聖誕節の贈り物


お久しぶりです。

クリスマスにせめて1本、と細々と書いていたんですが
なかなかまとまりつかなくてイブギリギリになりました。すみません。

柳家の若君となかまたち(?)
一応原作沿いのつもりだったんですけど
時代考証無視でよく分からない設定です。
宜しければどうぞ。

* * * * * * * * * *
聖誕節の贈り物
* * * * * * * * * *

床は冷え冷えと硬く、廊下を行き交う人々の息が白く凍る。
カツンカツンと響く足音に紛れるようにヒソヒソと交わされる会話。
「……………」
「…………」

何気なく耳に入った一言に耳がそば立った。
セカセカとせわしく仕事にいそしむその男はおもむろに足を止めた。

「…聖誕節、だと?」

ピタリ、と歩を止めた男は、ひとくくりにした長い髪をブンと振り回し、柱の影の男たちを注視した。

言葉尻を捕らえられ、仕事をサボって駄弁を交わしていた二人の官吏はギョッと動きを止めた。
険しい視線でにらみつける若い男が、偉い大臣の息子であると即座に気が付いた二人。

慌てて両手を組み礼をとる官吏。キュッと身を縮め叱責を覚悟してうなだれた。
ところがもう一人の男は優雅に礼をとりながらも、華やかにニコリと笑ってこう言った。

「おや、柳の若様も聖誕節に興味がおありと?」

「…」
挨拶にしてはいきなり嫌味ったらしい口調で『柳の若君』と呼ばれた柳方淵。
眉間にしわを寄せ、ムっとした表情で立ち止まった。

柱の陰でくっちゃべっていたその男は金で成り上がった家の出で、金にものをいわせことあるごとに出しゃばる実にいけ好かない官吏だったのだ。

「そう我々は決して仕事をサボっていたわけではございません。
聖誕節についてこの男が知らぬというから、私が教えてやっておりました。
当然あなたほどの高貴なお家柄の方であれば、聖誕節のことなど何から何まで知っておいででしょう?」

成り上がり貴族の息子は勿体をつけた口調でニヤニヤといやらしく笑った。

聞いたことがない、知らぬといったら『それみたことか』とからかうつもりなのだろう。

方淵の眉間にはシワが盛大に生まれ深く掘りこまれていった。

(聖誕節。聖なる誕生を祝う祭り、となれば――偉大なるわが君のご生誕日を祝うことにほかならぬ。
そういえば、あの御方のお誕生日がいつなのか、私は知らない。
高貴なる唯一無二のお方はとても慎重で、生まれ日等の個人情報などを一切公にしていらっしゃらない。それはそうであろう。生まれた場所日時は、その御方の運命を司る。場合によってそれを呪術に用いかれない。
ということは、聖誕節とはまこと一部の信頼厚き者たちのみに祝うことを許される、密かな行事なのであろうか?)

腕組みをする彼の背中の後ろをそっと横切る陰に彼は気が付き、即座に顔をめぐらせた。
「水月――どこへ行く気だ!?」

嫌味ったらしい成金官吏らから離れ、柳方淵は水月の後を追った。

「いや、私はそろそろ今日はこれで…」

「また仕事をサボるつもりか!?」

「サボるだなんて。大事な用事があるんだよ」

「用事とは、庭の池の魚に餌やりか、それとも妹君の原稿の手伝いか?」

首をすくめた水月は達観した声で答える。

「家の用さ」
「家の?」
「…ほら、その。聖誕節の準備だよ」

水月はいかにも面倒だといわんばかりに肩をすくめた。

いつもならここで方淵の罵声がガミガミと続くわけだが、今回は静かだった。
異変に気が付いた水月が方淵の方を見ると、彼はカッと瞳を見開いたまま直立不動で硬直している。

方淵はショックで青ざめていた。
(こいつも、秘密の行事のことを――しかも、氾家としての行事…?!)

知りたい…聖誕節のことを――方淵の胸に火がともった。

水月は知っている。
というか彼はそれに係わっている…!?

いつの間にそのような行事が画策されていたのだ?

陛下の忠臣と自負する自分だけれども、まだまだ信頼が得られていないのか…
一瞬自信を失いかけた。

(…知りたい!)
方淵は胸を掻きむしられる思いだった。

『知らない』とは口が裂けても素直には言えないが、
知らねばならぬ――。
彼は熱い眼差しで水月を見つめた。

水月は思いつめた表情の方淵が、やおら自分を熱く見つめたことに戸惑った。
自主早退を責める、いつもの彼の冷たい表情とは違う。

方淵の憧れや熱意が入り混じった眼差しに、なぜ彼はこんな顔をするのだろう、と
いつになく水月は興味を引かれたのだ。

水月からすれば『まさか彼がクリスマスだ何だと外国の浮かれた行事に興味を持つとも思えないのだけれども。もしかして方淵も、クリスマスに独りぼっちは寂しいのかな。誘ってほしいという意思表示、自己アピール?』と気を回し、水月は誘ってみたのだった。

「…君ならいいか。
じゃあ、明日なんだけど。くるかい?
聖誕節、君も知ってるだろう?」

方淵にすれば『知らない』と答えるのは癪だった。
それで素直に『聖誕節とは何か、教えてくれ』と唯一の友(?)に訊くチャンスを逸してしまったのだ。

水月はもうずいぶん方淵と長い付き合いだったから、当然いつものように『ハっ、馬鹿な』と木で鼻をくくったようにそっけない返事が返ってくるものとばかりと思いたら

方淵は考えた末、腹の底から絞り出すように答えた。
「行く――」

これに水月は表面は平静を保ちながらも、内心少なからず動揺した。

「…ほ、本気かい?」

「あたりまえだ」

方淵のキッパリとした返答に、逆に水月は目を丸くした。

『…それほど、来たかったんだ…。
柳と氾といえば、誰もがかたき同士の家柄と思っているけど、意外に方淵という奴はきさくなんだな。…それともそういうのを乗り越えるほどに彼をつき動かす、何か彼なりの理由でもあるのかしらん』

彼の真剣味を帯びた熱い眼差し。

(もしかして――紅珠?)

