勝負、珀 黎翔陛下の、勝ち」

周康蓮がモニターに大写しになり、陛下の勝ちを宣言した。

客電が入ると場内が明るくなり、場内アナウンスが流れる。

『ただいまより、10分間の休憩を戴きます。どうかチャンネルはそのままで、引き続き試合をお楽しみください―――』

人々のざわめきが戻ってきた。
戦い内容を互いに解説試合、拳を振るって説明をしあう興奮した声。

そんな周囲の反応は、ちっともピンとこなかった夕鈴にも
『何となくすごかった』と感じさせる。

(じゃあ、素人目には分からなかったけど、あの今のって、実はすごい戦いだったわけ?ただのジャンケンにしか見えなかったけど――)

瑠霞姫がフフと笑って、つぶやいた。

「お見事だこと。
柳大臣の邪無拳法(じゃむけんぽう)…よく練り上げられた熟練の大技をここで見られるとは思わなかったわ。
悪の力を用いる邪な魔法使いには、あの柳大臣の拳は受け止めきれなかったことでしょう。だけど、やはり陛下の魔力の方が一枚上手だったようね。
…さすが兄上の子」

瑠霞姫、解説、ありがとうございます。

(にしても、なにかしら。
あたり一面、森の香りが…?)ウサギの夕鈴がクンクンと鼻を鳴らすと

「うふふ、なんて素敵な森の香りなのかしら。
柳大臣は土と緑の魔法を使いこなす第一人者。その術を打ち破ったときには大地の恵みが広がるの」

(へぇ…)

「この国で今年収穫されたランタンカボチャに、その恩恵は届くのよ…。
この議場の真下には広大な地下倉庫があって、そこに今年収穫された全ての退魔カボチャが集められているのだから」

(ランタンカボチャに?)

「そう。魔法は大地から生まれるエネルギーだから♪」

魔法というのは何かしら奥深いものだと夕鈴は思った。
きょろきょろしながらフンフン夕鈴が鼻をならすと
「ああん、くすぐったいわぁ、夕鈴ちゃん♪」と瑠霞姫が甘い声を出すものだから、思わず夕鈴は赤面して首をすくめた。

「でも、ちょっとあっけなさ過ぎたかしら。過去の公開評議にはもっと見どころはあったと聞いているわ。先制攻撃で相手の力量を見極め(さいしょはグー)、続く第二波(ジャンケンポン)、第三波(あいこでしょ)と交わしあうものだと聞いていたけれども…
そんなファンサービスとか、あの子ったらお構いなしね」
瑠霞姫はコロコロと笑い転げた。
「何を焦っているのかしら? ねえ…ウサギちゃん?」
瑠霞姫はウサギ姿の夕鈴を構い、頭や耳の付け根に指を這わせ、毛の流れに沿ってスルスルと撫でる。

(―――?)
瑠霞姫は何をいいたいのだろう?
と、夕鈴が疑問に思ったとき

「それにしても…まあ、それにこれはまた清らかなフィトンチッド・ミストシャワーだこと」と瑠霞姫は話題をそらし「ねえ、そう思いませんこと?」と振り向きながら後ろに群がる少女たちに声をかけた。
その中でも感極まり涙を流しながら惜しげもなく拍手を送っていた一人の少女が立ち上がった。

「瑠霞姫様、ほんとうに。陛下の御技は素晴らしいものでした!
なんという美肌効果でございましょう!効き目抜群の恩恵を民に分け隔てなく与えるとは―――私、感動しておりますっ!
マイナスイオン効果のおかげで、執筆で溜まった疲れまで癒されていくようですわ♪」

鈴を鳴らすように美しい声の主は―――
(…紅珠!?)
夕鈴は、今の今まで、気が付かなかった。
(方淵の温室で、1つ目のカボチャの種を育てる時に紹介された、水月さんの妹さんじゃない――)

「執筆?
あら紅珠。あなた、何か書きものをされるの?」

「ええ、先日、私陛下のお妃様にお会いする栄誉を賜りましたの…それからもう、寝ても覚めても素晴らしいお二人の愛について考えずにはおれなくて―――それでつい。このような巻物をしたためておりますの」

(…えっ?!)
瑠霞姫に抱きしめられているウサギ姿の夕鈴はぎょっとした。

紅珠は頬染めて、そっと袖の下から巻物を取り出した。

「…勿論、他愛のないわたくしの想像の産物なのですけれども」

はらり、と巻物をほどかれ中を見せられる。
あわてて目で文章を追った夕鈴は次第に青ざめていった―――

それはモデルが非常に分かりやすいある青年と少女の物語の話のようで…
(ひえーーーー?!)
紅珠が差し出した巻物を、後ろから令嬢たちが我も我もと身を乗り出して覗き込んだ。
「まああっ、紅珠さま!
わたくしにも読ませてくださいません?」
「まだ本当にさわりだけなのですけれども…宜しいかしら?」
「ええっ!」
「是非、読ませてくださいませっ!!」
令嬢の間で引っ張りだこで巻物はあっという間にあたりに一大センセーションを巻き起こす。

(ギャぁぁぁぁぁぁ…!!)

夕鈴の叫びは誰にも届かなかった。
紅珠の作家活動がこの日を境に大プロジェクトへ発展していくなど…この時どうして知り得ることができたであろう…

さて、そうこうしているうちに、場内に予鈴が鳴り響いた。
再び場内アナウンスが入る。
「大変長らく御待たせいたしました。間もなく二の勝負が始まります。どなたさまもお席へお戻りください―――」

紅珠作品の回し読みはアナウンスを機に一旦区切りが付けられたようだったが、夕鈴は穴を掘って潜りたい気分であった。

先ほどよりは若干目の下の隈が薄らぎ、やや健康的になった(?)周康蓮がモニターに大写しになると、あたりは水を打ったように静まり返った。

下手の評議員席の優し気な男性をカメラが捉える。
氾史晴大臣、とスクリーンいっぱいに顔が映し出されると、一部熟年女性からきゃあアーと黄色い声が上がった。

「ふふ、さすが氾大臣。女性に人気だわね。
あの優しげなマスクの下に隠されてる恐ろしさも知らず――」意味深な瑠霞姫の言葉に夕鈴は首をひねる。

周大臣が「宜しいか」と対戦両者に声をかければどちらもうなづく。
周康蓮が声を張り上げ(でもボソボソ)宣言した。

「これより、二の勝負。色つやの審議、はじめ」

「お父様! がんばって」
手を祈るように重ね、紅珠がおもわず立ち上がる。

氾史晴は、評議員席の手すりに優雅に手をついたまま微笑んでいた。

「色ツヤは魔法の影響力…攻撃力、と言っても良いかしら。
同じ魔力でも効き目のあるなしが分かれる大切な要素よ。
国の中でも一二を争う実力者同士の対決―――さあ、どうでるか」
と瑠霞姫の言葉に、夕鈴はハッとなった。

「これはこれは陛下、ご機嫌麗しく――」

「…構わぬ、こい」

黎翔がジロリと睨みつける。
ああ、またなんと愛想のない…と思いながらも氾史晴は笑いながら指先をダランと下げ、寂しそうなそぶりで微笑みながら会場に流し目を垂れまくる。

きゃあああああと熟女たちが叫び、バタバタと卒倒するものまで出始めた…。

「氾史晴…やっぱり食えない大臣だこと。
まだまだ衰えない男の色香は、さすがね」
…でも私はダーリン一筋なの、うふふ、と瑠霞姫はウサギの夕鈴にチュッと軽くキスを落とす。

夕鈴は訳も分からず赤面するばかり。

「では、遠慮なく―――」氾が先に仕掛けた。

シュッと氾大臣の指先から何かがほとばしった。

狼陛下は意にも介さぬように、微動だにしなかった。
美しい陛下の頬に、一筋の赤い筋がでて、そこから血がつつぅとにじんだ…

(――え? 陛下、お怪我っ!?)
夕鈴は蒼白になって、じたばたした。

「夕鈴ちゃん、慌てないで。あれは――水」

(水?)
夕鈴は瑠霞姫を見上げる。

「氾は――水を操る魔法使い…。まさかそれ位で済むはず、ないわよね?」
瑠霞姫がゴクリと喉鳴らすと、氾史晴は爽やかに目を細め、端正な指先をくるりと回し、両腕を優美に大きく広げた。
あたかも極上の音楽で舞うがごとく、その指先からあふれ出たのは、水の奔流。
何万トンという水量の水が天井から、床から、ありとあらゆる方向から吹きだし、観客はわぁわぁと声をあげ逃げ惑う。議場はあっという間に水没しそうな勢いだ。

「いかがですか? 陛下―――」

観客席は水浸し。水に足を攫われ溺れる者、アップアップとあえぐもので辺りは阿鼻叫喚の様相を呈していた。
史晴はあたりの惨状など気にとめる様子もなく、他人事のように、ただ少しだけ寂しそうに笑った。

「お前のことだ。議場を水没させることを楽しむだけが趣向でもあるまい?」
狼陛下が睨み返すと

「ははは、お見通しですかね。では…」
と今度は指先を翻すと、水の中から大きな水龍が現れた。

大きな口を開け、黎翔に襲い掛かる水龍。

「あっ、陛下ぁあああつ―――!」

思わず夕鈴が叫んだ瞬間、黎翔がおもむろに手で制すと、水龍は狼陛下に従って動きを止めた。
そのままギンっ、と音がするほど水龍を睨みつける。

睨む、という行為に、これほどまでの威力があろうとは―――

まるで陛下の眼から光線が発射されたかとみえるほどの勢いだった。
世に云う「他を威圧し屈服従させる狼陛下の眼光」はウワサ以上の圧巻ぶりであった。

水龍は凍り付き、ほとばしる水流もそのまま氷柱オブジェと化し、議場の内部は美しくも冷たい氷の装飾で彩られた――

「こんどはこちらからも行くぞ」
フッと片方の口角をあげた狼陛下は、腕を一薙ぎした。
ガラガラガラ…と氷柱は次々砕かれ、辺り一面粉砕された氷の粒が吹雪のように巻き上がった。圧縮された冷気が一気に爆発し、耳をつんざく爆音とブリザードが一面吹き荒れ、全てのものが凍り付いた。
「れ、冷凍ビーム?!」
VIP席は観客席の一番上のバルコニー席だったので運よく氷漬けにはならなかったものの、議場の気温は氷点下。
観客席の半分の民はカチンコチンに凍り付いている。残りの半分はシャーベット並みに凍っていた。

瑠霞姫は健在で、あたりの毛皮を掻きよせ、ウサギの夕鈴ごとぎゅっと抱きしめ暖をとった。

「…氾、観念しろ」
氾の指先までも凍らせ、身動きを取れなくしたあげく、
狼陛下はフワリと飛び上ると、氾史晴の肩を軽くトンとつま先で触れた。

その途端、氾史晴は氷の破片となって砕け散った。

「―――おっ、お父様ぁああああ!?」
絹を引き裂くように紅珠が叫んだ

「勝負、あり!」
周康蓮の声が響く。

「…なんだ。つまらん」

狼陛下はため息をついて今度はマントを翻した。

毛皮で縁取られたマントの端から炎の奔流が生まれ、
あたりは火で舐めつくされ、あっというまに氷は解け、蒸発した。

――それなのに、誰一人として傷ついてなどいなかった。

砕け散った氾史晴の氷片は、水にもどると表面張力で床の上で盛り上がり、繋がり、その中からにょきにょきと透き通った人の形が再生する
――氾史晴はものの数分もたたぬうちに、元の姿に戻った。

「お父様…よかった」紅珠は安堵の吐息を漏らした。

「おやおや…これくらいでは歯が立ちませんでしたね。
しかし浄化された清い水は、地下のランタンカボチャにとってさぞ恵みの甘露となりましょう…」

氾史晴はフフフと笑う。

「お前にしては遠慮がちだったな―――」

それまでの硬い表情を一瞬崩し、笑って見せる狼陛下。

その笑顔に、夕鈴はメロメロになった。
…が背後の令嬢たちも同様だったため、黄色でかしましい声が盛り上がり、正直夕鈴は面白くなかった。

「水、氷、炎、そして大地の緑――
―攻撃も防御も、陛下にかなう者はおりますまい。どの属性であれ、陛下のお力は超一級品でございますな」

「いや、まだ一つ。残っている属性があるはずだが――」
柳大臣が横から重い口を開いた。

(もしかして、もう一つの属性、というのが、もう一人の対戦相手?
ということは、いよいよ三番目の評議委員の登場――?)

「あら、なかなか鋭いわね、夕鈴ちゃん」
瑠霞姫の声に、夕鈴はハッとなった。

(もしかして、もう一人は ――周大臣?)

