シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編-6


明日は本誌10月号がたぶん早売り、そして大阪ではイベントですね。イベント行かれる方はどうか楽しんでいらしてください(*´ω`*)

残念ながら明日は一日お仕事で拘束されるので
夜にゲット予定の本誌を楽しみに頑張ります。

[ご連絡] (すみません、関係ない方はスルーしてください) 

とらさんに委託していた
『現パラアンソロジー』が売切れてしまっていたようですみません。
追加委託の運びになり、今日発送しました
また近日中、受付再開すると思います。

『短編集(1)』の取り寄せ受付締切日は08/25です。
『てすさびの…』もですが、早めにご注文いただいた皆様、長らく御待たせしてしまってすみません。
(手順としては①取り寄せ期間が終了してから、とらさんからサークルに確定した「数」の通知が来て、②サークルからとらさんに納品して、③とらさんから注文主様にお届け、という運びになると思います)。
『取り寄せ』のは手順が少々複雑で分かりにくくて申し訳ありませんが、ご発送まで今しばらくお待ちください。

———-

現パラアンソロジー「現パラWORLD」に収録している
「シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね」
の続編です。

【現パラ】

* * * * * * * * * *
シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編-6
* * * * * * * * * *

私の名前は汀夕鈴、17歳。

ひょんなことからドラマの相手役として抜擢されて
「研修」という名目で相手役のへーかの住まいの別棟、人呼んで「後宮」に一室を与えられ、別世界のような暮らしをしている。

うっかり借金を背負ってしまい、仕方がなく返済のために合間に後宮の立ち入り禁止区域の掃除婦バイトもしている。
も、というが、正直力を入れているのは掃除婦バイトの方。

というのも、
役作りといったって陛下は時々しか現れないし
台本は陛下に捨てられてしまったし
…正直、努力すべき方向をどこに定めたらよいのか見当がつかないというのもある。

そこで、思い切って、今晩こそ、そのあたり陛下に尋ねてみようと思う。

* * * * * * * * * *

人払いを済ませた彼は無邪気な笑顔を浮かべている。

「へーか」

「ん?」

「ちょっとお尋ねしたいんですが」

「なに?」

いつのまにか、当たり前のように、膝の上に抱き寄せられている。

近すぎる距離を少しでも広げられないか思わず必死に彼の胸に両手を突っぱねている自分…。

「君は何か、怒っているのか?」

「いえっ!」

「では、何故そのように君はふくれっ面をするのだ」

「お、お、怒ってなんかいませんっ!
もともと下ぶくれなんですよーだっ!
それに、へーかが急にお膝の上に座らせるから――」

「これは役柄解釈上、夫婦演技向上ために」

「――うっ」

そういわれると、辛い。
後宮と呼ばれる研修所に来たのも、もともと演技力向上を目的とした研修のためであり、撮影までに身に着けなければいけない素養を贅沢な環境で徹底的に磨いてくださっている…のは分かるけど。

陛下はとにかく世界屈指の演技力の持ち主なものだから
どこまで本気で、どこまで演技なのか
ちっともわからない…。

ドキドキさせられて、損してるのは私じゃないですか!

(冷静に、冷静に――
相手は役者。感情があろうとなかろうと、こんなことへっちゃらなんだから。
私だってプロ妃目指してるんだから…くう、ここは…!)

頭を冷やすべし。

「その。役柄の解釈と…バイトについてなんですが」

「いろいろお稽古のほう、頑張ってるそうだね」

嬉しそうに陛下が微笑んだ。

…あんなに忙しそうなのに…
私のことを気にしてくださってる?
ならそれはそれで嬉しい、けど…。

「私、もう少しバイトの方入れてほしいんですが」

「バイト…? 掃除の?」

「はい」

「どうして? 何か不自由してるとか
…それとも、何かお金がいるの?
だったらもっとお給料出すように、李順に――」

「やめてください。
お金は――もちろんそうですが
借金返済にどれくらいかかるのやら…
でもそれは自業自得ですし、
それに、お金のことだけではありません」

「じゃあ、何か気になることでも?
…愛しい君が気になっているというのなら
何でも言うがよい」

…背中がゾクっと冷えた。

なんでそこ、急に狼陛下?
――と混乱していると

やおら頭を大きな掌で掻き寄せられて
そのあと頭上からチュっと音がした。

今、まさか、
髪に…口づけされ…た?

カァっと思わず赤らんでしまった。

「…なっ な ――」

「君が困っているのなら
なんでも話を聴こう――」

「そ、そうじゃなくて
困ってるんじゃなくて…」

思わずジタバタする私を、彼は優しく抱きしめた。

だから、どうして抱きしめる―!?
逆にパニックになりそうな私の背中を優しくさすられて
者も言えない状態に陥った。

私はなんとかして話を進めないといけない。

「でっ、…でも、困ってるのかもしれません」

「困ってるなら僕が力になる」

「だから!
それがやりすぎなんですってば!
ちょっと離れてください――っ!!」

強引に押し戻し、真っ赤になった顔で
ぜいぜいと肩で息をした。

彼は眉をㇵの字にして、ちょっと寂しそうにハハハと笑った。

むすっとした顔で見つめ返すと
ショボーンと耳を垂らして悲しそうな顔をする。

ずるい
ヘーカのそんな顔。見たくないじゃないですか…

思わず手を差し伸べて頬に触れた。
「ごっ、ごめんっなさいっ!
わっ、わたしっつ
こういうスキンシップって慣れなくて――」

「うん、僕こそ
ごめん。」

頬に触れた手を握り返される。
イヤ、じゃなから、振りほどけない。

振りほどかないことに彼は満足を示し、私との距離を保ったまま手を握った。

触れる手が、暖かい。
へーかは、優しい。

私は落ち着いて、話を戻した。

「私――具体的に
何をしたらいいんでしょう」

「…え?」

「役柄解釈っていっても、せっかく各方面の素晴らしい先生方をひっきりなしに呼んでいただいても、ガサツな私にはそれに見合うような上達もしないし…
正直、すごい先生たちに払う講習料が勿体ないっていうか」