水月はピンと来て、慎重に方淵に尋ねた。

「…なんていうか、その。
それほど一緒に祝いたい…人が?」

「当然ではないか」

そのてらいない潔い答えっぷりに、水月はあっけにとられつつ、口をつぐんだ。

「…許されることだろうか?」

(極秘の行事。
一部の最も信頼厚き臣下にのみ参加が許されるのか…。
ならば陛下御みずからに招かれざる私が行ってもよいのだろうか)
――方淵は少し気弱になる。

「…さあ。いろいろ障害もあるだろうけど。
こういうのは気持ちが一番大事じゃないの?」

(水月の言葉はいつもながら捉えどころがないが…そうか!
祝賀というのは、命令されておこなうものでもない。
臣下としての敬愛をあらわしたくて行うものなのだから
祝いたいと思う気持ちが大切だと奴が言うのも道理だ)
方淵は水月の言葉を噛みしめた。

「私の気持ち、ということか?」
方淵は顔を上げた。

「そもそも…君の気持ちは伝えてるの?」

敬愛する陛下に対し、これまで数々の出来事において、自分はやる気のある家臣であることをアピールしてきたつもりの方淵。
「当然、私は申し上げているとも!」
自信を持って拳を振るう。

水月は強気すぎる方淵の言動にやや戸惑いつつも、慎重に話を聞きだそうと続きを促す。

「…で、相手は?」

「私に対し、少なからず好意は示していただけている…と思う」

(へえ、紅珠のやつ、年末年始のイベント向けの執筆に夢中で、浮いたそぶりの一度だって見せたこともないのに。…まさか、いつの間に?)

水月は思いもよらぬ展開に目を白黒させるばかり。

「きみ自身は?」

陛下への忠誠を疑いようもないではないかとばかり、方淵は力強く言い切った。

「心から信奉している。
…私は真剣だ!」

方淵が真っ赤になって拳を握ったのを見て、『やはり方淵は紅珠のことが…』と深く納得した水月。
一方の方淵は『陛下の御ため、一の臣下として立ち働くべきであろう』と気負い、珍しく紅い顔をしてやる気を見せていたものだから、水月にますます誤解を深めてしまったのだ。

(………)

水月はその美しい顔立ちのまま、務めて表情をかえないようにして考え込んだ。

水月の妹、紅珠は国王陛下への妃候補として育てあげられたまさに父の掌中の珠。

だが紅珠本人は陛下と夕鈴妃のお二人の信奉者で、二人の愛を賛美し守る姿勢を貫き、二人の障害となることは望んでいない。

王妃になることを紅珠自身が望まぬのなら、いずれどこかへ嫁ぐとして。
大大臣家の柳の次男がお相手というのは家格的にも決して悪い話でもない…。

だが氾家の家長である父、氾史晴の意見は無視できない。

なにしろ、目にいれても痛くないほど溺愛している一人娘の大切な縁談話なのだから。

「ううん…、でも。
そうなると私の立場は難しいなぁ。
うかつに君を家に誘うわけにもいかない。
やっぱり今回の話はなかったことに」

「――は?」

「やっぱり招待は無し、だよ。
その代わり、君は君で聖誕節を祝えば?」

「私が?」

「そう。最低限、常緑樹を飾り付け、粑(ケーキ)に火を灯せば形は整う。
…君に出来ないわけないだろう?
そもそも万民が祝うのに咎められるいわれはないよ」

(…常緑樹に、飾り付け? 粑に火?
訳が分からん。そもそも何のために…)

「いや、急に家を上げての大行事など
お前の家のようにはできないが――」
方淵は戸惑った。

(そうだよね、いきなり敵家の娘を
正式に家に呼ぶわけにもいかないだろうし…)

「…簡単なことだけでもいいんじゃない?
ちょっとしたプレゼントを渡すとか。
要は一緒に祝う気持ちがあれば」

ニッコリと笑い、水月は頬を上気させ赤らめた方淵をにこにこと眺めた。

「…何を用意すべきなのだ…プレゼント――礼物とは。
ちなみに、貴様は何を用意した?」

「それは…もちろん内緒だよ」

「ケチな男だな」

ケチと言われて水月はむっとした。

「君にケチと言われるのは不本意だなあ。
…勿論私も最初は花とか菓子とか考えたけど、ありきたりなものじゃあ満足しないだろうし…」
水月は目をつぶって語る。
プレゼントを選ぶ時間は楽しい。
なにしろこの世に一つとばかりの美しい工芸品でもあり珍品の楽器が手に入った経緯は実にスリリングだったのだ。愛する妹にその美しい楽器をプレゼントすることを誰かに自慢したくてうずうずしている水月だが、やはり渡すまでは内緒にしておきたい。
そのとき、水月はハッとした。
『まさか方淵、紅珠の好きなものを聞きだそうというのか?』

「…でもさ方淵、君は君のサプライズを考えなよ」

「サプライズ?」

「不意打ちで喜ばせるんだよ。
相手を思う気持ちを表現するモノと驚きが最高の喜びに繋がるんじゃないかな。
まあ正直、行き過ぎは難だけどね。
…今年うちではトナカイを4頭も用意する力の入れブリでね」

「となかい?」

「枝分かれした大きな角が生えた、馬よりも大きな動物さ。
鯉の餌やりや好きだけど…あれはちょっと」

はぁ…と水月はため息をついた。

「不意打ち。…つまり、意外性か」
方淵は考え込んだ。

「あとは匿名性かな。
山ほどのプレゼント配る時は、白い髭と赤い外套の老人。いかになりきるか、ここは絶対ハズせないね。
めり~いくりすます、ほっほっほぉぅ~って。
親父まで練習させられてるよ…。」

「めりいくり…」
「だから、もっと大きな声で恥ずかしがらずに。
『めり~いくりすます、ほっほっほぉぅ~』って」

水月は驚くほど別人のように大きな声で叫ぶので、方淵は目を丸くし、
「…そ、そこまでやるのか」
さすが氾家のやることはスケールが違うと驚いた。

「そこまでの大規模な行事ともなれば、私一人ではどうにもならぬ…」
方淵は腕組みをした。

(トナカイとかいう大きな動物に、白い髭、赤い服の老人が重労働をし、大きな掛け声を?
…だがたしかにあの陛下のこと。当たり前のものではつまらぬと喜んではくださるまい。
思いもよらぬサプライズを演出できる企画力こそが臣下に求められる力なのだ)