と夕鈴が思った途端、
夕鈴を抱えたまま、瑠霞姫がフワリと浮き上がった。

「ホホホホ…は・ず・れ♪」

そのまま瑠霞姫はシルフィードの精のように風と戯れ、議場の真ん中までひとっ跳びで移動したのだった。

場内アナウンスが鳴り響く。
「まさに天かけるつむじ風、瑠霞姫。
珀黎翔の叔母君にして白陽国の宝石と間で誉れ高き美魔女。
…さあ、注目の三の勝負の行方やいかに――!?」

舞台の最後の一つ、中央の評議員席に収まると、瑠霞姫は妖艶に手すりにもたれかかった。
その胸元には金色ウサギ(夕鈴)が胸の谷間で圧死寸前だった(←)

「さあ、陛下。最後は、私がお相手よ?」

(るか、ひめ――?!)
夕鈴は彼女の胸に抱かれながら大混乱に落ちいった。

「三の勝負は、大きさ――あなたの器の大きさ、見せていただいてよ?
よくって? …それとも、少し休憩が必要かしら?
もちろん、その間にこの可愛いウサギちゃんが窒息しちゃうかもしれないけど――」

「その必要は、ない」
陛下は、瑠霞姫の胸に抱かれたウサギを見つめギリっと歯ぎしりをした。
「夕鈴を離せ――!」

(へい、か? 私って、分かるの?)
ウサギの姿でも分かってもらえるのは嬉しかった。
…でも陛下にとって自分が足手まといになっている状況に、夕鈴は泣きたい気持ちだった。

「じゃあ、さっそく好いコト、しましょう?
甥っ子の君。あなたが負けたら――あそこの席にいるご令嬢たちとお見合いをしていだだくつもりよ、わたくし」

(…瑠霞姫、陛下の、おば、さん?
わたし、へーかの身内に、ダメ出しされたってわけ?
釣り合いがとれないから…私じゃだめだから――
へーかには相応しい れいじょうを… )

夕鈴は今になって初めて瑠霞姫の考えを知り、まるで騙されたような気分になり悲しくなってしまった…。

瑠霞姫がカラかうような口調でコロコロを笑うのを遮り、
狼陛下は「周、はじめよ」と低い声で命を下した。

周康蓮が素早く「三の勝負、はじめ」と行司を振りかざす。

会場の大型モニターに瑠霞姫と珀黎翔陛下の麗しいドアップが映し出されるや、むっふぁああ…と訳の分からぬ声が辺りから上がり悶死寸前の観客まで出る始末(?)

そんなゆうちょうな観客を放っておいて始まった二人の戦い。

風の精霊を従えた風使いの瑠霞姫は、豹のかぎづめのような切れ味のカマイタチを繰りだし、狼陛下を追い詰める。自由自在に気体を圧縮する能力はすさまじく、真空から空気の大膨張!鼓膜が破れるかとおもったほど、荒っぽい魔法が次々繰り出される。

さすがに血筋は争えず、
瑠霞姫の魔力も大したものだった。

そのうえウサギの夕鈴を人質にとられている陛下は、防御も、反撃もしなかったのだ――

(あのお強い陛下が…)
夕鈴は眼をうたがった。

(せめて、防御だけでも――)

一方的な瑠霞姫の攻撃は執拗で、豹のドレスの裾が風に舞うたびに、陛下は打ちのめされ切り裂かれた。

「このように何も持たぬ者よりも。
容姿、血筋、教養、どれをとっても最高の、王にとって相応しい相手がよりどりみどりで
今直ぐにでも手に入るというのに――強情だこと」

何の反撃もせず、一方的にやられる陛下。

(わたしが、人質だから――?)
夕鈴の目には涙がいっぱいたまって、視界がボケていた
(お願い、陛下。私の事は気にしないで…
闘って!)

その時、瑠霞姫の強靭な一撃がまた陛下に命中し、陛下は大きく跳ね飛ばされた。

(瑠霞姫、やめて――っ!)
…だが瑠霞姫のしなやかな身ごなしに振り回されながらも、一瞬、会場の真ん中の席に佇む、ある人物たちが目に入ったのだ。

(――方淵、と、水月、さん?)

ウサギの夕鈴に、声は出せない。
キュウー、くっ、くっ、という押し殺した小さな鳴き声くらいでは、広い議場を観戦している人々の大歓声にかき消され、助けを求めたくても声を届けることができなかった――その時、夕鈴の涙にひゅっと引かれて、何かが顔にへばりついた。

ピンクの卵大の大きさのそれには、
にょろにょろと8本の足が生えて、吸盤で吸い付いついていた。

(…まさか。この子、水月さんの…)
ウサギの視界はとっても不便なのであるが、この感触と吸盤の形には見覚えが…

(やっぱり、タコのチューちゃん!!)

夕鈴は、こんな場所でこんな状況にもかかわらず
いけすラボで出会った、水月さんのペットのチューちゃんと再会を果たすことができて、なんだかとても嬉しかった。
夕鈴の涙に、吸い付いて水分補給をしているのだ。
(そうか、タコは海水の生物だから、チューちゃんも塩味が好きみたい…?)

その時、瑠霞姫がタコのチューちゃんの存在に気が付いた。
「キャーっ!?」
ブンブンと体を振り払い、気が狂ったように瑠霞姫は飛び回った。

「わっ、わ、わたくしの、胸の谷間に、エビルでデビルなっ…!」

瑠霞姫の一払いが、タコのチューちゃんと、金色ウサギの夕鈴を
空中へと投げ飛ばした。

狼陛下はその瞬間を見逃さなかった。
空中に跳ね飛ばされた夕鈴を一目散に追いかけ、手をのばし…

陛下の指が触れたとたん
夕鈴に掛けられていた瑠霞姫の魔法が、とけた――。

空中で、夕鈴は生まれたままの姿にもどり

「…うっ、 ぎゃぁあああああああああ~~~~!!!!!」

と頭から火山が噴火したような奇声を張り上げる彼女の姿は
あられもなく、万民の前にさらされ
……

狼陛下は
―― ついに、キれた。

その時、議場にしつらえられた、壮大なコニーデ山の頂上にあった魔カボチャが一気に膨張した。
陛下と夕鈴が育てた魔カボチャは、
議場のドームをはるかにしのぐサイズまでむくむく巨大化すると
議場の天井を吹き飛ばし、それでも足りずにまだ巨大化し、

――噴火した。

その日のことは
誰も記憶が定かではない

ただ、分かっていることといえば。

議場の地下に集められた退魔カボチャは稀に見る豊穣の祝福を浴びたこと。

そのおかげで美味しく美味しく生まれ変わった退魔カボチャは、過去お目にかかったことがないほどの最高級品だったという。

仕上がった白陽ランタンカボチャはその後全世界に出荷され、富と名誉を、白陽国にもたらしたということ。

そんな状況下にもかかわらず、記憶を全て失わず断片的に残すに至った
氾紅珠という稀な存在がいたこと―――。

とある青年と少女の真の愛の姿に感動したという彼女は
この時の様子を、彼女の空想と妄想で練り上げ、世に送り出し
大ベストセラー作家となった。

狼陛下21歳。

大豊作の年。

白陽国の農家のみならず
陛下にとっても豊穣の年となった、という――。

* * * * * * *
エピローグ
* * * * * * *

「だから、だからっ!」

「ウサギは服、着ないし」

「――だから、だからぁあっ!!」

「うん、狼も。
服なんて着ないよ?」

だから…って。
裸で抱き合って――

「いいんじゃない?
だって、ゆーりん。
のーかの花嫁、だし」

陛下がニッコリ笑うと
もう何もいえなくて

「君がみつけてくれた魔カボチャのおかげで
魔力の影響なく、君と一緒に居られるし…」

狼陛下は、彼女に感謝の口づけを贈った。

「ほら。魔カボチャに魔力を預けてる間、
ぼくは、普通の、ひと、でしょ?」

「ふ、ふつうの人、とかじゃ…ありませんよ」

「普通じゃない?」

黎翔は眉をしかめた。

「へーかは魔力がなくても。
…私の好きな、
特別なひと、です」

「よかった。
それならこのまま
…君を愛せる」

ギュッとだきしめられて
口づけを落されて
じたばたしようとしても、やっぱり身動きとれないほどで
押したおされたまま夕鈴はメロメロになって、
降ってくる陛下の口づけを受け止めた。

これは、夕鈴が迷い込んだ不思議な国で
陛下のためにカボチャをみつけて、育てたお話し。

魔カボチャのおかげで

二人は
とっても幸せになりましたとさ――。

めでたし、めでたし!

*

狼のーかの花嫁(29)


こんばんは。
間が少しあいてしまってすみません。

沖縄は梅雨があけてるそうですね
あっという間に7月が近づいていました。

あまりに速い時の流れに身をまかせちゃって
もうドキドキです。

連載途中で間があくのは宜しくない

なにが宜しくないって
一番にはご訪問くださる方々に、大変心苦しく、申し訳ない。

そしてもう一つ
ザルな記憶が漏れ漏れになる梅雨時
(梅雨関係ない)

(こんなにしばしばインターミッションが入るなら
もっとシンプルなお話しにすればよかったと
それは後から思うことで…)

――いろいろお詫び申し上げます。

というわけで
設定がてんこ盛りのファンタジー。

諦めてお付き合いくだされば嬉しいです


無理は禁物。
ここでUターンしてくださって大丈夫です。

なんでも来いの方はどうぞお進みください。

あとちょっとで最後のはずです――が?
はたして終わりは見えるのか

収穫祭のメインイベント、公開評議が始まります

【現パラ】【パロディ】【ファンタジー】

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狼のーかの花嫁(29)
* * * * * * *

収穫祭に浮き立つ白陽の地。どこもかしこも華やかに飾られ、人々は大騒ぎをしている。
だが夕鈴は、あいにく檻の中。

瑠霞姫がパチンと指を鳴らすごとに、ボワン、ボワンと煙があがり、
七変化する自分の姿に夕鈴は戸惑っていた。
「これは――?」
「…あ~らぁ、だって。
夕鈴ちゃんたら何を着せても似合うんですもの!
うふふ。
―――でもやっぱり、これが一番かしら…」
もう一度パチン、と瑠霞姫は指を鳴らした。

夕鈴は小さなウサギになっていた――。

瑠霞姫は美しい手付きで小さなウサギを抱え上げ、
大きく開けたドレスの胸元で抱きしめた。

「さあ、公開評議に参りましょ、お妃様?」と妖艶な唇を長い美しい爪でなぞった。

* * * * * * *

街の中央のランドマーク、大きなドーム天井を持つ古式ゆかしい大評議場の建物の周りは大勢の人であふれかえっている。
いよいよ王21歳の公開評議が始まろうとしていた。

古より定められし21歳に達した若き国王または王位継承権の持つ者に対して行われる儀式。

例年、退魔カボチャとの魔法戦は収穫祭のメインイベント。

“ランタンカボチャ”と呼ばれる退魔カボチャは魔法を吸い取り、夜、灯火のように光り輝く不思議なカボチャ。魔法使いにとって天敵であるこの恐ろしい退魔カボチャは、収穫祭イベントの魔法戦によって美味しいカボチャに生まれ変わる。最高級ブランド、白陽ランタンカボチャは全国各地へと出荷され、貴重な外貨を魔法使いの里である白陽国にもたらすのだ。

だが今年は珀 黎翔国王が21歳を迎え、特別な公開評議が行われる。
国王はまず最初に三人の評議員一人ずつと、形、色艶、大きさをで対決し、そのあとに国中の退魔カボチャにたった一人で挑むのだ。

ドーム天井を持つ巨大な円形評議場は、すり鉢の斜面部分の客席は大勢の人が埋め尽くしていた。
夕鈴は瑠霞姫の胸に抱えられ、ドキドキしながら会場に居た。
舞台正面最上段に設えられたバルコニー席は見るからにVIP席。

その一角は強烈に人目を惹きつけた。
…というのも、花々が咲き乱れるがごとく、色とりどりに着飾った美人ぞろいの令嬢たちがバルコニー席を埋め、咲き誇る花々のような笑いさざめいていたから。
瑠霞姫はその華やぎの頂点に君臨する女王のように中央・最前列の毛皮のシートに収まり、花園の主は艶然と評議場を見下ろしていた。

人々は今か今かと固唾をのんで待っていると、あたりの照明がゆるゆると落ち、薄暗くなり大きな鐘の音が鳴り響いた。

舞台中央がするすると音もなくせり上がり、あっという間に象牙色の高い壇が現れた。
裾を長く引いた円錐状のコニーデ型の壇は客席の最上段よりも高く高くそびえたった。
山裾から壇上まで続く長い階段。その半ばに黒づくめの男がすうっと音もなく降り立った。

(…どこから現れたの?)
ウサギ姿の夕鈴は前脚で目をごしごしこすった。

「周宰相ったら、相変わらず陰気な顔を…」
瑠霞姫がクスリと鼻で笑う。

山のようにそそり立つ壇を取りかこみ、舞台に向かって上手、中央、下手に評議委員のが三つ用意されていた。向かって右手、上手の席に髭を蓄えた無骨な男性。右の下手には瀟洒な雰囲気をまとった優し気な男性が、それぞれ設えられたバルコニーのような手すりに囲まれて立っていた。だが中央の評議員席は空席だった。