「君の身につくものであれば
勿体なくなんか――」

「いえ。
才能のある方には有難い教授でしょうが…
私では――豚に真珠、猫に小判っていうか」

「教え方が悪いというのなら
奴らの首を切る」

陛下は、ゾッと背中が凍るような表情を見せた。
私は思わず真っ青になって、一瞬二の句が継げなかったほど
…怖かった。

「そっ…そんなことありませんっ
止めてくださいっ!!」

必死で彼を押しとどめた。

「じゃあ、彼らには問題はないと?」

「ありませんってば!
問題があるとすれば私の方で――」

「そんな」

「そんなこと、あるんです!」
私はフルフルと首を振った。

だって。

お茶の作法の時、とんでもないことがおきて
お茶を急須ごとひっくり返したこととか。

舞のお師匠には
ヒキガエルがノタノタ這いずりまわってるかと思ったとか言わたこととか。

さんざんな評価しか受けていない。

そのうえ、厳しい李順さんには
どんどん試験をされて、厭味ったらしくため息ばかり目の前でつかれて、いくらタフな私といってもどんどん落ち込んでしまうばかり。

「次の試験がダメだったら、
落第してしまうかもしれません。
…ここで中途半端なことしているのなら
それならふつーに高校を卒業したいっていうか。
明玉たちと一緒に卒業に出たいな、って…」

高校三年生はそろそろ自由投稿になっているので
出席数とは無関係なのだけれども
それでも現状、こんなふうにコスプレ(?)をして、映画の世界の中そのままのような暮らしの中には「学校」は組み込まれておらず、ここの建物と後宮に与えられた部屋と、老子の部屋と、それ以外は自由に出入りすることもできなかった。

「君が嫌なら――」
…そこで陛下は言葉を区切った。

「嫌じゃありませんよ
もちろん、借金を作ってしまったのは自分だから、その分は働いて返すつもりですよ。
けど、高校生活もあとしばらくかと思えてくると、やり残したことがあるような気がして仕方がないんです」

モゴモゴと言い訳めいたことをつい言ってしまった。

可愛い青慎はどうしているだろうか。
家のことほとんど手を出さないお父さんと二人で不自由していないしら。

学校の友達たちは、元気かしら…。

「…つまり。
ここから…出てゆきたいの?」

陛下は顔を曇らせて寂しそうに尋ねた。

「いえ、そういうことではなくて」

挙動不審のようにそわそわと顔を背けた。
そういうわけじゃないけど
そういうわけなのかもしれない…

高校生活をなげうってもここにきた理由は、
とにかく陛下の役に立ちたい、と思ったから。

なのに
今の私じゃあ自信が持てない。

だから――。

「出てゆきたいわけじゃないなら
よかった」
目の前でホッとされて
きゅんと胸が痛んだ。

「違う。
違うんですけど…

でも――ちゃんと仕事させてほしいです。
台本は見ちゃダメってヘーカおっしゃるし
正直、ここで私は何のためにいて
何を毎日の目標に頑張ったらよいのか
やりがいが見えないっていうか。
何に努力目標を置いたら良いのか
ちょっとわからなくなってしまったんです」
思わず目を伏せた。

「君は君らしく
僕のために笑っていてくれればいいのに…」

陛下がポツリと言った。

その声はあまりにも真に迫っていて
私の心を直接穿つように響いたものだから
何故だから私は思わず赤面してしまったのだ

「…」
モジモジする私を彼は抱きしめて

「…分かった。
では君の努力目標となるべく
仕事を設定したらよいんだね?」

「――え? あ、――はい。」

「じゃあ、さっそく
三日後。
関係者のお披露目に出てもらうとするか。
せいぜい着飾って狼陛下の妃らしく
努めてくれ」

「――はぁ?」

「夫婦仲の良いところろを思いッきり見せつけて
イチャイチャしようね――」

「えええええ?」

どこまで本気か冗談かわからないまま
私は突然お披露目の席に出ることになって――。

*

シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編-5


お盆も終わって、急ぎの仕事がバンバン回ってきます…。
お盆疲れがどっと回ってこないよう
みなさまもどうかお体お大事になさってください。

さて。

現パラアンソロジー「現パラWORLD」に収録している
「シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね」
の続編です。

ずいぶん間が空いてしまってすみませんm(_ _)m

【現パラ】

* * * * * * * * * *
シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編-5
* * * * * * * * * *

私の名前は汀夕鈴、17歳。

ひょんなことからドラマの相手役として抜擢された…けど
なんのとりえもない、地味で堅実な女子高生だ。

「研修」という名目で(まるで騙されるように)呼び出され
へーかの住まいの別棟、人呼んで「後宮」とよばれる役者養成所の一室に寝泊りをしている傍ら、うっかりヘマして作ってしまった借金(おそらく膨大な額)の返済のため、ときどき研修所内の掃除婦バイトをしている毎日だ。

研修というのはなにかというと、基本的には役柄通りの暮らしをふつーにすることだ。

もちろん、架空の国の架空の時代のお話だから、原作に沿った暮らしといっても細かいところは李順さんの解釈にゆだねられている感じ。

「李順さん」という人は、たぶんヘーカのマネジャーさんみたいな人で、
今回ドラマに出演するにあたり所属するプロダクションでは、私の上司にあたる人らしい。

…らしい、というのは
わたしがうっかりサインしたときのことをよく理解していなかったこともあるけど

主な原因としては
私をスカウトした張本人のヘーカのせいだと思う。

ヘーカに尋ねると
「いいから、そんなこと知らなくても悪いようにしないから。今はただ、私のためにだけ笑っていておくれ」とか「愛しい妃に悩ましい顔は似合わない」とか、歯の浮くような甘い言葉で私を混乱させるだけで、あまり具体的なことを説明してくださらないからだ。

すっごく頭の良いヒトだけど
頓珍漢というか…何を考えているかわからない。

めげずにへーかにその二の質問をしようものなら、
「夕鈴、かわいいっ♪」とか頓珍漢なことを言いだして、私のことを抱きしめたり、腰に手を回して膝の上にいざなったり…とにかく、もう、想定外に恥ずかしいことばっかり起きる。

だから、ちっとも本当に知りたいことの詳細が私には見えてこない。

へーかがダメなら李順さん。
でも、李順さんは几帳面というか真面目すぎるというか…とにかく細かい。
この間も「徹底的な役作り」といってすべて持ち物を取り上げられて、役柄になりきったものだけしか使わせてくれない。

古風な衣裳は重いし暑いしきゅうくつだし(下着もすーすーだし)。

だけど、徹底的になりきることで見えてくることも分かってきた。

今はそんな生活をしながら、与えられた課題をこなし、いろいろな資料を読みこみ、たしなみや立居振舞、様々なお稽古事の訓練を受けている毎日。
それぞれの筋の大家とよばれる専門家(肩書をきいて驚いてしまった)がとっかえひっかえ、ひっきりなしに現れるので、正直驚いた。