腕組みをして方淵が考え込んでいる間に、水月はソソクサと立ち去りかけていた。

「…おい水月! もっと詳しく――」

水月は首を振った。
「方淵。君は君らしくしが一番さ」
水月は軽やかに微笑んで手を振った。

* * * * * * * * * *

その日、朝早く政務室の前に来た国王。
なにやら部屋の中が騒然としている。
「何事か」
と部屋に足を踏み入れれば、見慣れないものが部屋の中央に置かれていた。

「…あれは何だ?」
国王は後ろに控えていた側近に尋ねた。

それは大ぶりな松の盆栽だった。
白や赤の餅が枝に刺され、あちこちに赤い爆竹の束が結び付けられている。

「報告をしなさい!」

「朝きたらこれが置かれておりまして…
どうしたらよいのかわからず」

オロオロする官吏。

「松に飾り餅と爆竹? …よくわからんな」

「危ないですね。すぐに撤去しましょう!」

「いや、まて。様子を見よう――」

その時、政務室のドアがバタンと開いた。

ジャンジャン、ダンダンと打ち鳴らされる打楽器音に、ビクリと反応した者らは素早く陛下の盾となった。
狼陛下は無言のまま腰の佩きものに手をかけ、仁王立ちになって客を迎えた。

「めり~いくりすます、ほっほっほぉぅ~」

一際大きな声でその場にいたものは皆振り返る。

李順はメガネを指で押し上げ、目を細めた。

「――何事ですか!?」

赤い鼻を持ち、角の生えた恐ろしい形相の猛々しい動物の張りぼてを担いだ男たちが鈴や太鼓を打ちならし、その後ろから今度は鮮やかな赤い袍をまとった一団が現れた。
長い白髭を蓄えた老人たちが次々と重そうな沢山の荷物を担ぎやってきたのだ。

ドサリと降ろした荷物の敷布を剥げば、極上の硯石、銘墨、漉紙、筆などが山と積まれた盆。

だが、当の狼陛下の形相はすさまじく、その様子を見ていた側近の李順の背筋にゾクリと冷たいものが走った。

だが闖入者たちは『これが作法』とますますにぎやかに打楽器を打ちならしにぎやかに国王を祝うのだった。

冷たい視線で国王は太刀を振りあげた。
その時。

闖入者の一団の最後尾から
可愛らしい声が聞こえたのだ。

「めり~いくりすます、ほっほっほぉぅ~」

みな一様に、釘づけになった。

ピク、と反応した国王。
辛うじて刀を振り下ろすのを止めた彼の目の前にクルクルと飛び出してきたのは
白いフワフワの柔布で縁取りをした真っ赤な衣裳を身に着けた愛らしい妃。

真っ赤な頬はまるで衣裳に染められたよう。

陛下のために頑張る意欲満々の彼女は、方淵に教わったとおり『サプライズ』『役に徹する』とブツブツつぶやきながら、覚えたての異国の言葉を精一杯張り上げた。

「めり~いくりすます、ほっほっほぉぅ~
陛下、お誕生日おめでとうございます♪」

美味しそうな手作り菓子を携えた妃は
「聖誕節とかいう行事のお菓子は見たことないし、
はじめてであんまりうまくできてないと思いますけど
…ここで、火をつけましょうか?」と小首をかしげた。

火――?

(も…だめ。可愛すぎ)

火が付いた国王は
チンと目にもとまらぬ速さで刀を納めるやいなや
バッと彼女を抱き抱え、大股で部屋から退出をしていった。

「このような贈り物をもらってしまったのでは
今日はもう…仕事になりませんね
…それにしても。
誕生日、違うから――

いや、まさか。お世継ぎの…とか」

李順が吐いた言葉など誰も聞いてはいなかった。

end

ちなみに、氾家のその後ですが
紅珠は年末イベントで忙しく
水月さんは「方淵もシャイな奴だから」とその後の展開がなかったことにあんまり気に留めてなかったそうです。

SS ありがとう


ご無沙汰しております。

某国内の『新・現代風・時代物な黎翔×夕鈴』コミュニティは11月末をもって永久凍結となります。
最後のお祭りの余韻を。

 

トピック・フィナーレ祭11月22日「いい夫婦の日」に寄せて

[本物夫婦のピロートーク][微糖]
─────
ありがとう
─────

あたりは一面真っ黒で
そこには何も無かった。

目を覚ました途端に
私の目には涙がたまっていて

あいまいな記憶をたどろうと目をしばたかせた途端に
つつうと頬を伝って
流れ落ちた。

まだ頭の中はおぼろげで、
体には感覚もなくて、指先もなにもかもフワフワと浮いてる気がする。

いままで
私は
幸せな場所に住んでいた。

――そう
…住んで、いた、んだ。

そう思った途端、
堰を斬ったようにボロボロと熱い涙が
肌を伝い流れ落ちるのを感じた。

ついきのうまで
白く光輝く楽園にいたのに。

青や黄色、赤や白、ありとあらゆる様々に鮮やな花が咲き乱れ
あたり一面えもいわれぬ良い香りが漂よい
小鳥のさえずりのように笑いさざめく人々が次々と訪れ
暖かくて…うちとけた相手と笑い転げ
ここは
楽園だった。

なのに
もう、終わり。

もう
何も無くなっちゃうんだ。

誰ひとり立ち寄らない
何一つ
生きていない
場所に――

そう気が付くと
寂しさにきゅっと胸が絞られるように痛んだ。

働かない脳がきしみ
心は虚無の指に鷲掴みにされ
ただただ
途方もなくさびしくて。

わたしは
訳も分からず
ただぽろぽろと
涙をこぼした。

そのとき
闇の中に紅い光がともった。

ふいに暗闇の中からもぞもぞと何かがのびてきて、
鼻先に暖かいものが触れておもわずきゅっと目をつぶった。

伸びてきたのはあの人の指先だった。

手探りで慎重に私の顔の輪郭を辿り、掌で肌をなぞると、
私の濡れた頬でその動きをとめた。

「――夕鈴?
泣いてるの」

ゆさゆさと
世界が揺れる。

急に大きなあの人が動くと
伴にしている寝台がゆらゆらと揺れて
私は目が回る思いがした。

ちょっとだけ緊張し、ピンと一直線にこわばっていた体の下に
太い腕が差し込まれ
脚と脚の間に下半身を絡め取られるように挟みこまれて
すっぽりとあの人の香りに包まれた