ファンファーレが鳴り響く。
ソワソワした雰囲気が会場を包んだ。

「…ついに、いらっしゃるぞ!」
「貴重な魔カボチャは魔法使いの垂涎の的。
陛下はどんな魔カボチャをご用意されたのだろう!?」
「史上最強と謳われる魔王であらせられる陛下であれば、
恐らく見たこともないような立派なものに違いあるまい! 
伝説の魔カボチャをこの目で拝めるなんて…!!」

上ずった人々の気持ちは、そのあと一瞬にして掻き消された。

どこからともなく冷気が会場を包み、ゾッとするような気配が会場を覆った。
魔王の降臨に人々は粛々と首を垂れ、会場中の人々が一斉に膝を折り平伏した。

典礼の声がかかる
「陛下の、おなーりー!」

ビリビリとした雰囲気だけで魔王の登場は一瞬にして知れ渡る。
それほどの威圧感を纏って小高い壇上に狼陛下が現れた。

会場中の人々が平伏し額を床に擦り付けお辞儀をした。
そうしながらも『陛下がご用意された最強の魔カボチャ』を一目でも早く見たい彼らは、ムズムズする気持ちが背中にあふれていた。

「皆の者、面を上げよ」
声がかかると人々は不遜ととられぬ程度にジリジリと頭を上げながら
我先にとばかりにその視線は陛下のカボチャへと走った。

――ところが
陛下の手にあったのは、いかにも『普通』
ころりとした黄金色の小ぶりのカボチャだ。

「まさか―――あれが?」

当てが外れた民の間でヒソヒソと声が上がる。
「まさか、魔カボチャが見つからなかったとか…」
「そんなはずは。陛下ともあろう御方がまがい物を人前に持ちだすはずはあるまい」
「もしあれが本当の魔カボチャだったとしても、あれでは小さすぎだ」
「これでは、陛下の負けと勝負は先に見えたようなもの」
「今年はローンを組んでるからなぁ、不作は困るなぁ…」
人々の落胆の声で、会場がざわめいた。

それにしても、ウサギの視点は新鮮だった。
VIP席で毛皮に包まれシャンパングラス片手に観戦中の妖艶なる美女、瑠霞姫。
VIP席の後ろ側には着飾った妙齢の令嬢たちがぎっしりと取り巻いており、姿を現した狼陛下の際立った容貌に色めき立っていた。

ゴウジャスな豹のドレスを身にまとった瑠霞姫は、小さな金色ウサギに変化した夕鈴を、あたかもアクセサリーのように抱きしめている。
夕鈴は瑠霞姫の腕の中でぴょこぴょこと耳を動かして辺りを見回した。

遠目にみても陛下は存在感があってカッコいい。
毛皮の縁取りがついたマントを翻すしぐさは堂々と威圧的。
夕鈴の胸はドクンと高鳴った。

周宰相と呼ばれた男は、懐から小さな巻物を取り出すと広げた。
その様子は会場のあちこちに設置されたワイドモニターや、天井からつるされた大きなスクリーンに様々な角度から映し出される。細長い指のしわまでもが映し出される解像度の巨大スクリーンの映像が切り替わり、突如周宰相の陰気な顔がスクリーンにアップで映し出され、その途端ドヨンドヨンという効果音が会場にいる人々には聞こえたような気がした。

宰相 周康蓮、と字幕が入り、どうやら話す内容もちゃんと字幕スーパーで表記されるようだ。
「開会の宣言」というタイトルがモニターに大きく浮かび上がった。

周宰相が儀式の流れとそれにまつわる説明をしている間じゅう、夕鈴の胸はドキドキと高鳴った。
(へーか…大丈夫かしら)
「あらあら。夕鈴ちゃんたら。少しは落ち着きなさいってば」
ギュッと胸に押し付けられる。
(あのその、さっきから、るるる瑠霞姫の、むね、むねっ!胸に当たってるんですけどー)
ジタバタするウサギを両手でかかえ、ジッと見つめる瑠霞姫の眼は肉食系。
「…っ!?」夕鈴はドキンと胸が弾んだ。

――そのとき、陛下が一直線にこちらを見た…ような気がした。
赤い瞳が輝き、一瞬夕鈴だけを凝視したような気がしたのだ。

瑠霞姫の背後に控えていた令嬢たちはキャーっと黄色い声を口々に上げた。
「今、私をご覧になって?」
「いえ、私よっ!!」
「…」
そんなかしましいやりとりをしり目に
夕鈴ウサギは身体をすくめ、思わず瑠霞姫の胸に潜り込んでいた。
「――っ!?」
夕鈴はドキドキと胸の高鳴りを抑えきれなかった。

(…まさか。
ここはバルコニー席の一番上。
こんな遠くで目が合うわけ、ないわよね――)

万を超える人が入っている大会場。
しかも自分は小ウサギの姿で瑠霞姫の豊かな胸の谷間に挟まれ、耳の先っぽと鼻先しか、出ていない状況。
ましてや瑠霞姫をはじめ、あでやかな令嬢たちが群れ集うVIPルームの華やかさといったら…。

「だいたい陛下が私に留守番していろと言ったんだから。居るはずのない人間を見つけるなんてありえないわよ。
きっとキレイな女の人達がいっぱいだから…そうよ、ヘーカのスケベっ!!」
夕鈴はもう一度、心の中で強く否定した。

(――あらあら、目ざといわね。
それにしても困ったものだわ…あの子ったら。腕によりをかけて揃えた粒ぞろいを令嬢たちには目もくれず…)
瑠霞姫はフッと相好を崩した。

ウサギ姿の夕鈴の額をマニキュアを施した爪先でくすぐる。

夕鈴はそこに陛下の印があることを思いだし、思わず赤面してしまった。
魔カボチャを育てるために、陛下と二人っきりで過ごした一週間余り――
「…うっ…ギャーっ!!」
ボフン、と湯気が挙がり、プルプルプルと首を振るウサギを瑠霞姫はホウっと一つ、悩ましげにため息をついて撫でるのだった。

「…愛っていいわねぇ」
瑠霞姫はつぶやいた。

「――以上、これより国王珀 黎翔陛下、御年21歳の儀式を始めさせていただきます。国王と評議会代表の三名は互いに魔法使い精神にのっとり正々堂々と戦うことを誓うべし…」

(…あら? 評議員席には二人だけで始めるの?)

夕鈴は気が付いた。
評議員が立つと思われたバルコニーの数は3つ。さきほどからその一つ、中央の席が空席のままだった。
周宰相はそれに構わず宣言した。

「ではこれより、一の勝負。開始!」

周宰相が腕を振り下ろすと、左の男性が立ちあがる。顔のアップがパッとモニターの字幕に表示された。評議会代表其の一、柳義広大臣と字幕が被っている。
柳大臣は両袖を合わせ、深々と一礼を捧げる。

「陛下。ご尊顔を拝し奉り――」

「堅苦しい挨拶はいらん。どこからでも来い」

陛下が一瞥を食らわせると、柳大臣は「ハッ」と短く返事をし、頷いた。

落ち着いた表情のようにみえたが、スクリーンでアップになると、柳大臣はうっすらと脂汗をかいているように見えた。

「では畏れながら、まずは形!
貴方様の防御力と、魔力の本質――つまりあなた様のお力が、善なるものか闇のものかを拝見させていただきますぞ!」

湧き立っていた評議場内がシーンと静まり返る。

柳大臣が両手を前に差し出す。指先は高い壇上の陛下の方へと向けられている。
目をつぶり静かに呼吸を整え、時が止まったかのように思えた。

…クワっと柳大臣の両眼が見開かれる

「はああああああああぁぁぁぁっ!!」
会場の建物を大きな掛け声が震わせた

柳大臣は猛烈な勢いで挑みかかっていった――

*

狼のーかの花嫁(28)


こんにちは
いつもご訪問くださり、ありがとうございます

少し溜まった疲れに低気圧が乗算されたのやら
昨日は一日頭痛を友として
…でもまあ
久しぶりにのんびりお布団でゴロゴロしました

さて
お話もラストステージに向け着々進行中
いよいよ収穫祭を迎えまして
メイン・イベントに向けて夕鈴と浩大も隠密行動中なんですが―――

また登場人物が増えちゃいますよ
いまさら。

【現パラ】【パロディ】【ファンタジー】【つむじ風】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(28)
* * * * * * *

その時、突然夕鈴の背後から声がかかった。

「…ねえ、ちょっと。
…私の愛しいウサギちゃん」

「――はい?」

振り返ると、大きな日傘をさしたとても美しい女性が立っていた。
「…ひょ、豹?」
夕鈴は振り向いてぎょっとした。
彼女が身に着けていたベルベットのヒョウ柄ドレスにはキラキラと数えきれないほどの宝石が輝いていた。
大胆な柄とデザインなのにもかかわらず、決して下品ではなく、むしろ高貴であった。

ボリュームのある胸元をギリギリ絶妙なラインで包み込み、キュッとしまったウエストを一際引き立てる。
長い裾の左脇には大胆にスリットが入り、腿の付け根からすらりと伸びた脚を大胆に披露し、
その爪先には金色に輝く華奢なピンヒール。
そのひとは見たこともないような美しい女性で、夕鈴は思わず顔を赤らめてしまうほど。

艶やかな長い黒髪に、長いまつげ。
端正に整った顔立ちにくっきりと赤いルージュがとても良く似合っていた。

「ど、どちらさまでしょう?
お人違いじゃ――」

夕鈴はおどおどと返答をした。

「…あなたのことよ、愛らしいウサギちゃん!」

美しい女性は夕鈴に向かって手を伸ばすと、細長い爪にはキラキラ光るその指で、つううっと、彼女が身に着けている被り物のウサギ耳の輪郭をなぞった。

「えっ!?」

風が吹き、フワリと良い香りが漂ってくる。
ポカンと見上げると、ジッと夕鈴を見つめている彼女の赤い瞳とバッチリと目があってしまった。

彼女は、帽子越しにサラサラかぶる夕鈴の前髪の下にある“それ”をさりげなく見極めるとニコリと笑った。

「――その仮装、良くお似合いだこと」

「はっ?
ええと、あの?」

夕鈴は頭の上に乗せていた大きな黒い帽子をしっかりと両手で引っ張って慌てて被りなおす。

『あたりを見回せば、自分と似たようなウサギの仮装をした人はたくさんいるのに。
何、何? ――どうして?』夕鈴はいぶかしがった。

「金色ウサギ、でしょ? なんて可愛らしいのかしら」
女性は夕鈴の頭上のウサギ耳をゆっくりと撫ぜた。
美しい女性にそう言われると悪い気はしないが…それでも今は誰にもばれないように隠密行動中だと思うと夕鈴はハラハラしてしまう。

(ちょっと待ってよ、浩大。
これが一番目立たない格好って言ってたくせに、しっかり目立って――)
慌てて浩大を目で探すが、グルリと見回しても浩大が見当たらない。

その頃、浩大は辻の角に身をひそめ「げ、ヤベー!」と冷や汗をかいていたともしらず、
夕鈴は戸惑いながらも既に女性のペースにはまっているのだった。

「その仮装、金色ウサギでしょ? 
とっても美味しそう。
でも、もっと磨きがいがありそうね?
せっかくのお祭りなんですもの。
ねえ、これも何かのご縁じゃないかしら。
――ちょっとあなた、わたくしとご一緒しない?」

(…?)
優しく引っ張られ、夕鈴は焦って立ち止まる。

「え、あの――せっかく、すみません。
でも私これから行くところが…」

「まあ、どちらに?」

「あの。その、収穫祭のイベントを見に行こうかなぁって――」

「あら! あなた、狼陛下の公開評議を見にいくの?
――それなら、なおさらよ、ね。私と参りましょ♪
特上のお席だから、よく見られるわよ」

「…え?」
特上の席って?
よく見られるって――??