そんななかでも
一番の著名人といえば、やはりへーかで…。

売れっ子役者のヘーカは毎日私のとこに顔を出してくれるわけではなくて
こんなに傍に住んでいながら
へーかの姿を垣間見ることのできる条件はすごく少ないことに気づいた時
李順さんに「へーかはいつお戻りなんですか?」と尋ねれば

「あの人をなんだと思ってるのですか?
世界的に認められた著名な俳優、その人ですよ?」
とたしなめられた。

最近になってようやくわかった。

遠くから見るヘーカは
いつも大勢の大人に囲まれていた。
現れるとピンと空気がはりつめて

――怖かった。

(それは、どんな服装をして、どんな役柄になりきっていたとしても)

でも、どんなに遠くでも
きまって、彼は私を見つけ、
それから一瞬だけ表情を和らげて
私にだけ微笑んでくれた

まるで、彼の特別な女(ヒト)であるかのように…。

それが
彼の言う『徹底的な役作り』の努力の賜物であるのなら
私はたんなるお金で雇われたバイトでしかない。

そう思うたびに、私の胸はちょっぴり痛みを覚えるのだった…。

生活は全て一新されて、ドラマの中に在る通りの古風な様式だったし
最近では身の回りの世話をしてくれる侍女の方たちまでみんななりきってまるでその時代の人たちみたいななり切り様。

ここに来た時は、おしゃれな紅茶とシフォンケーキでもてなされたものだけど
今はお茶も茶菓子もすべて中華風。
甘味料もなくて、自然な甘さで当時のレシピで料理人さんたちが作ったものばかりだという。

衣食住、とにかく何から何まで
タイムスリップをしたように、周りのものは整えられていた。

一番は、
陛下に素晴らしい作品を作り上げてほしいという
ここにいる人たちの気持ちだと思う。

私自身、何も知らずにここにきたけれど
こんなに良くしもらって
感謝する

けど
やっぱり
理不尽。(主に、李・不尽系な感じ)

李順さんはまだよい。

それよりなにより、
やっぱり
一番困った人は――ヘーカ。

私のシナリオは、彼に取り上げられた
(正確に言えば、取り上げられて池に捨てられた)

普通通りに暮らす中で、役に相応しい感情が生まれればよい、とへーかは言った。

衣裳をつけて役柄になりきったへーかは冷酷非情な「狼陛下」そのもので
ピンと張りつめた空気に思わず声をかけるのもはばかれるほど。

でも、私の中でのへーかは
下町のうどん屋の裏口にフラリとあらわれる
捨てられた小犬のような目をした人。

狼陛下と呼ばれる彼と
小犬のようなあの人は
まるで別人のような雰囲気をもつけれど
それは
李順さんや私だけ、ほんのごくわずかな人にだけ見せる彼の二面性で
世界からも期待される役者の彼にとって
人に知られたくないものだと聞けば
放っておけないのが人の情。

狼の鋭く人を見下す冷たい視線にさらされて、身動き一つままならない私に
一瞬で子供のように無邪気に変貌した彼は
あっというまにパーソナルスペースの領域にスルリと滑り込んで
甘い甘いしぐさと言葉で私を籠絡する。

会えないときには寂しく思い
もし会えた時はどう向きあえばよいのか迷いながら

実際に会ってしまえば
もうどうでもよいほど彼に翻弄されるばかり…。

* * * * * * *

掃除バイトを終え、次の習い事までの少しできた合間に、気晴らしに庭に出た。

王宮とよばれるへーかの住まいである本宅と、俳優養成所である別名後宮と呼ばれる離れの建物の間には、美しい庭があった。

花を摘みたい。

もし、今日。陛下が部屋に寄ってくださるのなら
ささやかだけど、新しいお花でもてなしたかった。

「どの花がいいかしら」

最初は慣れずに苦労した袖や裾のあしらいもずいぶん上達した気がする。
慣れてみれば、きつい帯もしゃんと背筋がのびて気持ちが良い。
薄絹の袖を枝にひっかけないよう慎重に指を伸ばした。

触れる緑の感触が心地よい。

美しい花々をみながら、香りをたしかめ、綻びかけた花びらを指で触れ、どんな花がお気に召すだろうかと考えるのは結構楽しかった。

背中から急に大股で近づく人の気配がした。

「へーか?」
と気が付いて振り返ったとたんに
ガバッと腰をさらわれて抱き上げられた。

目の前に、端正なお顔があった。

「夕鈴。このような処で君にあえるとは」

狼陛下の姿勢を崩さない。
後ろには数名の見知らぬ人たちがいた。

恐らく業界の人だ。
だってあんなシャツの柄とか、サングラスとか、髪型とか。
マトモナ人にはあり得ない、ギョーカイ人特有のオーラがあったから…。

へーかはその人たちを何ら顧みることなく待たせ
私に構った。

「愛しい妃よ、君は何をしていたのだ」
といちいちやるおとなすことがイチャイチャしていて甘酸っぱい。

いたたまれない私は抱き上げられたまま目を伏せた。

「へ、へーか。お帰りなさいませ」

おずおずといえば
彼はにっこりを笑い返してくれた。

クラクラするほどの笑顔。
へーか。
それ。
反則です――

パンツ履かないのには少しずつ慣れてきたけど
やっぱり腰とか手を回されるのは
すごくすごくスゴーク気恥ずかしい。

役柄だって
どうして私が演じることになったのかさっぱりわからない。

ひとたびヘーカが相手役を募集すれば
それこそ千人単位で人が殺到すると聞いた。

佩いて捨てるほどいる
バイト妃役に
どうしてこの人はこんな無駄な投資をするんだろう。

私は
引け目に感じているのかしら。

甘い甘いヘーカ

息がかかるほどの至近距離で見つめられ

頬を指先でたどられ

その端正な唇から
あふれる愛の言葉は

すえて演技の練習のためと知りながら
まるで本当のことのようにドキドキした。

こんなにヘーカが真剣で
私に対しても妥協なく演技してくれていることに
ちゃんと相手を務め切れていない自分が寂しかった。

「所詮、相手役って言っても
バイト妃役。…誰でもよかったのよ」
とネガティブで黒い気持ちが生み出されて
――苦しかった。

狼と小犬の二面性――それは理解したとしましょう。
だけど
彼の真意は全然見えなかった。

「小犬のような彼が見捨てられない」

いつしか「見ていたい」相手になっていて

彼に関して、私は欲張りになるばっかりで、苦しい。

「愛しの妃と
こうしてここで会えるとは嬉しい限りだ。
きみの気持ちも同じではないか?」
と呟かれ

恥ずかしくて
顔が真っ赤になってしまうのに
――嬉しくて。

袖で頬を隠しながら
「はい…
嬉しゅう――ございます」と
答えてしまうのだった。

*

シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編-4


現パラアンソロジー「現パラWORLD」に収録している
「シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね」
の続編です。

ひょんなことからドラマ「狼陛下の花嫁」の花嫁役を演じることになってしまった汀夕鈴17歳。
うっかり大きな借金を抱えてしまい、狼陛下の「王宮」の後宮と呼ばれる研修所で、役作りの傍ら住み込みバイト志願をした夕鈴だが…

【現パラ】【お色気ギャグ少々】←?