懐かしい、人のにおい。

深々と息を吸い込む

「へい、か?」

あったかくてホッと体中の力が抜けた。

「ゆうりん」
また、名前を呼ばれた。

くすぐったくて心地よい。

声の主の存在は胸の中に広がって
闇を追い払い、
白い光が私をつつむような気がした。

「大丈夫」

その声に救われる。

忌まわしい暗闇は払われ
白く輝く泉のように温かく甘いものが
ひたひたと私の胸を満たすのだ

夢じゃなかった

陛下はここにいて
私はここに居てよくて。

…私たちは夫婦で。

ふう、ふ――という言葉に。
まだ思わず顔を赤らめる自分にじわじわと火が灯り
思わず絡め取られた肉体に生々しいぬくもりと重みを再確認してしまう。

思いもよらぬほど近しいところに
暗闇の中にボンヤリと綺麗なお顔が浮かんで、ドキッと戸惑う

「…陛下」

そんなふうにドギマギする私を
陛下はフッと顔を緩めて眺めると
いつの間にか至近距離で見つめ合ってるのに居たたまれず
自然に目を閉じてしまう。

タイミングを逃さず
口づけが落ちて。

まるで私が期待して目を閉じた思われちゃ嫌だからと
ささやかな抵抗を試みるのだけど
でもやっぱり男の人の力にはかなわない。

こじあけられたその先に
もっと甘い罠を仕掛けられるばかり…。

暗闇の中に甘い吐息が重なって
離れたとたんに
もう寂しくなる自分がいる――。

離れることが怖くて
寂しい。

「…」

うつむいて
私は恥じた。

「どうして
泣いてたの?」

「心配しないでください
ただの夢、です…」

「夢でも
君を泣かせるのは許せない」

瞬間殺気が走る。

この人は二人っきりのこんなときにでも
何にやきもちをやくのかわからないけど

「…大好きな場所が一つ
終わっちゃうんです」

私は正直に話した。

「…君は。
終わりが怖い?
…寂しい?」

「…」

静かな闇は二人のあたたかな寝床で
白い清潔な敷布に包まれて
力強く抱きしめられた。

「――君の大事な場所
だったんだね」

そう言われると、
とたんに涙がまたポロポロとあふれ出してしまう。

「…はい」

後頭部に大きな手が添えられて引き寄せられ
暖かい吐息が近づいて
おでこに小さな口づけが落ちるのを感じた。

私の涙で彼を濡らしちゃあだめ、と顔を背けようとしたら

「構わない
ぜんぶ
僕が受け止めるから
――話して」

彼はそういって暫く無言で私を抱きしめた。

「素敵な人たちと
たくさんの出会いがありました――
素敵な管理人さんとたくさん、たくさんの時間をすごしました

素敵なお話と
素敵な絵がいっぱいで
楽しいことばっかりでした。

くるくるめまぐるしく話が回って
息が止まるくらい
…幸せで
大切な場所。

ここは―――
私にとって…」

「そう…だね
でも
夕鈴。

終わりは
寂しいことでも、怖いことでもないんだ。

君のバイトの終わりは…
――どうなったっけ? 夕鈴」


彼は私の唇からその先を聞きたいと
小さく耳元で囁いた。

「ほ、本当の夫婦の…
始まりでした」

こんなことを言わせるなんて。
羞恥でカアっと体の熱が上がるのを感じた。

「ぼくの片思いの終わりは
二人の夫婦の始まりだったし」

「私も――」

その先は、彼が私の唇を強請るから
最後まで言えなかった…

陛下が私を望んでくださるのは、嬉しい。
でも、私は…身分違いの高望み

正妃でもない
認められていない出自不詳の身分の低い妃で…
この先どうなるのかも
何も分からないけど。

でも
私はここから先も
陛下ととともに歩みたい、と。

長い長い口づけと抱擁に翻弄されて
うたかたの幸せを私は紡ぐ。

「今は、一瞬後には過去になる。

でも
終わったからといって
今感じている幸せを
失うわけじゃないんだ。

甘い吐息も何もかも。
ここでともに過ごせた時を
いつくしめばいい

幸せな時を
ともに過ごせたことは

これからさき
一つも変わらない

新しい未来を歩み始めようと

瞬間の喜びをともにすごした事実は
なにもかわらない
君も。ぼくも。

ぼくたちはだから
今この時をいつくしむことを大事にすればいい。

なにも哀しむ必要なんか、ないんだ」

「――はい」

「愛してる」

「私もです
陛下と
そして
こんな素敵な居場所を守ってくれた管理人さんと
素敵な仲間たちを」

私がそういうと、
至近距離の陛下の紅い瞳がちょっとだけムッとしたように曇ったと思った瞬間、
やぶから棒に私の首筋に痛みが襲った。

ピリぴりとした噛みあとを
もう一度舌で舐め上げると

「夕鈴は
ぼくだけのもの――だ」
といって
私の上にのしかかる様に口づけを降らせる。

「しかし私からも礼を言わねばならんかな。
皆にはいろいろしてもらったから…」とため息交じりに陛下は言うと

「新・現代風・時代物な黎翔×夕鈴 トピックに
心から祝福を」と小さくつぶやいた。

「さくらぱんさま、みなさま。
あとちょっとですね。
おつかれさまでした」

わたしたちは二人で抱き合ったまま
幸せな眠りに落ちた。

ありがとう。
みんな。

*

───────────────────────

 

グランドフィナーレ(宝塚風)

グランドフィナーレ(宝塚風)

下書きのつもりで青い鉛筆線で書き始めた落書き、お目汚しですが…。
ちなみに、題材はSSとは直接関係ありません。

もうすぐ1122の日。SSS つぼの対価


ご訪問ありがとうございます。

もうすぐ11月22日
1122=いいふーふの日、ということで、某SNS内コミュでは例年お祭りが開かれます。

告知かねてフライングですー
いい夫婦の日(1122)向け

これを区切りに永久凍結となる「新・現代風・時代物な黎翔×夕鈴」コミュはこれが最後のお祭り。
ファイナルステージでのメンバー皆々様のご活躍、楽しみにしております。
管理人のさくらぱんさまお疲れ様でした。
寂しくなりますね…