内心冷や汗がダーッと流れながらもあれよあれよという間に、夕鈴はその女性に手を引かれてしまう。

「えええ? …あの、その」

「わたくし、瑠霞姫」

「る、瑠霞――姫!?」

(姫ってことは、王族? じゃあ、陛下のご親戚――?
…確かに、紅い瞳とかへーかと一緒だし
こんな美人で高貴な雰囲気っていったら…)

瑠霞姫と名乗った女性はニッコリと妖艶に笑いかける。

(でも、陛下のご親戚が、どうしてこんな街角にいるの?
そもそも初対面の私が妃とか、知らないはずでしょ?
もしかして額のへーかの印、見られちゃったのかしら?)と
夕鈴の頭はグルグル回るが
何がなんだか分からずに戸惑うばかり。

「あなたのお名前は?
可愛らしいウサギさん?」

「て、汀、夕鈴と申します。よろしくお願い申し上げます」

(…陛下のご親戚というのなら、陛下の恥にならないよう
ちゃんとしなきゃ)

夕鈴は恭順の意を示し、丁寧に頭を下げた。

「うふふ…夕鈴ちゃんっていうのね?
あそこに私の馬車があるの――さあ」
と指された方向に夕鈴がひょいと首を回すと、
そこには花々やリボンを飾りたてた大きな檻の乗せられた白馬六頭立ての馬車が用意されていた。

瑠霞姫がパチンと指を鳴らした。

「――あれに乗って、私と参りましょう」

一瞬気を許した夕鈴の身に、とんでもないことが待ち受けていた。

美しい人は、指先で指揮でも振るようにスッと宙を切ると
馬車の上の檻の戸がパッと開いた。

今度はヒュッとつむじ風が吹いて、
夕鈴をふわりと風が巻き上げ「きゃっ!?」と声を立てたものの
時既に遅しとばかり
あっという間に彼女は檻の中に吸い込まれていた。

瑠霞姫は豹のようにしなやかな身ごなしで馬車のカーゴに乗り込む。
彼女の指先に操られるように風が吹き、パタンと檻の扉が閉じた

主の目配せで御者はすかさず馬に鞭をあてた。

「さ、参りましょ♪」

瑠霞姫は檻の中の夕鈴に極上の微笑みを投げかけた。

「ひ、ひええええ~~~っ!!!?」

ガラガラガラガラ…と華やかな馬車は走り出し
「お妃ちゃーん…」
建物の影から歯嚙みしながらも手出しできぬ浩大の目の前を通りすぎた。

かくして、ヒョウに扮した瑠霞姫は、意気揚々と金色ウサギの夕鈴を連れ去ったのであった。

*

狼のーかの花嫁(27)


こんばんは~^^

さて、時と場面は変わって――。

続きです。

【現パラ】【パロディ】【ファンタジー】【収穫祭の始まりはじまり】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(27)
* * * * * * *

早朝にポンポンと花火の揚がる音がして、それから街は勢い活気づいた。
昨日までなにも無く閑散としていたはずの道路には縄と電飾が張りめぐらされ、色とりどりの提灯、キラキラ輝く吊物、そして旗布などが所狭しと飾りつけられ風になびいていた。

夕鈴は呆然としながら3階建ての建物ほどの高さのある巨大な花山車を見上げてため息をついた。

ポカンと脳裏に浮かぶ。

(―――るすばん…?)

今朝、李順さんに言われたやりとりを思いだすと、夕鈴はふつふつと感情が動き出すのを感じた。

『…正確には、ほぼ留守番みたいなもの、です。
下っ端妃のあなたには、ほとんど出番がないので―――
ああ、でもこのビルからでも、雰囲気だけは見れるでしょうから。
まあ、一人で楽しんでいてください』

陛下のために
収穫祭のために
―――あ、あ、あんなに…
あんなに、あんなに…あんなに頑張っ…

―――カアアアアっ…と顔が真っ赤に染まる。

(ギャーっ。…ダメ、ダメ…!!)
夕鈴はギュッと顔をしかめて、それから必死で何事もなかったふりをして自分を鼓舞した。

色とりどりの花で飾られた大きな花山車を指差して、叫ぶ。

「わぁっ! キレイ―――」

「しーっ!」

夕鈴は両手で口を塞いだ。
自称『へーかの隠密』という小柄な男のクリクリした人懐っこい目が一瞬厳しく見えた。

花山車のてっぺんにしつらえられた席から、人の視線が降ってくる。

「ほら、あそこにも人がいるダロー?
…いろんなとこに目や耳があるからさ、
もうちょっと離れるまで気を付けてヨー」

「…なんで、あんたと一緒にこんな…」
夕鈴がほとんど声を出さないように、ブチブチつぶやくと、小柄な男は屈託ない笑顔で振りかえった。

そう言いながら、感謝はしている。
なにせ、この自称『ヘーカの優秀な隠密』という男が、夕鈴に与えられた部屋からこっそり抜け道から連れ出してもらわなければ、自分はビルから出ることすら叶わなかったのだから…。

セキュリティがガチガチになったあそこは、まるで砦だったから…
あがいてはみたものの、夕鈴には手も足も出なかったのだった

「だって。ヘーカ例のやつ、見たいんでしょ?」

「え、あ。…うん」

「そっか―――じゃあ」

そういうと、浩大はパチン、と指を鳴らした。
夕鈴の周りでモワンとした煙が上がった。

「えっ?」

ハッと違和感を感じて、自分の体を見下ろすと、いきなり服が変わっている。
「なに? 魔法?
―――ちょ、ちょっと待って!
ほんとにこんな格好で…」

「こんなときには、こーゆーのが地味なの。
ほら、周りに溶け込んじゃって、ぜーんぜん目立たないデショ?」

兎のフワフワした着ぐるみだけど、お腹や大腿が大胆に露出している…
手さぐりで頭や顔を触ってみると、フワフワした大きな耳が生えている。
馬鹿みたいに大きな黒い帽子が載っていて、しかもご丁寧にウサ耳が通る穴がちゃんとついていて、耳が貫通する仕組みになっていた。

ショーウィンドーに映った自分の姿をみて、夕鈴はちょっと顔を赤らめた。

「…ウサギって―――なに!?」

浩大は
「―――いっから。
さっ、ウルサイのに見つかんないように、こっち、こっち!」

浩大は超派手なシマシマなシマリスの格好で、ご丁寧にクルンと丸まった大きな尻尾までついている。それなのに身ごなしは素早かった。

いよいよ収穫祭の始まり。
花火があがり、人々は笑いさざめき、道という道に人が溢れている。

街頭に設置されたスピーカーからはラジオ番組が流れていた。
「――このコーナーは、あなたのマジック・ナビゲーター、桃香ちゃんがお送りしまーす♪ 今日のパンプキン・トーク情報コーナー。いよいよ待ちに待った収穫祭がはっじまっるよ~。この地方の天候は晴れ、降雨確率は限りなくゼロパーセント。絶好のパレード日和、桃花もお祭りで素敵な肉食獣さんとの出会いを期待しちゃおっかな~♪―――」

この地域にこんなに大勢に人が住んでいたの?と不思議に思えるほど辺りは人だらけ。
そのくせ、みんな変てこな格好ばかり。ゴースト、黒いドレスローブをまとった正統派魔女もいるけれど、ライオン、カエル、シマウマ、バク、アルマジロ、ゾウ…? とてつもなく頓珍漢な格好の人々ばかりだった。

夕鈴は、小柄な男の後を追った。

「いーから。
この格好でちょっくらその辺見て歩こーぜ?」

「え、でも、李順さんとヘーカには何も…」

「ダイジョーブ、だいじょーぶ!
規模もでかいから、人も多いし、酒も入るし、バレねー、バレねー!」

あの人が、見せたくないっていうなら
見ちゃいけないのかなって思うけど
でもやっぱり見たい気持ちは、ある…。

夕鈴は自問自答した。

「サー、行こうぜ!
急がないと」

浩大は身軽にひょいひょいと人ごみを縫っていく。
夕鈴は必死に浩大を追いかけた。

「…ちょ、こ、浩大~っ!」

その時、風にあおられて、大きな帽子がフワリとうきかけた。
…ザワっと辺りの人々の空気が変わる。

「あ、ヤベ! こっち!」
グイッと手を引かれ、人ごみにまぎれた。

「…あんた。もっと注意しないと。
その額の――」

夕鈴はため息をついた。

…そうだった。

夕鈴自身には良く分からないのだが、陛下が捺したという魔法使いにしか見えない彼女の額の印が、なんだかものすごく目立ってるらしいのだ。

「…光が漏れるからさ。しっかりかぶってよ」

「分かってる!」
夕鈴はブスっとして帽子を両手でぎゅうぎゅう引き下げた。

「…なんでそんな前より目立つって…」
チロリと彼に覗き込まれ、夕鈴は真っ赤になって帽子を目深にかぶり顔を隠した。

「う――」

ここ数日のことは思い返したくもない――。

…陛下に、あんなとこ見られて
こんなことされて…

「…う、ギャーっ!!!」

正気になって考えた途端
思わず顔から火が出そうになり思わずあげてしまった夕鈴の叫び声も
収穫祭の空気に吸い取られ、歓声に紛れてしまった。

魔カボチャのためとはいえ―――
陛下のためとはいえ―――

真っ赤になって一人でボフンボフンと湯気をあげるウサギをしり目に、浩大はニヤニヤ笑った。

「あーまぁ、そーゆーことで
ヘーカと仲良くしてんなら、そりゃ、いーや」

「どーゆーことよっ!!
勝手な誤解しないでちょうだいっ!
私は単なるバイトで―――」

バイトで…

バイトだから。

はた、と彼女の動きが止まって
今度は浩大が真っ青になって彼女を取りなした。

「ま、ま、いっから。
とりあえず、行こう、な?―――だって、見たいんダロ?
ヘーカの公開評議」

夕鈴は、グッとこらえて、それからコクンとうなづいた。

「…ヘーカを応援しなきゃ」
夕鈴はグッと拳を握り締めた。

*

狼のーかの花嫁(26)


こんばんは。
ずいぶんと間があいてしまってすみません。
そろりそろりと再開です。

本来、こういう時は
これまでのあらすじとか入れるべきなんでしょうが…
あらすじれなかったです、ごめんなさい。

【予習復習って?】

忘れちゃった方は、申し訳ありませんm(_ _)m
リピートアフター第1話から←(?)

そして
ずいぶんぞんざいなサジ加減でお話しは進行中

あと
今回ついに【けもの】タグ付けることにしました。
お口に合わない場合は、無理なさいませんよう。

なんでも消化できる
ツワモノな貴女、宜しければ続きをどうぞ――。

【現パラ】【パロディ】【ファンタジー】【けもの】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(26)
* * * * * * *

(――優しい…)

何回目…?
そんなことも考えられない

長い長い口づけで
彼から与えられた唇の温もりは、
彼女にとって
嫌じゃなかった。

穏やかに指先で髪を撫でられるうちに、ドキドキ跳ねていた心臓もおさまっていく。

与えられた温もりがあまりにも居心地よくて
夕鈴はついうっかり、彼に気を許してしまったのかもしれない。

とくんとくんと刻む二人の心臓のリズムはいつしか溶け合って
触れたままシンクロした。

「…つまんない話、してもいいかな?

金色の毛皮に包まれた
小さなウサギの物語――」

(…陛下の声がどんどん遠く)

…ゆっくりと頭を撫でられるごとに
紗幕が下りるように、黒い睡魔がゆっくりと夕鈴を包んでいった。

相手が恐ろしい黒狼であることも忘れ
夕鈴はその腕に抱かれたまま
ウトウトと無防備に夢の世界へといざなわれる。

* * * * * * *

「――やっぱり。
そうなっちゃうか…」

丸まった彼女の背中をなでて、
黎翔はため息をついた。

手元には金色に輝くコートをまとった、小さなウサギ。

彼の様子が変わった

「君をカジりたい気持ち。

――抑えるの
ほんと、辛いんだけど?」

代わりに彼は、彼女の頬に指を這わせ、
顔を寄せて鼻づらに軽く歯を立てた。
金色の無邪気なウサギは、軽く鼻に皺をよせ
スリスリと頬を押し付け返す。

「――ほんと。
ゆーりん。
君。ちょっと無防備すぎて
ボク、困るんだけど、な…」

* * * * * * *

黒い獣が、金色の小さなウサギを懐に抱きしめるように横たわる。

ハアァ…と、狼から小さなため息が漏れた。

「ちゃんと話すって
約束したから――」

そういうと狼はペロリと兎を舐めた。

このままカジってしまいたい本能を押しとどめ
冷静を保つのは相当の苦行だが
狼はウサギに話しを続けるのだった。

毛皮と毛皮が触れ合うのが気持ちいいのか
無邪気なウサギはフコフコと鼻づらを小さく揺らしながら
目をつぶっている。

――まだこの世が夜と昼のはざまのように明けぬ混沌に満ちていた頃
地球という大地は幼く、濃密な大気には魔法の始原が溶けあっていた。

長い年月を経て濃密な大気は離散集合し、火、風、水、土と呼ばれる四大元素が分かれ、万物が生成された。
四大元素それぞれに属する妖精や魔獣の類が地上にはびこっていたその昔、魔法使いとヒトは隔てなく暮らしていたそうだ

しかしヒトはいつしか我らこそがこの世を統べる長と主張しはじめ
傲慢になった彼らは争いの火種をこの世界に生んだ。

魔法使いが操る強大な魔力を恐れたヒトは魔力に対抗するため呪術を編み出し、
呪術師(ドルイド)は知識と技術の粋を極め、魔法使いに対する最終兵器を作り上げた。

最初はカブだった。
カブの中に稀に生まれる特殊なカブは
魔法使いの操る魔を吸い取り、魔法使いに大きなダメージを与えた。

研究と改良の結果、カブよりも更に強力なカボチャ見つかった。
そのカボチャは、より沢山の魔力を吸い取る能力があって、ドルイド達は研究の末、ついには魔法使いを亡ぼすほどの力を備えた恐ろしいカボチャを生んでしまった。

…それが退魔カボチャとよばれるランタンカボチャの始まりだった。

互いがいるから、万事につけ事象は発達する。
どちらも引かないから、どんどん深みにはまる。
…そう思わない?