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シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編-4
* * * * * * * * * *

カツカツ足音が近づいたかとおもって振り向くと李順さんが顔を引き攣らせて立っていた。
緊張しながら挨拶をする。

「こんにちは、李順さん。
さっきの課題はなんとか終わりましたよ」

「それは結構。
――しかし、夕鈴殿。その格好は?」

眉をひそめた李順さんが
私をジロジロと見つめた。

「…ええと。あの、研修期間中のパジャマ替わりに持ってきたTシャツとハーフパンツです」

豪胆な太筆でフロント側に「不撓不屈」、バックに「闘魂3-2」と書かれたTシャツは、球技大会のときクラスお揃いで作ったものだ。

「…」
顔をしかめる李順さんを見れば、ダメ出しされているというのは分かった。

「…ダメ、でしたか?
動きやすいですし、
着心地もけっこう気に入ってるんですけど――」

李順はハァとため息をついた。

「貴女はここで何をすべきか
分かってるんですか?」

「あの、役作りのための研修中というのは重々承知しています。
でも借金は個人的な失態で背負った債務で、
その返済のための掃除バイト中に
お借りしている綺麗な衣裳を汚すわけには参りません」

「もうすぐクランクインというのに――貴女は全く…」
ブツブツと李順さんは口の中で長い呪詛をつぶやいていたが、はっきりとは聞き取れなかった。

「仕方がありません。
後宮掃除バイト娘の衣裳を用意しましょう。
あと、そのバケツと雑巾!」
ビシっと、青いプラスチックのバケツとミシン目の走る雑巾を指さした。

「それらも当時のものに改めていただきます。
バケツは木の桶に、雑巾は古着をほどいて自分で手縫いなさい!
後宮の中では小道具類も全て!
何から何まで当時と同じようにお願いしますよ」

「ひえええっ!?」
ワードローブには煌びやかな妃衣裳ばっかりだったし
ふ、古着って、どこにあるんですか?…とは聞けない。

「あなたが持ち込んだ荷物全て、私の方でお預かりいたしましょう」

「え?
ケータイもですか?」

「当たり前です!」

「でも、どうやって家族や友人に連絡を――」

父さんが昔使ってた古いガラケーのお下がりだけど
アドレス帳には3個しか宛先無いけど

――それでもJKとしては、無いと困る。

高校の方は就職先はプロダクションに決まったから
3年生はほぼ自由登校。特に問題はないとしても

青慎にショートメールを送れなくなっちゃうし
困った時の明玉頼みが命綱だったのに。

「安心なさい。必要があれば私が代理で行いましょう」

「! …でも」

李順さん経由じゃ意味ないじゃないですか…。

「役作りは徹底的に!!
それが陛下の思し召しです」

(ふ…不便。
主に、李順さんが)

かくして
持ち込んだ荷物は全て、何から何まで
着替えからケータイに至るまで
李順さんの預かりとなってしまった。

* * * * * * * * * *

その日の午後、久しぶりに陛下が顔を出した。

相変わらず突然現れて、
会うなり、大げさな仕草で私を抱き上げる。

「ぎゃっ!」

私は未だに慣れなくて、
(…特に今日は着替えから何からパンティまで全て没収されたばかりだったから…)

赤らむ頬を誤魔化したくて変な顔になってしまう。

ヘーカは私の頬をつついて尋ねた。

「私の妃は、なぜそのようにふくれっ面をしているのだ。
何か不満でもあるのか?」

「…いえ」
パンティを取られて腰布だけでスースーするともいえない。

確かに私は少々虫の居所が悪かった。

だって…。
あんまり李順さんが理不尽ばっかり言うから!

(パンツ、返して!! 
Tシャツ、返してっ!! 
ケータイ、返してえ~ッ!!!)

この叫びを、どこに吐き出せばよいのやら――。

「…李不尽だからです」

言っても仕方がないことだけど
…私は拗ねていた。

「李夫人?
――誰」

「いえ、李不尽!
李順さんってば――」

(漢字の違いが分かる女、汀夕鈴17歳
ウサギの耳はなぜ長い)

私が李順さんの言うネチネチとした理不尽のことを
『李不尽』と言いあらわしているということが分かった聡明な陛下は
少しトーンを落として同意した。

「…ああ、あいつのことは
気にすることは無い」

「でも」

「少しくらいネチっこくても
厭味ったらしくても…
何時まで経っても昔のことを蒸し返したとしても――」

陛下はフォローしてるの? それとも、していないの?

…私は思わずため息をついた。

「…けっこうです」

「お気に入りのクラスTシャツも、し、した…も、
ケータイも、何もかも――」

もにゅもにゅと歯切れ悪く、それでも
云わずにはおられない。

「Tシャツ? した何? ケータイ?」
陛下は耳をそばだて、聴取した内容を復唱する

「着心地が良くて気に入っていたのに。
無理やり李順さんがむしりとったんです」

「無理やり
むしり…とった?

ちょっと、待て。
何を
むしり――とった… と ?」

陛下の眼が、ギン、と光った。

「…まさか、
あいつ――ゆーりんを
無理やり脱がせた…というのか?」

あたりが急に薄昏くなり
オドロオドロシイ蛇縄バックのトグロが巻きはじめた。
遠雷のゴロゴロという音まで幻聴が…。

「…い、いえっ!!
それは言葉のあやで!」

「奴が 君を 脱がせたのか」

「いいえ、違います!
自分で脱ぎました!」

「脱いだ?!」

両肩をガッチリ掴まれ
ワサワサと揺すぶられる。

「い、いえっ!
李順さんの前ではなくっ!
自分一人で着替えました――!!」

…はぁはぁと上がった息も
深呼吸を挟んで沈静化した。

陛下も私も少し落ち着いたかのように見えた。

「すまない
取り乱した」

陛下は私をゆっくり長椅子の上に降ろしてくれた。

「私もごめんなさい。
役づくりを徹底的にするためにって話で
普段から使っていた私物を全てとりあげられちゃったのを
ちょっと愚痴っただけです」

「…クランクインが近づいてるから
やつも気が立ってるのだろう。
私は、おいおい慣れてくれればよいと言っているんだが…」

「そういうわけには参りません!
ギャラを戴く限り、ちゃんとお仕事させていただきます!」

「そうか」

落ち着いてヘーカは座り直した。
それから当たり前のように私の腰に手を回し、自分の膝に座り直させた。

(…ん?)