【新婚】【甘】

* * * * * *
SSS つぼの対価
* * * * * *

ちりりんと爽やかな鈴の音がして振り返ると、そこには愛しい人の笑顔があった。

「へーか!お帰りなさいっ」
頬を染める美しい新妻。

さらさらと衣擦れの音とともに近づき
両手を差し出す

ちら
夕鈴の目の端で何か違和感がよぎった。

部屋の隅で何かが揺れたような気がした彼女は
黎翔の手をすりぬけ
鬼のような形相で部屋の片隅へズカズカと歩を進めた

「そこっ!!」

「何ごとか」
最愛の妻を抱きしめそこなった男は、踵をかえし夕鈴の方を振り返る。

「また老師ったらツボの中に潜んでっ!!」

プンプンと怒って夕鈴は部屋の隅を指さした。

そぉっと小さな頭がツボの中から現れる。

「ふぉっふぉっふぉ、ばれてしもうたか」

「ばれたかじゃありませんっ!」
夕鈴は憤慨して真っ赤になって拳を握り締めた。

「ここで何をしておる、老人!」

「だーって、お二人が仲良くしてるか把握するのだって、後宮管理人のお仕事じゃもーん。
早くお二人のお世継ぎの顔が見たくて、わしゃもー気になって気になって」

「そ、そんなのプライバシーの侵害ですっ!」

「公人たる王と妃に、ぷりぷりばしーなんちゅーもんは…」

うふぉ…と老子がむせたときには
夕鈴のてのひらがツボに命中していた。

ガチャーン!

スゴイ音がして、ツボが割れた。

老子は素早い身ごなしで飛び散る破片を避け
「こりゃいかん、わしゃ用事を思いだした! では陛下、これにて失礼いたしますじゃ!」
と言いながら、すたこらさっさと逃げ出した。

夕鈴は半ば呆然と老子を見送り
そして見事に割れたツボを見てハッと青ざめた。

「…わ、わたし、ちょっと押しただけなのに…
―また王宮の備品を…」

ツノを生やしたメガネ鬼の怒り狂う様が目に浮かび
カタカタと青ざめる夕鈴。

黎翔は、そっと彼女の肩を優しく抱いた。

「気にしなくていいよ」

「そんなわけには――! べ、弁償しますっ」

「いいって」

弁償だなんて。何言ってるの、
君が無事ならツボなんていいのに

黎翔がたしなめても、
夕鈴は頑なに首を振った。

「よくありませんっ!」

泣きそうな彼女を、黎翔は強く抱きしめた。

「――夕鈴」
彼は力を緩めない。

「はい?」
黎翔の胸に深く顔を埋める格好となり
いまにも窒息しそうに目を白黒させていた夕鈴は
必死の思いで顔をあげ夫を見つめた。

彼の瞳は優しかった

「以前、ある女の子が、ツボを割りました」

「!」
夕鈴は一瞬、赤面した。

「その子は、ぼくの大事なお嫁さんになりました」

「…それって 
あ ――ん」

静かに唇を重ねられ

「あのとき夕鈴がツボを割ってくれなかったら
君は今ここに居ないかもしれない。
――そうだよね?」

「… は、はい」
夕鈴は甘い余韻をホッと小さな吐息にかえた。

「だからね。
ツボが割れることは、ぼくにとっては吉兆なんだ」

「――え?」

「ツボが割れたから
今日はまた
ぼくにとって大切なものができそうな気がするな―――」

そういって黎翔は妖艶にニッコリ笑い
そのまま彼の妻の両手を握り締め、引き寄せた。

・ ・ ・

それから月日は流れ

陛下は玉のような赤ちゃんを抱いた妃を傍らに満面の笑みを浮かべた。

その日、白陽国では全国民でツボを割って盛大に祝福したそうな。

*

SS もっとよく知りたい


ご無沙汰してしまいました。

いろいろありまして煮え煮えです。

とはいえ、気候は涼しく日暮れも早くなってきましたね。
涼しいのは好きですが、最近スーパーの食品売り場が寒くて苦手。
遭難して凍死しそうに感じるのは…年のせいでしょうか?
これからは『オーバーをみっちり着込んでお買い物』がトレンド(?)

本誌、もうすぐ発売ではございませんかっ!?
(一か月、長く感じるけどあっという間!)

連休を挟むケースではいったい何日が早売りXデーなんですか――!?
教えてください

短編集(1)、大した数ではありませんが最後の在庫を委託に出しました。
一昨日送ったのにもう載ってました。
とらさん速い――!

さて
短いSSをお一つ。

【本物夫婦】【原作沿い】
* * * * * * * * * * * * *
もっとよく知りたい
* * * * * * * * * * * * *

「何事も、基本が大事よね!」

唐突に、彼女は拳を握り締め、大声を張り上げた。

そのあと彼女はハッと口を抑えると、周囲をキョトキョトと見まわし、いきなりカーッと頬を赤らめた。

「…え? うん。そうだね」

私の腕の中にいて、何を考えているんだろう…

「あっ、すみません。急に大きな声を――」

オロオロとする彼女はもしかして一瞬、私という存在を忘れていたのだろうか。

…気に入らない。

膝の上に抱きかかえた彼女の背後から
覆いかぶさるように強く抱きしめる。

私のことだけをいつも考えていてくれるように――

「私のそばにいながら、別のことを考えるなど
許されない。
――私には、言えぬことか?」

彼女は小さく嘆息をもらした。
(――ああっ、狼になっちゃった…!)