退魔カボチャに天敵が現れた。
――ウサギだ。

ある時、ウサギ族の中に、ちょっと変わりものが生まれ落ちたそうだ。

そのウサギは魔力が大好物で、魔力を吸い取った魔カボチャが大好きだった。
ランタンカボチャが大好物のそのウサギは、夜闇に金色に光っていたそうだ。

でもウサギは魔力の影響を受けることがなかったから、美味しいディナーをたらふく食べその身の内に溜った精霊の始原たる魔力を自然に開放するために、種子を結ぶんだって。

金色のウサギが滑らせて結ぶ核。
…それが魔カボチャ。

退魔カボチャがあるから
魔カボチャが生まれた。

金色ウサギは時々生まれるが、その子がその性質を必ず受け継ぐというわけでもなかった。
時には何かに紛れ込んで生まれることもあるというし…精霊の気まぐれだと言われているよ。

君が
ウサギに戻ったのは
私の作った糧を口にして魔に触れたからだろう。

でも、それだけでは君がウサギに戻ることもなかった

魔を帯びた君をエサだと勘違いした退魔カボチャは
僕と空の散歩中の君を地面に引きずり下ろした

――でも気の毒なことに退魔カボチャは
君が天敵の金色ウサギとは分からなかったんだね

君はウサギの本性を思い出し
金色ウサギに戻った君は逆に退魔カボチャを、やっつけた。

溜まった魔力を解放するため
君の手にはタネが結ばれた。

僕としては、もっと君と口づけしたいけど
そのたびに金色ウサギに戻っちゃうから
これ以上二人の関係が進まなくて困るな―――。

狼は、ウサギの首筋に彼の鼻面を埋めた。
ウサギの胸から伝わるドキドキと速い鼓動を、狼は満足そうに鼻面で受け止める。

今度の収穫祭の魔法戦のためといえば、当初の目的はそうだった
けれど
僕たち二人のためにも
魔カボチャは必要なんだ。

「良いカボチャを育てよう」
ニヤリと狼が微笑むと、ウサギがウトウトしながら反応した。

「いい、かぼちゃ…
どんなかぼちゃ?」
耳がピクリと片方立ち上がる。

変化に慣れていない彼女は、
まだ体と心のつながりがうまくいかないのか記憶が朦朧とするみたいだ。
3回目の変化だから、少しずつ、つながってくるのかな?

黎翔はギュッと前足でウサギを包む。
…あったかくて柔らかい肉の感触に、思わず背筋がキュッと縮み上がり
衝動的に柔らかい喉元にかぶりつきたくなるのを必死に抑えた。

「…形よく
色つやよく
そしてとびきり大きい―――」

そう。
その通り

本来魔力は混沌とともに自然に溶け込んでいたけど
魔法使いが扱う場合は違う。

魔法使いの質や器量が大事なんだ

使い手の属性で扱える魔法の質も変わるし
使い手の器が小さければ魔力を扱える量はおのずと決まる

でも、ぼくは

「…違うの?」

火、風、水、土といった四大元素に縛られず
器がない

「器がないって?」

全ての魔力を強引に引きだして自分の魔に統合してしまう
限りがない

「限りがないって
なんでもできる、ってことでしょ?
それって、とってもいいことじゃないんですか?」

そうかな

君はそう、本当に、そう思う?

「何もできない。
君を愛することすら」

そう言うと、狼はごろりと前足でウサギをひっくり返す。
腹側の白い綿毛を晒した兎は、ピンと四肢を硬直させ
そのまま狼の前足で押さえつけられた。

あ、…い――!?

夕鈴は霞のかかった脳みそのなかで…
訳が分からずグルグルと問いかけを反芻した

「ちょ、
ちょ
ちょっと、待ってくださいっ!?」

…えっと。何のお話だったっけ?
えーと
その。
「金色の毛皮に包まれた
小さなウサギのお話って。
…結局、どうなったんですか?」

狼が前足の手を緩めると
ウサギはくるりと反転し
ピョコっと頭を上げた。

夕鈴は感じた。
後頭部で耳がシュッと持ちあがる感覚。

目を見開いているつもりなのに、視点が結ばれず、近くは見えない。
というより、
目の前は黒くてふかふかつやつやしたもののなかに沈み込んでいた

身動きできない

ペロリと舐められる。
ゾクリと背中が凍る。
本能的に夕鈴は恐怖に支配された

「―――狼…陛下っ!?」

狼はニヤリと笑った。

「ねえ、夕鈴。
食物連鎖って言葉、知ってる?」

「しょくもつれんさ?」

「狼はウサギが大好物、ってこと」

夕鈴はハッとした。
(逃げなきゃ!?)――本能がそう叫ぶ

辛うじて手を引っ張りだすことができた

その手は金色の兎の前脚。

それを狼は黒い前足で
スタン、と抑え込んだのだった。

「ギャぁああ~~~っ!?」

*

狼のーかの花嫁(25)


こんばんは。また日付が変わってしまいました…。

さてとりあえず
引き続き『細かいことを気にしない方』『ノークレームノーリターンで』とご注意は申し上げ、それでも「読めちゃうぞー」なツワモノの皆様、宜しければ続きをどうぞ――。

【現パラ】【パロディ】【ファンタジー】【糖度そこそこ】【魔カボチャのナゾ】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(25)
* * * * * * *

『…私の愛しい金色の兎よ――』

夕鈴はハッと目が醒めた。

開かなかった右の拳がゆるみ
真っ暗な部屋の中でキラリと金色に光るものが一粒、シーツの上に滑り落ちた。

「…?」

どれくらい意識がなかったのかよく分からない。
夕鈴は混乱している頭を抑えた。

「ええと、料理を作って二人で食べてて――」
思いだしながら体中から汗が吹きだし、カアっと熱が上がった。

黒い獣はもう居ない。

夜は更けてあたりは静まり返っていた。
「まだ暗いから…」
あの人はきっと、畑を見回りに飛んでいるのだろうか…

ふさふさとした毛皮の感触だった。
夕鈴は思いだす。

(狼陛下、というのは他を圧する冷酷非情な様から付いた異名だとばかりおもっていたけど…まさか本当に獣の姿になるとは――?)

「やっぱりあれは夢、よね」
あは、あは、アハハハ…と夕鈴は笑いだした。

「…だって、私までなんだか変な―」

あの時覆いかぶさってきたのは艶やかな長い刺毛の黒い毛皮。
それを押し返すように突っぱねたのは…
金色の綿毛でくるまれた
…あれが、私の――手?
まさか。
夢に違いない!!

金色の小動物のようなほっそりした小さな前足。
あれが自分の手であるはずなど――

夕鈴はあわててガバッと寝台から起き上がると、あわてて鏡台へと向かった。
いつも通りの自分であることを確認し、夕鈴は大きな安堵のため息をついた…。

自分が『何か』に代わってしまったはずはない

ほら。
ちゃんと人間の手ででしょ?
掌の中にはタネがあって…。

「っと、そうだった。
――タネっ!」

寝台の上に滑り落ちたタネを
夕鈴は慌てて拾い上げた。

ボンヤリと金色に輝くそれは小さなタネだった。

「…やっぱり!
――えっと。これって
二つ目の魔カボチャのタネ!?」

* * * * * * *

カタン、と微かな音がして、窓辺のカーテンが揺れた。

チリン…とカーテンに結び付けた鈴の音がした。

「陛下っ!?
おっ お帰りなさいませっ!!」

夕鈴は直立不動で、彼を迎えた。

テラスから入ってきた彼は、いつものように黒いマントを羽織り、ブーツを履いていた。
小脇に何かを大きなものを抱えていて、夕鈴はそれを見て目を丸くした。

切り取られたその大きなつぼみは、ずいぶんと大きなものだったから、
あの魔カボチャの花だと一目で夕鈴には分かったのだ。

「魔カボチャの、花――まさか。
方淵の温室の花を…持ってきちゃったんですか!?」

二人の様子は対照的で
黎翔はニコニコと笑っており
夕鈴は愕然として今にも床に崩れ落ちそうだった。

「うん。君が育ててくれた、つぼみ」

「どうして摘んじゃったんですか?
せっかく――」
夕鈴は息巻いて彼に近づいた

「…だって。
要るでしょ?」

「え?」

「話を聞いて。夕鈴。
ちゃんと話すから――」

黎翔は、つぼみを注意深く部屋の奥にあった机の上に降ろすと、夕鈴の部屋の椅子に腰を下ろした。

黎翔は彼女を引き寄せると、膝の上に座らせた。
「なっ、なんでこんな…。ヘーカ。ちっ、近いです――」

「いいから」
と半ば強引に抱き寄せられる。

黎翔は夕鈴の右手の拳を両手で包んだ。

「ここに、あるもの」
「え?」
(魔カボチャの二つ目のタネのことを、陛下は知っていらっしゃる?)

「まず、これを育てよう――」
陛下は彼女の手を開かせた。
彼女の掌には魔カボチャのタネが握られていて、それは暗い部屋の中でほのかに光っていた。

そのうえから彼は手を添え、蓋をするように手を合わせた。

タネは手の間でむくむくと大きくなり、あっという間に掌からあふれんばかりの大きさになった。

「…前の魔カボチャのタネも、こんなふうに大きくなって…」

「私が作りし糧を口にした君に宿りし精霊。
私の口づけによりその左手から生まれ出でし種子。
君の涙で発芽した――雄花の魔カボチャの株。
あそこに、その花がある」

黎翔がつぶやいた。

「え?じゃあ――これは」

「その、逆――」
黎翔はニコリ、と笑った。

「…ぎゃく?」

「時に、生まれつき係わる人を不幸にしてしまうほどに強大な魔力を持つ者がいる。
その者の手によるものは魔を帯びる。
受け取れば、並の魔法使い程度であれば、けた外れの魔力のとりことなり身を破滅させてしまうから…。
だから、私は常に人に隔てを置いてきた」

そういいながら密着している彼の言葉と態度の違いに夕鈴は真っ赤になった。

「――じゃあっ! なんでこんなにひっつくんですかっ!」
ギューギューと抑えつけられながら、夕鈴は無駄な抵抗を行った。

そんなことをしている間に、タネはどんどん膨らんで大きくなる。
黎翔がすっと指先を動かし、そのタネを空中に浮かせてみせた。

「君が、特別――だったから」

「…へ?」

「私の愛しい金色の兎だから」
黎翔はそういうとますます彼女をギュッと抱きしめ、その顎を軽く引き上げた。

目と目が合って、二人は至近距離で見つめ合う。
(特別、とか。甘い言葉とか。
夢みたいなことを言って、人を翻弄する悪いひとだ)と、夕鈴は思った。
だが、そんな甘い言葉から逃げることもできなかった。

唇と唇が軽く触れ合った。
チュっと軽い音をたてて、離れる。

「――ゴメン」

彼が謝る言葉に夕鈴はますます混乱した。

「魔法使いの天敵の、魔払いカボチャにも天敵がいてね。
それが金色の兎という存在なんだ。
君はどうやらその金色の兎の化身らしい」

「――え?」
(…ちょっと、待って?
私はただの人間で…バイトで…)

「私、人間ですけど」

「そうだね。普通の人間の家族から生まれた。
でも、持って生まれた魂の本性は代えられない」

(――じゃあ、さっきのあの不思議な夢は、本当だったの?)

夕鈴は再び頭が混乱して頭がグルグルした。

「金色の兎は、魔法に左右されない存在で、
私の魔力にすら影響を受けることがなく、滑らせ核を結ぶ
…だから君に吹き込んだ魔力はカボチャのタネに封じ込められて…君の掌から生まれてきたんだ」

「それは
…私を利用したってことですか?」
夕鈴は彼を見上げた。

「もしかしたら君がそういう存在なのではないかと気が付いた。
だから君にカボチャを探してほしいといって
…結果的に、無理をさせた。
君を傷つけたのなら謝る」

(それなら、ひたいに口づけた魔王の印とか…
タネが生まれるたびに施された口づけは『仕事』で
彼はそのことについて謝ったのだろうか?)