妙に、生暖かく…

いつも以上に
より肉薄する
陛下の手の感触――

その途端、
私は現代的な下履き(=パンティ)を履いていないことを思い出し

あまりの恥ずかしい状況に
私は真っ赤に沸いて、のけぞってしまった。

「~~~~っ!!!!!」

*


なんでこっちの方向にギャグが振れたのか
自分でも良く分かりません…(笑

シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編-3


現パラアンソロジー「現パラWORLD」に収録している
「シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね」
の続編です。

【現パラ】
ひょんなことからドラマ「狼陛下の花嫁」の花嫁役を演じることになってしまった汀夕鈴17歳。
狼陛下の後宮と呼ばれる研修所でいきなり粗相をしでかして…。

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シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編-3
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ガチャン… と派手な音がした

シーンと静まり返り
それから李順さんの悲鳴が聞こえて、
目の前のへーかの顔からはズルズルとクッションが滑り落ちた。

私はハッと現実引き戻された。

「せ…青磁のツボ?」
私は青ざめた。

「ああああ、透明感のある青緑色の磁器肌が無残な姿に…
夕鈴どのっ!
よりによって。
なにも、これを――」

割れた陶片を手に、ヘナヘナと崩れ落ちたメガネの人

「ごめんなさいッ!」

私は反射的に謝った。

壊したのは事実。
逃げも隠れもできない私は、腹をくくったのだけど

――でもこの時点、
まだ私は甘かった。

たまたま割ってしまった青磁の壺で
この先の私の運命が大きく変わるなど、思いもよらないことだった。

「…夕鈴どのぉ

その青磁の壺は
高かったんですよぉおおお?」

地の底からわき上がるような怨念がましい声が聞こえてきた。

…李順さんは背中にオドロオドロしいトグロを背負っている。

「李順。
たかが壺くらいのことで
ゆーりんを責めるでない」

ヘーカが私と李順さんの間に立った。

「たかが、ツボ?
――何をおっしゃいます!
陛下。
この壺は先祖伝来の由緒正しい…」

「ごめんなさいっ!
私が弁償しますっ!」

「――弁償?
…あなたが払うと?」

キラリ、と李順さんの眼が光った。

ようやく李順さんは落ちつきを取り戻し、立ち上がった。

迎えに来てくれたときのスーツ姿とは異なり、
私たちと同じような緑絹の異国の衣裳を身に着けている。

良く見ると、メガネのフレームもクラシックスタイルだということに気が付いた私は
思わず(さすが。世界観の作りこみようが徹底的ね)と感心してしまった。

…細かい

そう。
李順さんは大そう細かい人だったのだ。

「私、今丁度、何かバイトをさせていただいて
ここでの生活費に充てて欲しいと、陛下にお願いをしていたところだったんです」

「…ほう?」

李順さんは眼鏡をクッと指で押し上げて、眼を細めて私の方を睨んだ。

結構イタい出費かもしれない。
…けど女に二言はないわ!

「壊してしまったツボの分も、働いてお返しします!」

(いくら高価なものだといっても、ツボはツボでしょ。
一生懸命働けば、なんとかなるわよ)と
世間知らずの私はタカをくくっていたのだった。

「…働くと?」

「はい、掃除婦でも。
私の出来ることなら、なんでもいたしますから――」

「本当に?」

陛下が嬉しそうに横から割り込んできた。

「はいっ!」

私はやけくそで元気に答えた。

「約束だよー?」

ニコニコしている陛下を見ながら、李順さんは頭を押さえてため息を一つついた。

「――(はぁ…)。
陛下がそうおっしゃるのなら仕方がありません
その様に取り計らいましょう…
しかし
夕鈴殿っ
このツボは、ほんとの本当に、掛け値なしに、いいツボだったんですよ?
国宝級の骨董品で、二度と手に入らない銘品を…それをあなたは――」

「…え?
こくほうきゅう?」

私は青ざめた。

どうやらものすごい借金を背負ってしまったみたい。

借金で傷心の私の心をさらにえぐりこむように
ヘーカはニコニコと(冗談なのか本気なのか分からないけど)
「一生、ここに居るってことだね」と恐ろしいことを口にされ
李順さんからはネチネチとお説教が一週間以上続いた…

* * * * * * * * * *

一週間はあっというまに経った。

毎日侍女さんから手厚い待遇を受け
私は抗いながらも、侍女さんに世話してもらうことに慣れはじめた。

心なしか肌はスベスベ、髪はツヤツヤしてきた。
(慣れって、怖い――)

陛下は仕事が忙しく、会えない日もあったけれども
私は私で忙しかった。

もちろん、毎日李順さんのお説教は続いていた。

衣裳の裾さばきや立ち居振る舞いから始まり
妃としての教養全般、様々なものが要求された私は
当時の生活様式や言葉遣い、お茶、お花、舞、楽器など、次から次へと専任の講師が現れ、特訓を受けることになった。