「へーかっ…
そうじゃなくて
へーかのこと考えないとか、そういうわけじゃなくて…」

「…では、何を?」

口ごもる彼女。
ますます私の腕に締め付けられ
どちらにせよ
白状するしかないというのに――
強情な兎だ。

「た、大したことではありませんっ!」

「…大したことでなくても構わぬ。
――わが愛しの妃は、いったい何の基本を学ぼうというのか?」

「そのっ…」
んーっと口をへの字に曲げて、顔をゆがめる彼女。

腕の中に囲った彼女を抱きかかえ、ぐるりと向きを直す。
至近距離で顔を鉢合わせれば、愛しさが募りますます聞きだしたくなるばかり。

「私には言えぬこと?」

「いえっ…あの、その」

「君が今何を考え
何に興味をもっているのか。
私にも
もっと教えてくれないか――?」

「…っ!」

彼女はますます赤くなるばかりでモゴモゴと言い渋っているから、
私はついに実力行使に出てしまった。

 

 

* * *

 

 

 

 

長い口づけのあとに
彼女は大きく息を吐き出して
私の耳元にそっとつぶやいた。

 

 

「本物の夫婦の基本って…何ですか?
教えてください。へーか」

*

[日記] 夏コミ御礼 & SSうつす色


久しぶりの雨、ときに土砂降り。
帰省から戻ればさっそく今日からお仕事です

ご無沙汰しておりました

みなさま、よいお盆をお過ごしでしたでしょうか

8月15日の夏コミ(コミックマーケット88)でサークルスペースまで足をお運びくださった皆々様、私は現地に行けず不義理をしてしまいましたのに、本当にありがとうございました。委託先のとらさんで早々にご予約いただきました貴女に、感謝を申し上げます。
当日は合同サークルの黄昏博物館の皆様や売り子のY様に本当に何からなにまでお世話になりました。あっちの方に足を向けて寝られません。

撤収の荷物は今日受け取り、開封時に現地の空気をスハスハ美味しくいただきました。
サプライズは可愛い切り絵イラスト入りのチロル差し入れくださったOさま、ありがとうございました。大好きなあの絵がここに…!!と感動的でした。すっごく嬉しいです。

イベント活動はまた一つの形で
サイトの方にもちょこちょこ足を運んでくださる方がいらして
本当にありがたいなぁと思います。

さまざまなバランスでこのところ「二次にどっぷり」は難しくなってきておりますが
ときどき何かの折に「頑張ってね」と声(コメ)かけていただけて
その励ましで支えていただいている感じです。

コメントいただけると、本当に嬉しいです。
ありがとうございます。


とりとめもない日記

「好きなジャンル?」

6月にFC2ブログから、こちらのサイトへお引越ししてから
ブログの連載では現パラものが続いていますし
3月のプチオンリーで「現パラアンソロジー」もとりまとめたので
現パラづいておりますが
そうですね、一番好きなのは、「王道かなー?」です
(でも結構なんでもいけます)

比較的最近からご訪問いただく方が
「本誌沿いも、書くんですね~」みたいに思われるかもしれないので
一応、そんな自己紹介も細々してみたりします。

最近何かと活動時間に制限があり二の次の「ゆとり」でやっていると結果的にブログ放置気味になるため、一つの連載が終わるのに延々何か月もかかるから…カラーが統一されちゃうだけです

糖度はご期待いただけなくてごめんなさい。
基本オープンなネット上ですので、青少年健全育成を願いつつブログは運営しております。
(単に色気がないだけ)

これからは枯れたセンチメンタル悲恋ものをバリバリ書いてゆくつもり――とかは別に予定ありません。冗談です

白か赤か錦かラか、なんて話だとうっかり筆が滑ったりするのが
おりざ、恐ろしい子。

こちらの方面は多分某(F)む△っさまが飛びつくから
今度リレー小説にしましょう。←?

散漫なSSをお一つ。

* * * * * * *
うつす色
* * * * * * *

夕鈴は「色気がない」と言われて久しい。

というよりも、一方的に「色気がない」と洗脳されていただけかもしれない。

デリカシーがない幼なじみのズケズケとした言葉により、そう思い込まされているだけと周りの人間の目には映っている。

口が悪い幼なじみ、几鍔。
彼は下町の大きな商店の跡取り息子で、地域の中でも顔がきき、誰もが一目置く存在だったから、彼が夕鈴に対し「嫁に行き遅れ」と執拗にカラかうのは、人に手を出されたくない裏返し、つまりは牽制だと皆思っていた。

几鍔にすれば「自分のシマのガキは、自分の目が黒いうちは無体はさせねえ」と、自分が常に目を光らせていないといけないという(頑なな)責任感からそう思いこんでいたふしもある。だが彼本人が言語化未満の胸の奥の感情をきちんと把握していたのかどうかは定かではない。

本人は意識していなかったが、夕鈴は可愛かった。
整った美人ではない、だが愛嬌があり、華があった。
くるくると変わる表情は愛くるしく、人目を引きつけた。

几鍔がそんな彼女を大事にしていることは、彼が彼女に対しぶっきら棒な態度をとればとるほど周囲にはあからさまだった。
そういう態度を彼が思わずとってしまうほど彼女は可愛いかったともいえる。

一方、夕鈴はといえば。
基本的に人が良い。
だから人に言われたことは結構素直に信じてしまうところがあった。
几鍔に対し反発し威勢よく振る舞っても、繰り返し言われ続けた言葉がうっかり定着してしまう。だから当の本人が「自分は可愛げがない女」だと思いこんでいたし、そこから派生して「自分には色気がない」、さらには「人から恋愛感情を抱かれる対象として見られていない」と根っから信じてしまっている節があった。

――自分には色気がない
いくら着飾っても、かわいくない
男性の恋愛対象には入らない――

彼女はそう思い込んでいた

それはすなわち
几鍔が17年間かけて教育した
「男(むし)除けの牙城」、あるいは「貞操の鎧」?