そんな風に思えてくると、夕鈴は悲しくなった。

ジワリと浮かんだ涙を、彼は指で掬い取った。

掬い取った涙は、空中に浮かぶ魔カボチャのタネの滋養となる。
水分を得たタネはますます膨らみ大きくなって
今にも萌芽の時を迎えんとしていた。

「…こんな風に君を利用して――」

黎翔が指を鳴らすと、空中に浮いたまま魔カボチャはふるふると震え、ポン、と芽吹いた。

『ランタンカボチャと呼ばれる魔法使いの天敵の魔封じカボチャが光っている日暮れから夜明けまでの時間帯は魔法は使えないから、魔カボチャも眠って育たない』と水月は言っていたが。しかしさすがにけた外れの魔力を持つ黎翔の結界の中では、ものともしなかった。

「――だが、私は農家なんだ。

私の手は呪われていて、
どんなに耕し育てようとも
何一つ、人に施すことができなかったとしても
――それでも目的の作物を育てる冷酷非情な男だと
君はきっと軽蔑するだろうな」

美しい緑色の双葉が本を開くように広がると、次に中央から立ち上がった目はあっというまに大きな本葉になった。弦がのび、葉が次々と生まれ、苗はあっという間にうねうねと大きくなってゆく。

低い声が響いた。
ハミングをするような不思議な祈りの声。
陛下が歌っていることに、夕鈴は気が付いた。

苗が部屋中に広がる様子は、方淵の温室で水月たちが一緒に合奏したときと似ていた。
ポツンと小さな花芽がつく。

むくむくと大きくなった花芽の付け根は、丸く膨らんでいた。
最初に育てた魔カボチャの花とはあきらかに形が違う。

「…め、ばな? これが?」
夕鈴は花が大きくなるのを見つめていた。

低い声で続いていた歌が止む。
黎翔はその苗を宙に浮かせたまま見守った。

「夜明けに、この花が咲く。その時、君が育てた雄花の花粉を付ければ
きっと実るはずだ」

(ようやく陛下があんなに欲しがっていたカボチャを実らせることができそうなのに。
魔カボチャの花が雌雄2つ揃って…嬉しくて当たり前だろうに、
なぜそんなふうに寂しそうな顔をするの――?)

夕鈴は切なくなった。

「君は少し…休むとよい」

カボチャのつるに覆われた部屋の中でも、夕鈴の寝台は緑に浸蝕されることなく居心地よく保たれているのだった。

彼は優しく夕鈴を抱え上げ寝台に連れてゆくと、そこに降ろした。
すぐさま、背中を向けて出て行こうとする。

「…行かないでください、陛下」

黎翔は
彼女に拒絶されたと思っていたから
全く逆のことを口にした彼女を驚いて振り返る。

夕鈴の手が、彼の裾を引っ張っていた。

「私は、一緒にいますよ?」

手をつなぐ。
引き寄せる。
うなだれ、ひざまずいた黎翔の頭の上から彼女は彼を抱きしめた。

ジワリと伝わる温もりがあまりに居心地よく、黎翔は苦笑した。

「――君は優しい兎だな」

「…そんな風に一人で
黙って遠くに行っちゃダメですよ――」

夕鈴は心配していた。

黎翔は思いだしたように言った。

「…そうやって近づいてきて
少しのことで、大嫌いだ、帰るといって、逃げだすのだろう?
…ひどい兎もいたものだ」
くすくす笑いながら表情を和らげた。

「あれはっ!
ちょっとじゃなくて!!
ヘーカが…(私のファーストキスをっ)!!」

「いや。
すまない
やっぱり君は優しい兎だな」

彼は彼女の髪を優しくなで、顎の線を指先で辿った。

「…陛下?」

頬ずりをされ、額に小さな口づけが落ちた。
夕鈴はギュッと目をつぶってドキドキ胸を高鳴らせたまま身動きできなかった。

チュッと唇に優しいキスが落ちてきた。

「愛しい私の兎――」

*

狼のーかの花嫁(24)


さて。土曜日です
あっという間に一週間が終わりました
(主にリアの方)一つ終えればまだ二つ。二つ目終わればまた三つ…。

妄想の出力のみにお時間割くことができければ
もっとHappyだと思いますし、サクサク進むのでしょう

だがしかし『障害があった方が萌える』とも云いますし。
ないものねだりはせず、現状できる範囲でといいつつ、好き放題書き散らかしてすみませんね。

楽しんでいただければ幸いです。


不条理度UPでサクサク炸裂パロディ&ファンタジー
どうか、ご無理なさいませんよう…。

※警告※
正直、読み手を選ぶ作品かもしれません。

や△おくではございませんが『細かいことを気にしない方』『ノークレームノーリターンで』と、とりあえずご注意は申し上げましたよ?

それでも「もうなんでもどんと来い。勝手にしやがれ」と吹っ切れていらっしゃれば
続きをどうぞ――。

【現パラ】【パロディ】【ファンタジー】【糖度さらに上昇中…?】【何が何だか】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(24)
* * * * * * *

黎翔は、自分の頬にめり込んでいた夕鈴のこぶしを、軽くいなしてつかんだ。

夕鈴はハッと青ざめた。

(――これって、不敬罪?)

殴るつもりだったわけではない
グーにするつもりもなかった
思わずつきだした拳が当たっただけ。

思わずやってしまったこととはいえ
結果的には『陛下に手を上げた』と取られても仕方がないシチュエーションだった。

「ご、ごめんなさいっ
殴っちゃってごめんなさい!」

夕鈴は一気に青ざめた。
逆に、おびえる彼女の様子に黎翔自身も内心大いに傷ついたのだが
そんなそぶりも見せず黎翔は冷静な口調でつぶやいた。

「いや。…いやがらせて悪かった
君は私のことなど大っ嫌いなのに…」

「う――、その…
もうあの時は…驚いて」

(その。あの時は
は、初めての…口づけ、だったから。その…)
思いだせばそれは頭の中でグルグルし、
まだ心の整理がついていない夕鈴は涙を浮かべながら、
それでも必死に謝りたい、と願っていた。

「…」
二人の間に沈黙が流れた。

夕鈴はぱっと彼から離れると、ガバっと頭を下げた。
「大嫌いっていってごめんなさいっ!」

「…気にすることはない。
狼陛下は嫌われ者だし」
二人の間に流れる冷え冷えとした距離を感じ、
夕鈴はますます切なくなった。

「そ――そんなこと、言わないでください!」

「そうかな」
狼陛下は自嘲気味に笑った。

夕鈴は彼の手にしがみついて叫んだ。

「陛下は立派な方です!
毎晩一人で畑の巡回をして、それで昼間もご政務に励んで…
国のため、民のため…こんなに一生懸命頑張っていらっしゃって。
――嫌われているだなんて…そんなこと自分で言わないでください」
「…ふ」
引き留められた手をそのままクルリと持ち替え、彼女の手首が捕られた。

彼は冷たい目で彼女を見つめた。
他を圧倒する眼差しに、夕鈴はゾクリと青ざめた。

夕鈴と向かい合ったまま彼は尋ねた。

「では、君は?――
君は
私のことが、好きか?」

「――はぁっ?」

目を逸らすことも許されない。
逃げ隠れできない夕鈴は、みるみる顔を赤らめてそれでも必死に耐えた。

(自分の気持ちを知られちゃダメだ…
だって、私はただのバイトで…)

そんな彼女の戸惑いをよそに、黎翔は彼女の手首をつかんだまま膝の上に抱えた夕鈴に体重をかけのしかかる。

「どう?」

「そ、そんなっ…
私のことはいいんです!」

夕鈴はムキになって答えるが、黎翔は顔色一つ変えずに言い放つ。

「冷酷非情の狼陛下は、人々から恐れられ嫌われているべき王だ
――君だって、狼陛下なんて大っ嫌いなはずだ?」

「…!」

夕鈴は言い返せない自分がもどかしい。

「――もう、そんなことはよい」

黎翔はジッと夕鈴の右手のこぶしを見つめた。
…それは、舌なめずりする狼の目。

「…いっ!?」
背中を這うゾクリとした寒気に青ざめた夕鈴。
押し倒されても動けない。

狼陛下は、捉えた彼女の小さな拳に口づけを落とした。
夕鈴は「ひゃっ!」と声を上げ、彼から与えられた甘酸っぱく、くすぐったいようなその感触に目をギュッと閉じた。

「おっ怒ってるのなら
そんなことしないで
ちゃんとおっしゃって下さい――」

涙目で、彼に懇願する。

「怒ってなんか、いない。
…そんなにおびえると
ますますいじめたくなってしまうじゃないか」
黎翔は笑い、彼女の手首を引き上げ、今度は彼女の腕の内側に口づける。

「ひえぇぇ!」と夕鈴がヘンテコな声をあげれば、ますます狼は薄笑いを浮かべて大胆に彼女の首筋に顔を埋めた。

「嘘っ――!
だって、わたし。いっぱい陛下に失礼を…
だから、嫌われてるのなら私です」

(絶対、怒ってる。
だからこんな嫌がらせを…)

「怒ってなどいない」
耳元でつぶやかれて、夕鈴は首をすくめますます身をすくめるばかり。

「じゃあ、なんでそんなことするんですか!?」

黎翔はゆっくりと体を起こした。
伸し掛かっていた重みが消えたのに、夕鈴は体をすくめ丸まったままだった。

「君が掴んでるそれを…」

「――え?」

「いや、もうよい。
そう…それは人間界に住む君にとって、つまらないことに過ぎない」

(境界線…?)
ズキンと胸に刺さる。

それは『ここからは立ち入るな』という警告?

夕鈴は黎翔の捉えている右手を見つめた。

(そういえば…さっきから手が開かない。
今朝も、こうだった。
この手の中から出てきたのが、実のならない魔カボチャの…)

何が何だか分からない。
聞いても陛下は教えてくれないだろう

でも、私にできることがあるとしたら…

夕鈴は彼を見上げて真剣な声で懇願した。

「…陛下。教えてください」

「ん?」
ジッと見上げる夕鈴の大きな瞳に、黎翔はたまらず笑いをこぼした。

「――キライなわけ、ないじゃないですか…」

「――――え?」

「大好きですよ!
だから、一人で抱え込まないで。
話してくださいっ!」

夕鈴は必死に絞り出すと、視線をそらせてそっぽを向いた。
「――ふっ深い意味はありませんけどっ」

黎翔は目を丸くして、ピシッと動きを止めた。

「大好きだから、
“みんな”陛下のこと心配してるんです」

夕鈴は極力“みんな”という言葉を強調した。
…本当は、誰よりも自分自身が心配をしているくせに
その気持ちを知られてはダメだと思った。

(陛下は魔法使いの国の王様で
私はただの人間のバイト――
迷惑って、思われたくない)

握られた手首。
触れている彼の手が急に熱くなって、力が緩んだ。

「け、決して
変な意味じゃないですからっ
勘違いしないで下さいよ――?」

夕鈴はドキドキして、今すぐここから逃げ去りたかった。
だがどうしても
彼の膝の上に横倒しにされ抱かれたこの体制からは
動くことができなかった。
「知らずにいたかったと――後で後悔しても?」

彼の瞳に、ゆらゆらと映る世界は不思議な色をしていて
夕鈴にとってはそれは未知の世界への入り口のようにも見えた。

「貴方のお役に立てるのなら
決して後悔はしません!」

「魔法の国の出来事に巻き込まれるのが
…怖くないのか?
妃よ」

「――あなたがいてくだされば
何も怖いものなど」
夕鈴は彼から視線を外し、思わず目を伏せる。

「狼陛下を恐れぬとは
君は勇敢な妃だな――」
フッと軽い笑いが漏れた。

「もうすぐ、収穫祭なんでしょ?
形よく、色ツヤよく、そしてなにより一番大きなカボチャが要るんでしょ?
――それは陛下にとって、とっても大切なことなんでしょ?
私にできることは、何なんですか?」

「…知りたい?」

「はい」

黎翔は、真剣な鈴の表情に決意を感じ
ふう…とため息をついた。

「それでも私は妃に甘い。君の嫌がることなら、なにもしない」
「…は?」
何を言うのかと思えば…と思った途端、ひょいと抱え上げられ、ツカツカと奥にある寝台に運ばれた。
ポスンと彼女を寝台に横たえると、狼陛下が彼女の上にのしかかる。

「――それでも続けるか?」

内心(ひえーひえ~っ?)と戸惑いながらも、夕鈴は気丈に彼に向き合った。
「…ど、どうぞ!」

「私の可愛い金色の兎よ。
君は私を魅了し引きつける――甘い香りがするな」

「そ…そんな冗談じゃなくて!
私が知りたいのは―――」

夕鈴は思わず怖くてギュッと目をつぶった。
ぐにゃりと空間がゆがむような違和感で鳥肌が立つ。

「知りたいのは――×× ××……?」
なぜか、すぐそこに居るはずの黎翔の声が遠く聞こえる…
目をつぶっていても、覆いかぶさる黒い影がどんどん近づくのを感じずにはおられなかった。

――ペロリと鼻筋をなめられた。

「ひゃぁあっ!」
夕鈴は思わず声をあげてしまった。

ぶんぶんと、何かが風を切る音。

恐る恐る目を開いた途端、
夕鈴はあっけにとられてしまった。

尻尾をブンブン振り回す
真っ黒で大きな犬?…が、彼女の上に覆いかぶさるように
そこに居た。

*

狼のーかの花嫁(23)


ちょっと息抜きで書けた分だけ…
失礼しますね

二人っきりのお食事会。
はたして狼の飢えた腹は満たされるのでしょうか?
【報復行為】について
七ひきの子ヤギは狼の腹に石を詰めたけど…兎はどうするのかしら。

【現パラ】【ファンタジー】【糖度上昇】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(23)
* * * * * * *

ふさふさとした黒い尻尾が揺れる。

「…うん。気にしないで」
「は?」
ニコニコ顔の黎翔にギュッと抱きしめられ
(なぜ抱きしめる~?!)と夕鈴はジタバタした。

そういうものなのだろうか――?
と夕鈴はあっけにとられた。

「それより、ごはん食べたいな。
ぼく、お腹すいちゃった…」クウン…と鼻声まで聞こえる。

ぎゅうぎゅう抱きしめられる束縛を何とか押し戻し、彼の胸から顔をあげる。
目の前の小犬陛下の頭には――
「陛下…お耳、生えてません、か?」

「二人っきりのときなら、大丈夫だよねっ!
だってゆーりんは僕のお嫁さんだもん!」

(…そうか、そうなの?)