分厚い台本が届いた。
「そろそろ、台本の読み合わせがありますから」と李順さんに渡された。

…セリフが――多い。
私は青ざめた。

ヒマな時間はほとんどないけれど、
時々美しい邸内を散策するのが楽しみだった。

王宮に続く回廊から降りたその先に大きな池があり
池のほとりには素敵な四阿があった。

石造りの四阿からは遠くまで続くお庭が見渡せた。
気持ちの良い風が吹くこの場所が私は気に入った。

陶製の椅子に腰かけて、私は手にしていた台本を広げた。

分厚い台本。

自慢じゃないけど、暗記モノはイマイチ苦手。

でも、足を引っ張る訳にはいかないから
へーかのためにと私は必死で台本を読みこんだ。

ブツブツと何度も口の中で繰り返し、覚えようと努力をする。

その時突然背後から陛下がいらしたのに全く気が付かなかった。

眼を隠された私は、ビクッと固まった。

「きゃっ!…誰?」

返事がない。

私の顔を包み込む大きな手
袖から焚き染められた薫香がほんのり漂い
私は陛下に間違いがないと私は確信していたのだけれども
返事がないとやはり不安だった。

「誰、ですか?」

二度目は自信なく尋ねて
それでも返事がなくて、私は思わず怖くなってしまった。

そっと手が開き、光が射した。
陛下の姿が見えて、私はホッとしてちょっとだけ拗ねた。

「…ヘーカ…ですよね?
意地悪しないでください」

「君は無防備すぎる」

陛下が少し怒ったように
ようやく口を開いた。

「へ?」
私は彼が何に怒っているのかよく分からない。

「私以外に誰が君に触れるというのか――」

「え?」

「誰、と君は…」

「何だ。そんなこと怒ってたんですか?
…すぐ分かりましたよ、ヘーカだって」

「…」
ブスリとした表情の彼が
なんだかとても可愛らしく見えた私は
思わず手を差し伸べて、彼の手に触れた

「陛下の手は、大きくて…優しいから。
すぐ分かりますよ」

彼の瞳の険が消えて、優しくなったと思ったら
いきなり抱きかかえられて、膝の上に座らされた。

「ぎゃっ!!
何するんですかぁっ?
よ、よしてくださいっつ――」

じたばたとする私を難なく捕える彼。
一行に構うことなくかれは違う質問をした

「愛しい妃よ、君はここで何をしていた?」

「セリフを覚えていました」

「セリフ?」

「沢山あるから、覚えられなくて」

「ふうん…」
彼は私の手からするりと台本を抜き取った。

「あっ、何するんですか!?」

「私と二人きりのときに
私意外の事に気をとられるとは――悪い妃だ」

「でも、台本の読み合わせは?」

「しない」

「え?
それじゃあせっかくこうしているのに
練習にならないじゃないですか!」

「こうしていること以外、
何も要らない――」

「えええええ?
それじゃあ、セリフが覚えられなくて
陛下の足を引っ張ったら
みなさんにご迷惑を――」

「…台本は要らない」

陛下は台本を遠くへポイと投げ捨てた。
一直線に飛んだそれは、ポチャンと音を立てて池に落ちた。

「――な」

私は呆然としてしまった。

「台本は、いらない。
君はありのまま
私を愛する妃でいてくれればよい」

ニッと微笑む大胆不敵な陛下。

いや、ヘーカ
それ、ワガママ――(涙;

*

シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編-2


現パラアンソロジー「現パラWORLD」に収録している
「シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね」
の続編です。

【現パラ】
ひょんなことからドラマ「狼陛下の花嫁」の花嫁役を演じることになってしまった汀夕鈴17歳が研修のためやってきたのは、狼陛下の後宮――?

* * * * * * * * * *
シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編-2
* * * * * * * * * *

鈴の音がシャランと鳴った。
思わず振り向くと、そこには狼陛下がいた。

以前、撮影所の中で見たのと同じ…高貴な異国の服をまとった姿…。

普段目にしていた浮浪者さんのような恰好とは全く違う
威厳ある国王の彼がそこに居た。

私はどんな顔をしていいのか分からなくて、
――嬉しいやら恥ずかしいやら、
この数時間分のストレスが一気に爆発してしまった。

彼は座っていた私の髪を一房すくい、指先でなぶり、軽く口づけを落した。

そんな仕草に思わず赤面する自分が恥ずかしく
ますます私の頬は膨らんでしまう。

「我が愛しの妃よ、なぜそのように膨れ面を?」
雰囲気も、仕草も、口調すら、違う

何から、どう、文句を言えばよいのやら――。

みんな本当に親切で、良くしてくれる。
でもそれが、自分にとっては贅沢すぎて、親切すぎて、恥ずかしいのだ。

それが問題なのだと、どう伝えたらよいのだろう。

「…だって!
――帯がきついんですっ!」

返答に困った私はついそんな斜め四十五度の返答しかできなかった。

着慣れない異国の服は、金糸銀糸が織り込まれて重かった。
(いままで身に着けたことのある七五三の晴れ着よりもずっと美しく高価なものだと思われた)。

結局お風呂上りに
ドレッサーにずらりと並んだ衣裳を見せられ
『どれになさいますか』と侍女さんに尋ねられ
『一番地味で、質素で、安いものを』とお願いしたにもかかわらず
濃いピンクの地に華やかな牡丹の花の刺繍が施された鮮やかな衣裳を
無理やり着つけられてしまった。

「よく、似合っている」

顔から火が噴きそうなほど…恥ずかしかった。

彼が優しく私を扱うから、
怒りも何もかも、
ごちゃまぜになって膨らみすぎて、ガスが抜けたように私は萎んでしまった…

「け、研修って聞いてたのに――!

…話しが違います!!」

私はそもそも何に怒っていたのか思い出した。

「だからつまり
私の妃になってくれるんでしょ?」

「はぁっ?」

思わず私の声が裏返った。

「役作りの研修。
君と私
二人で
役柄になりきるため
狼陛下と唯一の妃になって過ごす。
…日々研鑽を積み重ねる以上の方法があろうか?」

私の隣に腰かけた彼に、至近距離でジッと見つめられる。

(紅い眼…)

不思議な色をしたヘーカの瞳に見つめられると
上手く言いたいことが言えなくなる自分が居た。

「きっ、きっ、きっ妃って!?」

「――そういう役だって。知ってるでしょ?」

「しししし知ってましたけど、これは――」

「私は役作りは徹底的にやるんだ。
…だから君にはこれから
私の妃として暮らしてもらう」

「――うっ…」

「神掛かり」と評価されるほど役柄になりっきった演技で
彼が国内のみならず国際的にも高く評価されている有名な役者さんということは
…最近知った。
(家の手伝いと学校で精いっぱいで、ファッションとかアイドルとか俳優とかぜんぜん興味がなかったから)

李順さんから、ここまでくる車の中で
「ヘーカの役作りは、とにもかくにも徹底的です。
あなたは陛下のお仕事の邪魔をしないように」と釘を刺された記憶もある。

…だけど、だけど――

私はゴクン、と息を呑んだ。

彼の眼は真剣だった。
ゾクリと背中が凍った。
狼陛下の眼差しだ――

(…逃げられない)