* * * * * * *

さて。
ここに運命の男(ひと)が一人。

彼、黎翔はある国の王さまで
それも冷酷非情と誰からも恐れられる存在だった。

彼はまた「戦場の鬼神」の二つ名をもつほどの武将であり
即位前から数々の敵の陣に切り込み、数多くの戦果をあげてきた。

その、戦略の才長けた彼が、攻めあぐねるほどの難城。

彼女のあまりのかたくなさに彼が根負けし「貞淑な妻の鑑」と感嘆すれば
冷静で口が悪い隠密に「ただの他人行儀じゃね」と笑いとばされ

…取りつく島がないとはまさにこのことだ

彼は
いつの間にか彼女が自分の中で大きくなりすぎて
好きすぎて手放せないほどの存在になっていたのに

「もしかして
自分は彼女に愛されていないんではないか」と
いつも不安に思っていた。

手放して
苦しんで
それでも離れられなくて。

――見返りは、いらない

彼は思い切って告げた。

「ただ言わせて」

おねがい。
聞いてくれ

「君を愛している」

わたしも、と
叫ぶように返事があって

泣きじゃくる彼女を捕まえた。

唇にさした色を
自らうつし
彼女の中にある氷の壁を
熱で溶かす

私から君へ、うつる色
うなされる熱

傍にいてくれて
ありがとう。

*

SS なつむし


こんばんは。
夏ですねー
無事、本日入稿を終えました
委託の方も予定しておりますのでご安心ください。

前回のお知らせのガラケー対応についてですが、
やっぱり効果がでているという反応がなかったみたいです
申し訳ありませんでした。

短い夏のお話を一つ。

【バイト妃】
気に入りすぎた夕鈴を
早く逃がしてあげたいとおもいながら
どうしても手放す踏ん切りがつかない
陛下のお話。

* * * * * * * * *
SS なつむし
* * * * * * * * *

――いつ、君を手放そう?――

わたしは最近、
そんなことばかり考えている。

まだいい
もう少しだけ…

そんなふうにずるずると
短いバイトの予定だった君を
手放せないでいる。

突如、ミンミンと耳元でセミが鳴いた。
思考がとまる。

顔を背けると
手をのばせば届くほどの枝に
透き通った羽のセミが止まっている。

ただのなつむしであれば
私も
何の躊躇もない

お前は
苦労がなくてよいな。

手を伸ばして掴む。
あっけなく囚われる、なつむし。

手の中でビリビリ羽ばたきもがき
大きな鳴き声をあげ、腹を震わす

ああ
あの娘もこんなふうに
私の手の中でじたばたと
必死でもがき
大声で泣き
そして笑った。

囚われのなつむし
恐怖を与えるのはわたし。

手を放せば
一瞬で飛び去るであろう

閉じ込めれば
たった七日間かそこらの儚い生

虫かごで過ごすより
おまえは
自由に外界に在るほうが似合っている

たとえいつか、私の知らないところで
その生を終えるとしても

私は君が君らしく居られる場所に
放つべきなのだろう

行け
お前の世界に帰れ――

手を放せば
なつむしは一直線に飛び出して
もう空の彼方に消え去った

何も残らない
何も残さない
なつむし

だがきっと
彼女は残す

一緒にすごした
時の欠片

君はずっと笑っていてほしいと
ただそれだけを望むのに

脳裏に君の笑顔が浮かぶたび
なぜ胸が痛むのだろう

私はだから
君を手放せない。

(おしまい)

*


(余談)
■なつむし
1 夏の虫。夏の夜、灯火に寄ってくる虫。火取り虫。
2 ホタルの異名。
3 セミの異名。

今回はこのうちの(3)セミの異名 でお話の題材に。

■セミと寿命
今回はミンミンゼミをイメージしてます
陛下が住んでいらっしゃる地域にミンミンゼミがいるかどうかは知りません。
セミの寿命は七日間というのは、飼育が難しくすぐに死んでしまうため、以前はそう思われていたという俗説だそうです。
セミによっても寿命は異なるそうですが、ミンミンゼミは地下で6~7年、地上に出て羽化し成虫の姿で2~3週間の寿命だそうです。野生の環境下で追跡調査ができるような方法が見つかって正確に分かってきたんでしょう(そもそも昔は、たかがセミの個体の寿命が1週間であろうが1か月であろうが、そんなに問題はなかったでしょう)。暑い時期はセミにとっても消耗が激しいらしくやはり短命で、秋ごろ少し涼しくなってから羽化した成虫のほうが長生きという話も聞きます。地球温暖化でセミさんも辛いんじゃないでしょうか。

でも、七日の儚い命、というフレーズが耽美のツボなので
SSでは俗説の方の寿命設定を採用しました。

SS 夏来にけらし白陽の


暫く空けておりご無沙汰して申し訳ありませんでした。
更新が滞っているにもかかわらず覗いてくださった皆様、ありがとうございます。

その間に
夏がきてしまいました。

夏向けの短いSSです。

【原作沿いパラレル】
設定はバイト妃or本物妃、お好みで―――。

* * * * * * * * * * * * * *
夏来にけらし白陽の
* * * * * * * * * * * * * *

川岸に枝を張りだす松の枝にかかった薄桃色の絹織物と
金糸銀糸を織りこんだ優美な帯が風をはらみなびく。

はだしのまま駆け出し出す彼女は
結い上げた長い髪が乱れようと気に留めもしない。

滑らないように慎重に岩から岩へと移ると
足首ほどの深さの浅瀬にトプンと足を踏み入れた。

苔むした岩をちらちらと木漏れ陽が撫で
高い木々に囲まれ奥まった窪地を潤す清流の音をバックに
ポチャポチャと呑気な水音が立つ。

「冷たくて
気持ちいいですねー。

――あ…!
ほら、へーか!
お魚っ!」

裾を腰までたくし上げ、白いふくらはぎをさらした彼女は
無邪気に魚を目で追っている。

(――まさかの川遊び。
清流の誘惑には勝てなかったんだね、君は)

上等な薄絹の妃衣裳が汚れるのを嫌う彼女は
金糸を織り込んだ帯を解き、上衣を豪快に脱ぐと松の枝に引っ掛け
下に着ていた単衣一枚で果敢に川遊びに挑んだのだ。

彼はハラハラしながら腰に下げた剣を外し、
彼女の後を追った。

だが時すでに遅く
薄い単衣の白生地は足元で跳ねる水を吸って、彼女の肌を透かし体に貼りつく。

知らず仕掛けられた罠に気が付いた彼は
思わず視線をそらし森の切れ間から見える遠い雲を見るふりをするが
その間にも、はしゃぐ彼女の声と
バシャバシャ水の中の魚を追って大股に歩きまわる気配が届くので
気が気ではない。

(どうにかなってしまいそうだ)

それは、彼女へ対する心配だけでなく
己に対しての不安。

(本来、我慢は得意じゃないんだ――)