なんとなく丸め込まれたような気がしてしょうがない夕鈴だったが
その甘い笑顔にほだされてしまった。

夕鈴は自分でも顔が赤らむのを感じ、必死でそっけない口調で答えた。

「私は、ただのバイトですよ」

「でも今はお嫁さんだよね!
可愛いお嫁さんの手料理が食べられるなんて、楽しみだなぁ」

「う…」

と夕鈴が顔を上げると、黎翔が手を広げて彼女を解放した。

とん、と背中を押されて夕鈴の視界に入ってきたものは、
つい先ほど彼がパチンと指を鳴らして出した、最新鋭のオープンキッチンだった。

彼が空を仰いで手を差し出すと、ひゅっと音がして星が指先から走った。星は天高く上がるとはじけ、光のシャワーのようにぱあっと降り注ぐ。
光の壁はツルツルのガラス質の床の上に、みるみる天蓋が広がり、あたりは巨大な温室のように仕切られた空間になった。

「――え?」
元、空中農園。今朝は荒れ果てたおぞましい廃墟と化していたのに。
ついさっきはツルツルの殺風景な場所で、
狼陛下がパチン指を鳴らせばキッチンが現れ、
指先から星をだせば大温室に…。

「ね。二人っきりだから。安心して」

ニコニコする彼に押し切られた。

(ここは魔法の国だし。
多少耳や尻尾が生えていようと、誰も気にしないのかもしれない――)

何かちょっぴりおかしいからといって、
いちいち目くじら立てることもないのかも…。

なにしろ、狼陛下という彼の存在自体が非日常的であり不条理の塊だと分かってきたから。

* * * * * * *

料理の合間。

うかうかしていれば背中から抱きしめられるわ、
隙あらば盗み食いはするわ…

『本当にこのひとがあの狼陛下?』というほどのはしゃぎっぷり。

「ヘーカが邪魔するから
あんま大したものは出来なかったじゃないですか…」

夕鈴はため息をついた。

「でも、楽しかったね
さあ、食べよう! 早くはやく!」

背中を押されて食卓に誘う彼。
しごく当然とばかりに、夕鈴は彼の膝の上へと抱え上げられた。

彼女は真っ赤になって固まってしまったが
「お嫁さんの手作りご飯!」とあまりに嬉しそうにはしゃがれては、
気勢をそがれ怒ることもできない。

「じゃあいただきま~す!」
黎翔はたっぷり用意されているスープの大鉢に手を伸ばした。

「あっ、…それまだ熱いですよ!?」
夕鈴の声に、彼は伸ばしかけた手を止め、ジッと彼女を見つめた。

傍でそんな風に見つめられると、いたたまれなくなってしまう。

「…ちょっと待ってください、冷ましますから!」

目をそらす口実に、彼女は汁椀を手に取った。
大鉢から掬って、椀に取り分ける…ただそれだけなのに、彼に見つめられているだけで指が震えた。

(しゅ、集中!)
さじで汁を掬い、
ふぅ、ふぅと覚ますことだけに集中した。

「…もう、いいですよ?」

さじをさしだすと、すぐ傍から覗きこまれた紅い瞳に
ドクンと心臓が鳴った。

「君から、欲しい」

(どっどうしてっ ――狼陛下!?)

目がそらせない。
夕鈴はさじで救った汁を彼の口許へ運ぶ。

薄い唇がゆっくり開くと、彼女の差し出すさじを受け、
彼はされるがままに汁を含む。

ペロリ、と彼の赤い舌が口許をぬぐう様を目撃し
夕鈴は体中から熱が一気にのぼせてしまった。

「…美味しいな」

ジッと瞬きもせずに、彼に見つめられる。

「もっ、もうっ、大丈夫みたいですっ!
どうぞお召し上がりくださいっ!」

「…もっと欲しいな。君のが」

(ギャーっ)と夕鈴は内心身もだえしたが、
近すぎる二人の距離で逃げ場がない。

口許が近づく。

カラン…と夕鈴の手元から、握り締めていたさじが落ちる。

「もう終わりか?
それともこっちの方が…甘い、と?」

(きーっ、陛下っ!! 近い近い近い近い~)

ぐあぁああっ!!

変な叫び声をあげて、夕鈴のパニック・リアクションが発動した。
夕鈴は右の握りこぶしで、彼の接近を阻んだ。

「…ちょっ。ゆーりん。
さすがにグーはないんじゃ――?」

急に小犬化した彼がトホホ顔。
領土上陸を阻まれたまま、めり込んだ夕鈴のこぶしで
時が止まったようだった。

「…ぎゃっ! あの…」

(あれ?――手が開かない?!)

*

狼のーかの花嫁(22)


こんばんは~(´ω`)ノ

ようやくお二人再会をはたしました。
ケンカせずに仲良くやってほしいものです ←

【現パラ】【ファンタジー】【微糖 / 低カロリー】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(22)
* * * * * * *

ここは片田舎の白陽と呼ばれる土地。
この地は見渡す限りの農地が広がり、表向きは首都から遠く離れた辺境の一地区、国内有
数の農業地帯でありながら、人間の目に触れぬよう何重にも施された複雑な呪文による封
印結界によって守られた人知れぬ魔法使いの隠れ里であった。
古よりの因習で国土領内における治外法権地域等をもっているといわれ、人々はこの地を
白き魔法使いの納める白陽国、と呼んだ。

――珀 黎翔。
即位後、国内で起きていた川の氾濫を収め独自の治水工法で農地を整備した。
行き詰まった兄の経営を引き継いだ珀黎翔は、次世代コンピューターを積んだハイテク耕
作機械導入を強みに、やる気を失い荒れ果てていた農地を活性化させ、名実ともに中央政
治の実権を握った若き国王。
人々は彼を恐れ『冷酷非情の農業王、狼陛下』と呼ぶ――。

そんな彼のたった一人の妃、夕鈴は
日の暮れた道端で、独りぼっちで泣いていた。

「所詮、短期間のバイトだもの…
代わりはいくらでもいるって――」そういう契約だった。

「でも、せめて
少しでも陛下の役に立ちたかったのに」

夕鈴の涙は止まるどころか、ますますべそべそと泣くばかり。

もうダメだ。
絶対に呆れられた。
陛下の役に立つどころか、足手まといにしかならない自分がふがいない。
カボチャもダメだった。
陛下のお傍になんて、戻れない――。

次から次へと涙がこぼれた。

広い農道。
不思議なことにあたりには車どころか人っ子一人通らない。

覆いかぶさるように影を作っていた人物から、
しゃがみ込んだ夕鈴の髪に伸ばした指先が触れた。

夕鈴はピクリと震える。

「そんなに泣かないでくれ、夕鈴」
優しい声だった。

顎をとり、軽く顔を上げる。

「どう慰めればいいいのかわからない…
泣くな――」

穏やかな眼差しを向けられ、夕鈴は切ない思いで胸が張り裂けそうになる。
改めて今日の失敗が思いだされ、夕鈴に再び涙がこみ上げる。

ポロポロと真珠のような涙をこぼす彼女を慰める術を持たぬ黎翔。

「夕鈴は何も心配しなくていいから…
一緒に、帰ろう」
手を握る小犬陛下の声に、夕鈴はホッとしてしまった。

「…はい」

ようやく涙が止まった次の瞬間、夕鈴はぎょっとした。
突然ひざの裏と背中に手が回され、抱き上げられたのだ。

「…あ、あの陛下?」

「うん? しっかり捕まっててね」

彼はニッと笑うと、マントをひるがえし空中に飛び上った。

「ぎゃ…!?~~~~~っ!?」

「ゆーりん。大丈夫、落ち着いて」
耳元の風切音の合間に、耳元でささやかれた。

…そういえば、ホーキでとんだのは夢じゃなかったっけ…
と思いだし、ギュッと彼の背中に手を回した。

足元にはランタンカボチャの光が地平線までキラキラとどこまでも続いていた。

実は、その存在こそが陛下を苦しめている恐ろしいものだと聞きながら
夕鈴はその景色をやはり美しいと思った。

「怖い?…寒くない?」
陛下の体温はひんやりとしていた。
触れられてこもる自分の熱の方が、夕鈴は恥ずかしかった。

「いいえ、あなたと居れば、
怖いものなんか、ありません――」

伏した夕鈴の瞳に宿る光を覗きこみ
一瞬ふっとゆるんだ彼の表情は、夕鈴には見えなかった。

* * * * * * *

屋上テラスに降り立つ。
軽く足をつくと、魔法は終わった。
ぐにゃりと空間が曲がるような違和感、そして重力が体を捕らえ、体は急に重くなった気
がする。

夕鈴は少しぼうっとしながらあたりを見回した。

明かりは灯っていた。
(きっと克右さんががんばって修理したに違いない)
と、少し落ち着いたのか、そんなことに夕鈴は思いをめぐらす余裕ができていた。
だが、ビルは以前と雰囲気が変わっていた。

日中、出がけに見た時のここ空中庭園は、酷く荒れ果て、醜く変容した恐ろしい雰囲気だ
ったのに…今は殺風景なまでのツルツルしたガラスで覆われていた。
もう、畑はなかった。

少し離れた展望の良い場所に、しゃれた食卓が一つ。そして椅子が二脚。

立っているのに、いまだ彼に腕を回しギュッとしがみついている自分に気が付き、夕鈴は
慌てて手をぱっと広げて後じさった。

「いっいつまでもっ、ごっ、ごめんなさいっ!
それに、バイトなんかお迎えに来させちゃって…」

しどろもどろで謝る彼女の腕を引っ張り引き寄せると
彼は背中から手を回してギュッと彼女を抱きしめた。

「…だって、空の散歩は寒かったから。
こうしてるとあったかいね」

抱きしめられて真っ赤になる彼女をいとおしそうにゴロゴロとすり寄る小犬陛下を、夕鈴
は拒否することもできなかった。

「な、なんだかお腹がすいちゃいました…」
そういって、なんとか距離を取ろうと話題を変えた。

「…そっか」
パチン、と彼が指を鳴らすと
ガラスのテラスの一角に、キッチンが現れた。

「…え?」
夕鈴は目をこすった。
今の今まで何もなかったところに…?