私にはその時、はっきりと狼に捕らわれたことに気が付いた。

「…そ、そ、それは
具体的に、私は何をここでするんでしょう?」

私の前向きな返答を聞くと
彼は満足げに表情を和らげた。

にっこりと妖艶に微笑んだ狼陛下は
静かに宣告した。

「君は
…私のことだけを考えて
私のために、笑っていておくれ」

私は必死で
考えて
考えて――

必死で言葉を絞り出した。

「ただで施しを受けるわけにはまいりませんっ!」

キッパリと言えた。

「ほどこし?」

「だ、だ、だってそうじゃないですかっ!
豪華なお部屋、専属の侍女さんが三人も居て!
すごい名前の御紅茶に高級そうな食器に盛られたお菓子…
映画の中みたいなバスルームで、大理石のお風呂にはバラの花びらが浮いていて
お風呂の後は、念入りにマッサージ…
ドレッサーにはずらりと並んだ衣裳の数々…
こんな贅沢な施しを受ける筋合いは、私にはありませんっ!!」

彼は首をひねった。

「なんで?
君はいつも私に見返りなく優しくしてくれたでしょ?
これまでぼくにおむすびをくれた
優しい君へのお返しだよ」

「そういうのとは、全然違いますっ!」

「違わないよ」

「違いますって」

「違ったとしても
大した違いじゃない」

押し問答しても、暖簾に腕押し、ヌカに釘

だめだ、このヒト
感覚のスケールが全然違う――

ダメよ、夕鈴。
ここで彼に丸め込まれちゃ…

私は思い出した。
台本、台本の中では――たしか。

「や、役柄というのなら
私の役柄は『庶民出身』の『短期バイト妃』でしょ?」

「…台本、ちゃんと読んでくれたんだ」
彼は嬉しそうにニッと笑った。

「なら私も
たっ、ただ、お世話になるわけにはまいりませんっ!
役柄通り、何か仕事を――バイトさせてくださいっ!
それで、
自分の生活費くらいはちゃんと入れるつもりですっ!!」
と宣言した。

「…頑ななところまで
役柄とそっくりだね…」

彼はふーっと大きなため息をついた。

「でも、それでこそ
ゆーりんだよね…」

気を取りなおしたように彼は私を抱き上げた。

ペロと薄い唇を舐めた陛下は
上目づかいに私を見上げ、甘い声で強請った…

「では、妃の職務で――?」

顔が近い近い近い近い…
ぎゃーーーー

狼に食べられそうになった私は
ババババッツと腕を振り払って逃げ出した。

「きゃ、却下ですっ!!
お戯れはおよしくださいっ!!」

そーゆー人とは思わなかった!!

私は思わず、手近にあった物を手当たり次第投げつけた。

「へーかの
女たらし
女たらし
女たらしぃいいい~っ!!」

ヘーカはわざと避けなかったんだと思う…
ボフッとクッションがへーかの顔にあたった。

そのあと、 ガチャン… と派手な音がした。

え…?
なに?

おもわず私はサーッと血がさがって冷静になった…

「…夕鈴どのぉ

その青磁の壺は
高かったんですよぉおおお?」

地の底からわき上がるような怨念がましい声が聞こえてきた。

…李順さんの登場だった――。

*

シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編


現パラアンソロジー「現パラWORLD」に収録している
「シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね」
の続編です。

【現パラ】

* * * * * * * * * *
シナリオ無きドラマは狼陛下の御手に委ね Dream編
* * * * * * * * * *

私は汀夕鈴、17歳。

私はひょんなことから
ドラマ「狼陛下の花嫁」の花嫁役を演じることになってしまった。

今日のお話は、ここから始まる。

* * * * *

都心の下町にあるちょっと奥まったところにあるうどん屋「さぬき風手打ちうどん 章安」
湯気とおだしの香りが漂う古ぼけたビルの裏路地で、
今日も私はお腹を空かせた小犬に餌を――もとい、
お腹をすかせた『へーか』におむすびを渡した。

「あー、やっぱり。ゆーりんのおむすび、最高」

「…それ。自分用に取っておいた
ただの塩むすびですよ?
――だって急に現れるんだもん…」

呆れたように私は彼を見つめた。

カーキ色の古ぼけたフードをかぶって、メガネをかけて
ぼさぼさの黒髪の下の顔はあんまりよく見えない。

…最初は浮浪者だとばかりおもっていたけど
本業は役者さんとつい最近知った。

『へーか』は、うちの店からすぐのところにある撮影所から時々抜け出してくる。

「なんだか立て込んでてね。
ゴメンねー急に」

「いえ、こんなもので良ければ…
すぐ戻らないとだめなんでしょ?
時間があればもっとちゃんとしたものを…」

「だって。ゆーりんに会いたかっただけだから。
これでいいよー」

「もう…いくら忙しいって。ちゃんと食べないと体がもちませんよ?」
ブツブツ言うけど、へーかがここに来てくれるのは、嬉しい。

唐突にヘーカは言った。

「あのね、ゆーりん」

「なんですか?」

「あしたお泊り、できる?」

「――は?」

思わず私はガクンと顎が外れた。
へーかの顔を凝視した。

「あっ、誤解しないで?
仕事、仕事としてだって」

ヘーカは慌てて手をブンブン振っている。

「ほら。ぼくね、役作りは徹底的にする方だから。
…ちょっと協力してほしくて」

そう言うと、手に持っていた私のおにぎりをパクパクと食べてゴクンと呑みこんだ。

「李順がそろそろ準備したほうがいいって――」

「…李順さんが?」

「プロダクションの方でご家族の方にはきちんと筋通すけど…スケジュール前倒しになりそうなんで。研修っていうか」

「――はあ」

「じゃ、明日迎えをよこす」

「…ちょっとあの。研修って」

「じゃ。ごちそうさま。美味しかった――」

彼はペロと指先を舐めると
ヒラリと身を挺して夕暮れの街に消えた。

* * * * *

「…荷物は?」

ジロリと眼鏡越しに私を睨むこの人は、李順さん。
足先からてっぺんまでジロジロと容赦なく見られた。

「これだけです」
小さな手提げのボストンバッグ一つ。
アンダー類と寝間着。そんなに大した量じゃない。

そういえば、合宿の時も明玉にあきれられたっけ。
一日二日の合宿は身軽が基本でしょ、と言ったら
「あんた、お肌のお手入れはどうしてんのよ? ドライヤーは?」ってあれこれ詮索されたけど、私はそんなのあんまり気にしないし。

「…宜しい」

私は手招きされ、
ニカっと笑う若い運転手さんがドアをあけてくれた車に乗り込んだ。

車に乗るとまず李順さんは私の膝の上に
ファイルの束をどさりと乗せた。

「とりあえず、最低限――これだけは目を通しておいてください」

「…は?」

心の準備ができる前に、李順さんは「これからの心構え」とやらを話し始め
それは車が到着するまで延々と続いた。

そんなわけで、正直どこに連れて行かれたのか記憶にない。
ふっと気が付くと延々続く高い塀で囲まれた要塞のような屋敷に来ていて
奥まった守衛の居る門に車はすべりこんだ。
李順さんが手を振ると、ゲートが開いて黒塗りの車は通された。

「…どこ、ですか?
ここ」

「ファンへの対策として所在地は公にされておりませんが…陛下のお住まい、別名『王宮』と呼ばれている屋敷です」

「ふわー!?」

へーかは国際的にも有名な指折りの俳優とは聞いていたけど――正直マスコミとか一切興味がなかった私からすると驚くことばかり…。

門からずいぶん距離もあり、ようやく屋敷の車寄せに停車した。
エントランスにはずらりと使用人が並び、頭を下げてお出迎えしてくれる――!?

「この方は後宮管理人の張老子。この老人があなたのお部屋に連れて行ってくれますよ」

「後宮管理人んん――?」

「ああ、失敬。陛下がお住まいになる本邸『王宮』に対し、現在は俳優養成宿舎ならびに稽古場に充てている別棟を『後宮』と呼んでいるのです」

「はあ?」

「と申しましても、陛下のお眼鏡にかなう者はいままで一人もおらず、陛下の代で後宮に招きいれられるのは、あなたが初めてですが――」

「あの…李順さん。お話しがよくみえないんですが…
研修、じゃないんですか?」

「研修ですよ?」
ジロリと睨まれ、訳が分からないまま紹介された老子に引き取られ、
「ではまずは荷物を置いてきなさい。打ち合わせは昼から――」と言って李順さんと別れた。

張老子はウキウキとした足取りで
「お前さんの部屋はこちらじゃ」
と案内してくれた。

うぷぷぷ、と笑いだしたり、とにかく挙動不審な老人で
私は後ろをついてゆきながら、首をひねるばかり――。

案内された部屋は続き部屋のあるものすごいスイート。
大きな扉、高い天井。床にはふかふかの絨毯、調度品も何から何まで揃っている。
ふかふかのベッド。美味しい食べ物。そして…専属の侍女さんたち…!?

「これから、夕鈴様の専属でお世話をさせていただきます」と頭をさげられ、声も出せないほど驚いた。

「ご移動で、さぞお疲れでしょう」
「いえ、そんな。車ですぐでしたし、そんなに気を使わないでください――」
「ニナスのマリーアントワネットでございます」
「にな、あんとわ…?なんでしょう」
「お紅茶ですわ、お口に会えばよろしいのですが」
「お口に」
ニコニコ侍女さんが微笑みながら大き目にシフォンケーキを切り分けてクリームをたっぷりと載せてくれた。暖かいカップにお茶が注がれ、すすめられる。
…正直、味なんて分からなかった。
今まで下町育ちの私には想像もつかないようことが次々とおきてびっくりしてしまう。

ハッと気が付いたら、侍女さんたちがタオルを持ってる。
「お支度を」といってバスルームに手を引かれた。
広いお部屋の真ん中に、映画の世界のように大理石の白いバスタブが置かれ、金色の蛇口からもうもうと湯気の立つお湯が張られている…。

「え、お風呂ですか?」
「はい」

ニコニコと笑顔の侍女さんに取り囲まれ、服のボタンが外されはじめて

「ひゃーっ」と変な声を上げてしまった。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って
――なんですか、一体!」

「汗を流して、お着替えを」

ギャー、だって。
目の前に老子いますよ?

「張老子っ!?
なんですかっ、これ?」

「これから陛下にお会いになるんじゃろ?」

こともなげに老子が言う。

「念入りに身支度を整えるがよい」

「み、身支度って!?」

「汗をながして、着替えるんじゃよ」

「着替えって――
私これ一着しか…」

「衣装など、いくらでも用意があるわい!」

ひぇええええ!?

「ちょ、ちょっと老子っ!」

「じゃあわしはこれで
お前たち。あとは任せたぞ」

「はい、老子様。お任せください」

ニコニコ侍女さんたちと老子の間で、ガッツポーズがやり取りされた。

ふぉっふぉっふぉとうそぶく老子の背中を見送りながら
私は必死で侍女さんたちの手から身を守るのに必死。

「お、お、お風呂に、どうしても入いんなきゃいけないんならっ!
自分で入りますから、
自分のことは自分でやりますからっ!!
お手伝いは、結構ですッ!」

侍女さんたちは笑顔で口々に
「これも私たちのお仕事ですから、お気になさらず」というのだけど
とにかく押し出して、なんとか一人にしてもらった。

「なんなの、一体ここは――!?」

はぁはぁと息を切らして、私は辛うじてタオル一枚を握りしめて立ち尽くしていた――。

*


これは、現パラアンソロ書いたお話しの続きです。
現パラアンソロは一人12ページ以内ということでなんとかおさめたのですが、正直ページがあればもっと書きたかった…ということで、今回少しその先を書いた次第。
現パラアンソロ現パラアンソロジー”現パラWORLD”
現パラアンソロは、すごい企画だったです。
こんな本ができちゃったということが、まだ信じられないんですが…。
私の宝物です。
私がまだ小心者の読み専だったころ
つまり狼陛下のファン活動二次創作黎明期から活躍された花形の憧れの書き手さん、実力ある絵師様、
大好きな作家さんの作品が詰まっております。
(無茶ぶりして原稿をお願いしたのですが、ほんとうにご厚意で実現しました。)

16名もの素晴らしい書き手様・絵師様の作品を扱わせていただくということで非常に緊張しましたし、それあらを取りまとめるというのは、確かに大変ではありましたけれども、編集して一番先に原稿が読める喜び――すばらしい体験をさせていただきました。
プチオンリー合わせでその前もその後も怒濤のように月日がながれ、ほんの半年前の事なのにずいぶん昔の事のようにも感じますが、改めて原稿を寄せてくださった書き手様に感謝を申し上げます。

宣伝のようになりますが、とらさんで委託もおこなっております。

現パラアンソロジー「現パラWORLD」

8/15の夏コミにも少々並べさせていただく予定です。
よかったらお手に取っていただければ嬉しいです(´ω`*)
02_00S
そして「小犬ファミリー・青の庭 総集編」のとらさん委託、始まってました
(気が付かないうちに)とらさん、早いですね、驚きました。
早々にクリックしてくださった方、本当にありがとうございました。

暑い日がつづきますが、どうぞみなさまお元気でお過ごしくださいませ。