「魔法、みたい」
夕鈴のつぶやきを聞いて、黎翔は笑った。

「魔法使いって、信じてくれた?」

ハッとして夕鈴はコクコクとうなづく。

「でもね。なんでもかんでも魔法っていうのが良い訳じゃあないんだ。
――夕鈴。約束、覚えてる?」

「え?」

「今度は夕鈴が料理を作ってくれるって」

そういえば、以前、この空中庭園のテラスが農園だったとき、陛下が作ってくれた朝食を
食べながら、そう約束したんだっけ、と夕鈴は思いだした。

「はいっ!
…私は魔法なんか使えませんから、
お口にあうか、わかりませんけど…」

「じゃあ、作ってくれる?」

「今から、ですか?」

「うん!」

彼があんまりニコニコ嬉しそうにするものだから、夕鈴は仕方なく了承した。

「ほんとに、庶民的な料理しかできませんからねっ?」

「うん、楽しみだなあ。お嫁さんの手作り料理」

「そんな期待されても困りますっ!!
…手早く、ちゃっちゃと作る程度ですよ?」

「うんっ!」
ぶんぶんと尻尾が触れてるような幻が見えた…いや、幻ではない。
本当に尻尾が…
夕鈴はごしごしと目をこすった。

「ヘーカ…その、尻尾は?――」

*

狼のーかの花嫁(21)


引き続き、水・方・紅の演奏会から…。

もし、こんな贅沢なアンサンブルが本当に開催されるのでしたら
砂カブリのマス席で(?)鑑賞したいものでございます。

そして。へいかー かみーばー

【現パラ】【ファンタジー】【再開】
* * * * * * *
狼のーかの花嫁(21)
* * * * * * *

柳方淵の研究用ガラス温室の中は、
氾水月率いる(?)にわかごしらえの楽団の演奏会場と化していた。
方淵は二胡、紅珠は琴、そして水月の月琴。
三者三様それぞれの腕前もあいまって、それは天上の音楽のように美しく鳴り響いた。

夕鈴は夢見心地な空間で、老子に「魔カボチャのタネかもしれん」と云われた、不思議なタネを蒔いたプランターをジッと覗き込んでいた。

目の前の土が、ふるふるっと震えたかと思った途端、
今度は むく、むく…ムクっ と土が持ち上がり
キラキラした緑の芽が、茶色の土の合間から顔をだした。

大きな双葉が鎌首をもたげる様に土の中から現れた。
まるでノートを広げたような大きさ。厚みのある葉はただものではない。

三人の美しい合奏は佳境にはいり、楽の音につられるように、どんどんと双葉は展葉していった。双葉が伸びきると、今度はこれまた大きな本葉がその間から現れ、まるで特殊撮影の早回しのカメラで見ているように次々葉が生まれ、中心から太いツルが螺旋を描きながら鞭のようにしなりながらグングンと伸びて行った。

みるみる植物は育っていく。
夕鈴は驚きあっけにとられて見守った。

ツルは温室の床を這いまわり葉を増やし、今や温室は緑のじゅうたんで埋め尽くされた。
三人の美しい合奏にあわせ、葉擦れの音がザワザワと、
あたかも千の奏者による大合奏のように鳴り響く。

夕鈴は「これなら、収穫祭までにカボチャを実らせることができるわっ」と興奮し声を上げた。

長い長い曲も終わりに近づいていた。

それまで温室中をはい回りうごめいていたカボチャのツルがすうっと、力なく床に横たわった。
すると、一斉に葉擦れの音がやみ、静かになった。

方淵はキュっと弓を離すと、演奏の手を止めた。
すべての音が止み、あたりはシーンと静まり返った。

「ツルの…成長が、止まった?」
方淵がつぶやく。

魔カボチャと思われるタネから生えた親ツルは、夕鈴の足より太くなっているし、ガラス温室の内部は大かぼちゃの大きな葉で埋め尽くされていた。

ついさっきまでタネの姿だったのに、今や温室中を埋め尽くすほどに育ったカボチャ。
短い時間で爆発的に大きく育ってしまった

だがすべての動きは魔法切れのように終わってしまった。

「これで、終わりですか?」
夕鈴が尋ねた。

あたりはシーンと静まり返り、何事も起きる気配がない。

「――おかしい」
二胡を抱えた方淵がぼそりと声をあげた。

「へ?」

「つぼみが、つかない」

「あ!
そういえば、葉ばかり茂って、いっこうに実のつく気配がないですね
でも、それじゃあ困るんです。だって欲しいのはカボチャの実なんですもの!」

夕鈴は少し慌ててしまった。

水月は無言で、周囲に広がったカボチャの葉のじゅうたんを見回していた。

「土づくりの失敗? チッ…。それとも何かの必要成分を見落としていたのか。オレはっ!」

方淵はあわてて傍らのバインダーと鉛筆を取り上げ、パラパラとページをめくった。

「方淵、もうこれでお終い?
もしかして、あのタネは魔カボチャじゃなかったってこと?
それとも、何かの失敗でこの子の成長は止まっちゃったってこと?
水月さん、どう思います?」
夕鈴も蒼白になっていた。

『たった一つでもいい。魔カボチャが実りますように』…と思っていたのに。
一つも実がつかないのでは、全くふりだしに戻ってしまったことになる。

「君が言うように、不思議なタネから生えたというのなら、普通のカボチャとは違う理をもつ植物なのかもしれないよ。もうちょっと待とうよ」
水月はノンビリとしたものだ。

「ハッ、貴様はお目出度い奴だな!
この苗の成長は、もう止まってしまったんだ。
一日中、葉っぱ相手に楽器を弾いているがいい」

夕鈴もはっとなってあたりを見回した。
外をみれば日が陰りはじめ、もう日暮れが近い。

「夕暮れ時が訪れたね
…じゃあ。そろそろ、仕上げの出番かな」

水月は月琴を置き、懐から綾錦の袋を取り出した。

「笛?」
錦織の袋の中からでてきたのは、美しい細工が施された1本の横笛。

「お兄様は、楽器ならなんでも弾きこなすことができるのですわ」
紅珠がウットリと手を合わせて兄を自慢げに見つめる。

水月は構えると、端正な唇を拭き口にそっと当てて、息を吹きこんだ。

ひょうひょうひゅるりと透き通った笛の音が空気を切り裂き、あたりを震わせた。
それは世にも妙なる美々しい旋律だった。
夕鈴もぼおっとして聞き惚れた。

すると、太いツルの付け根の方でふわっと煙のように五色の光が立ちのぼった。
よくみると小さな膨らみが、ポコンと音をたて、葉の根元に生まれた。

一曲吹き終わり、水月は呼吸のために一度構えを解いた。

「…ね?」

水月の微笑みに、紅珠が感動して頷く。
「わたくし、感動いたしました! さすがはお兄様ですわっ!
ね、お妃様。素晴らしいでしょ、お兄様の笛は」

「ええ…本当に素敵な曲だな~って思います」
夕鈴は素人なりに、純粋な気持ちで感想を述べた。

「そういっていただければ光栄です」
水月はニコと笑うと、もう一曲、吹き始めた。

「ああ、とても素敵ですわ、お兄様!
この感動をお伝えするために、わたくしもご一緒いたしますわね!」

紅珠はそういって、涙ぐみながらも水月の笛に琴をあわせはじめた。

(この兄妹、天然だわっ!
電波系…?っていうかあっちの人っぽい)
と内心思いながら、夕鈴は美しい兄妹を眺めた。

「仕方あるまい。もう一曲だけ付き合ってやるか」
方淵が二胡の弓を取り上げた。
水月の笛に、紅珠の細い指で琴を掻き鳴らすグリッサンドの滑奏音で華やかな色どりを加え、そこに方淵の二胡でしなやかな旋律が絡まる。
三人の合奏が始まると最初、葉の付け根にできた豆粒ほどのつぼみは、美しい音楽に誘われるようにぐんぐんと大きくなり、夕鈴の顔よりも大きくなり…そのうち両手で抱えられないほど大きなつぼみに育った。

「わぁ…大きなお花が咲きそうですね!」
夕鈴は感嘆の声をあげた。

やがて花のガクの内側から黄色い花びらのつぼみが見えてきた。

「やった! これでカボチャができるんですね?
陛下に教えてあげなくちゃ!」

「馬鹿。良くみろ。つぼみは一つだけだ――」
方淵は演奏する音を止めずに叫んだ。

「へ?
――何か問題でもあるんですか?
そりゃ、たくさんお花が付けば嬉しいですけど。
魔カボチャは一つでいい、って聞いてます
あんまり欲張らなくても、一つで問題ないんじゃ」

「馬鹿者っ!
カボチャは雄花と雌花の二つが揃わねば、実を結ばんと
そんなことも貴女は知らんのかっ!
ハッ。それでよくも農家王たる陛下のお傍近くにいて恥ずかしくないのか。
これだから――」

「はあぁ?」

どうしてこうも、この男は人にケチをつけては喧嘩を売るのだろう――。
まったく腹立たしい。

だが彼の言うことは正論だった。

「雄花だけでは。実を結ぶことはない――?
それってどういう意味?
花は花でしょ?」

名家の娘として教養高き紅珠は、頬を染めて説明を取り持った。

「…花の中にも、幾百幾千の中からたった一つの素晴らしい出会いを求めて
このように花が男女分かれているものもあるのですわ、お妃様。
とってもロマンチックではありませんか?
まるで、陛下とお妃様の出会いのように――ああっ、私、想像してしまいましたっ!
お二人のなれそめはきっと――」

「ふんっ、花粉にロマンチックもなにもあるものか」
現実派の方淵が突っ込みをいれた。

「えっと、じゃあそれはそれで。
でもどうしてお花の雄雌が、方淵には分かるの?」

「見えれば分かるに決まっておろう!」

(だからいちいち怒らなくても…)

「とにかく、これは雄花だ!」と方淵。
「…雄花ですねぇ」水月
「確かに、わたくしにも雄花に見えますわ」と紅珠。

「…というわけだ! たとえ咲いたとしても実を付けることは絶対にない!
ハッ残念だったな」

「雄花には、実はつかないんですね?」

「当たり前だ!」

方淵に断言され、夕鈴はガッカリしてしまった。

水月も残念そうに笛を降ろした。

「もう、他につぼみがつく可能性は…?」

「分かりませんが。今のところその気配はありませんね。もう逢魔が時も終わりに近づきました…そろそろ魔法の時間切れです。これがもし本物の魔カボチャであるというのなら、日暮れから夜明けまでのランタンカボチャが活性化する時間帯はヒッソリと息を潜めていることでしょう」

夕鈴はジッと見つめていたが、動きを止めてしまった魔カボチャのツルには、それ以上一つとしてつぼみが着くことは無かった。

「…このつぼみは雄花だから、たとえ咲いても実はつかないんですね?
ようするに、ダメなんですね?」

「そうだ。
これで貴女にも、咲かせ、実らせる苦労が
少しは分かったであろう!」

世界一たくさんトマトが実っているギネスに挑戦中の方淵は、あと一歩というところで夕鈴に邪魔をされたそのことを、どうやらまだ根に持っているらしい。

安全なガラス温室を借りて
四苦八苦してようやく芽がでて、育ててみたけど、
今度は「雄花」一つしかつぼみをつけない。

「…もう、陽もくれてきましたし
今日はここまでにしましょう」

夕鈴はそう言わざるを得なかった。

これ以上三人を拘束していたところで、何か状況が変わるとも思えなかった。

「本当に素敵な音楽会でしたわね。お兄様。
…あの私、お腹がすきましたわ」

「紅珠、今日は父上の家によって夕餉をと言われているのだが」
「私もそうですの」
「そうか、では一緒に行こう」
氾家もこのあと家族団らんがあるようだった。

(…ああ。
そうだった。私、飛び出してきたままだった…)
夕鈴は帰る場所のある二人のやりとりに、チクリと胸を痛めた。

恨めしそうに方淵の方をチラリと見上げれば、怒ったような顔をして見返される。
「はっ。私も今日のデータ管理をまとめねばならん。
皆、一刻も早くこの温室から出て行ってくれないか?」

方淵にもすげなく言われ、
三人は立ち上がると温室の扉の方へと追い立てられた。

「はなはだ迷惑ではあるが、今日のところは陛下のためと免じこのカボチャの苗は預かっておいてやってやる。だが私も忙しい。とにかく一度、帰れ」
方淵に突き放されるように言い渡された。

夕鈴はカボチャの葉で埋め尽くされた温室をぐるりと振り返る。

「…せっかくここまできたのに――ダメだなんて。」
夕鈴は唇を噛みしめる。

兄と二人の帰り支度を済ませた紅珠。
「では、ごきげんよう、お妃様」
と愛らしい挨拶で別れを告げた。

夕鈴は必死に笑顔を作って、手を振った。

* * * * * * *

帰り路。
街灯が映し出す自分の細長い影を踏みながら
夕鈴はとぼとぼと歩いていた。

「…どこに帰ろう。
魔カボチャの実が付かないんじゃ…帰れない。
まだ陛下にお会いできない…
私って――役立たず」

街路灯に照らされた道端で、ついに夕鈴は力なくしゃがみ込んだ。
…ついに気持ちをこらえることができなくなった夕鈴は、膝を抱えて涙をこらえた。

目の前に影が落ちた。
夕鈴が見上げると、マントを目深にかぶった人が立っていた。

「夕鈴?」

へっ
そ、その声は――

「陛下っ?!」

まさか
まさか本物っ?

なんで王様自ら、こんな道端に出向いてるの――!?

夕鈴は立ち上がった。
伸ばした指先で顎にかるく触れられ、夕鈴はびくり、と背中をこわばらせた。

「だっ ダメっ! 近寄らないでくださいっ」

彼に口づけをされたことに驚いてキライといって飛び出してしまったけど…本当は彼のことを嫌いではない自分がいたことに、夕鈴は戸惑っていた。

彼の頼みの魔カボチャを持って帰ることで夕鈴は仲直りがしたかったのだ。

だが、唯一の希望だったタネには実がつかない。当てがはずれ、気落ちしている夕鈴にはまだ彼に合わせる顔がなかった…

「まだ怒っているのか?」
「いえっ!」
黎翔から顔を背けながら夕鈴はぶんぶんと首を振って否定した。
夕鈴は顔が赤らむのを自覚した。
涙がこぼれてしまう。

「ちがうっ違うんですっ! これは私の問題で…」

黎翔は低い声でつぶやいた。

「――まだ、怖い。か?
私が魔法使いだから?」

冷たい狼陛下の声に、夕鈴はますます涙がこぼれて仕方がなかった。

(陛下が魔法使いだってそんなの、全然関係ない。
陛下の役に立ちたいのに…
大嫌いっていっちゃったけど――陛下に、嫌われたくない)

言いたいことがうまく言葉にできない夕鈴は、
ただ切なくて涙があふれた…

*