戦場の鬼神と呼ばれた男でありながら
今にも陥落しかねない自分を押しとどめるのに必死。
――手ごわい戦いになりそうだ

クラクラと誘惑に負けそうな気持ちを押さえ
「――眩しいな」とつぶやき
さりげなく手で顔を覆い視線を戻すと、
彼女は魚を追うことに夢中だった。

自分の姿が目に入らない彼女。

それがどれほど彼を危機に陥れているのか気づいていない

「ヘーカ!
そっちにお魚が逃げますっ!
回りこんで下さい」

「ゆーりん、
気を付けて…」

「…キャ!?」

短い声が上がった

川底の苔に足を滑せ
彼女の上体が大きく傾いた。

思わず腕を差し出し抱き留めれば、
広がるのは腕いっぱいの柔らかい感触。

彼女はちょっと汗ばんでいて、
水しぶきで濡れヒヤッと冷たい単衣とその下にある、張りつめ火照った身体が
フルフルと震えていた。

「全く。

――私に
どうしろと言うんだ、君は――!」

「え――?」

重なり遮られた口許

冷たい水の中に
いっそ二人して沈もうか

消すか
燃やすか
夏の――

*

SS 邯鄲(かんたん)の枕


お元気ですか?
台風が仲良く3つ並んでいますね

息抜きの
短かくてゆるーいSSです

当たり前すぎて、がっかりしないでください。

【原作沿い(時系列不明)】【陛下目線】

* * * * * * * * * * * *
邯鄲(かんたん)の枕
* * * * * * * * * * * *

白陽国王、珀黎翔は狸寝入りを決めこんでいた。

開け放たれた窓から、初夏の涼しい風が頬をなぶる

「…へーか…」

小さい、だが慎重な君の声。

「…」

すぅ、すぅと呼吸の微かな音。

ぼくの呼吸に合わせていつしか君の吐息も重なっている

また君の呼吸が一拍遅れた…

――呼ばれる頃か。

「…へーか」

君の声は心地よい。

何度呼ばれようと
私は寝ているのだ。

私は今日も沢山仕事をした。

今、王宮の政務室のすぐそばの一室で
ささやかな休息を取ること

――それは正当な労働の対価だ。

その細い腰に腕を回し
思う存分彼女の柔らかい下腹に頬を埋め
膝の上で極上の夢を見続ける

醒めることのない夢だと思いたい。

君が私を呼ぶ声は、心地よい。

「そろそろ起きてください」

かるく揺すぶられる。

「へーかってば」

君の指先が触れたところに、温もりが灯る。

何度呼ばれても、
君の温もりを私は手放したくないんだ。

離れたくない

…君も、そうでしょ?

風が止んだ。

ビク、と彼女は身震いをして
柔らかく弛緩していた彼女の筋肉に緊張が走る。

「――陛下!」

冷静な男の声

「――!? 
…なんだ、

李順」

自分でも思ってもみない程、低くて凶悪な声が出た。

仕方なく私は目を開ける。

ゆらりと立ち上るシルエット。
視線の先にはやはり――ヤツ。

夕鈴は気の毒なほどビクビク逃げ腰だ。

「――私は休憩中だ。
なぜ邪魔をする?」

「…陛下のご指示通り」

「指示など出しておらん」

「私はしばし休む
用があれば呼べ、――と仰いましたので」

奴は
作り笑いをしたまま恭しく
袖の下から書簡がずらりと並んだ大き目の文箱を取り出した

――この男は
遠慮というものを知らん

…まったく。

*

SS 早天の傍白


こんばんは
本誌の第2部に浮かれてます

つまらぬものですが
短い、陛下目線のモノローグ

コミックス派の方はご注意下さい。

【本誌沿い・72話時点の設定】

* * * * * * * * * * *
SS 早天の傍白
* * * * * * * * * * *

君が正式に後宮入りした。
偽りでない、妃として。

晴れて私たちは正式な夫婦となった。

今までと比べ
傍目に見ればとりたてて大きな変化はないだろう。
寵妃が後宮に出戻った、というだけ

私の立場的には、正直なところ
正式であろうとなかろうと、とくに問題はないことでもあった。

―――だが
違う、な。

今回の件について
メリットを挙げるとすれば

一つ。
何も理由など作らずとも
君と夜をともにできること。

…理由、というのは
主として君に対する言い訳のことだ。

以前
私は君が私を恐れているとばかり思っていた

――私は嫌われたくなくって
思い通りにならない君の反応にいつもドキドキさせられた。

だから、君と過ごせる時を少しでも長くと願いながらも
躊躇いながら君との距離を量っていたし

夜こっそり君の寝顔を見るときだって
ずいぶんと気を遣っていたんだ

一つ。
私の言葉を
ようやく、君がホンキにしてくれたこと。

愛しいという気持ちを言葉にすれば、とたんに彼女の頬が染まる

――それは夫婦演技をしていたころと
さして違いがないやりとりのように他人には見えるかもしれない

だが
全く違う。

それは何とも愉しく、私の心を満たす。
彼女の唇から私を好きだと言わせたくて
つい
苛めたくなってしまうほど
彼女のしぐさの一つひとつが
愛しくて…仕方がない。

――そうだな
デメリットといえば。

私は自分がとても心の狭い人間だと思い知らされること。

愛しすぎる妻を
今の彼女を
誰の眼にも、触れさせたくない。

誰にも。

君に顔を埋める

息を吸い込むと
そこには甘い君の生きている証があって
私は深く安堵するとともに
いつもチリチリとした痛みを感じるのだ

こうして
君を抱く。

躊躇しなかったわけじゃない

メリットも
デメリットも
二人の間にはいろいろな障壁も
あったかもしれない

だけど

愛しすぎて
――手放せないんだ。

捨てられたらどんなに楽だったろうか。

暗闇の中から返ってくる
君のいる証。

愛してるとつぶやけば
大好き、とこたえが返る

大好き、だけ?
と聞けば
私の胸に顔を埋めて
躊躇いがちな吐息がもれるばかり

それでもいつか
白状してくれる

熱っぽくて
くすぐったいほどに甘美なその時を待つのが
どうやら私はことのほか好きらしい。

そのくせ

私は疑り深いほど
幸せというものを受け入れ慣れていない自分を恥じる。

髪の毛一筋から爪の先に至るまで
君は
私の愛を注がれる
一身に

確かめても確かめても
いまこのときが幻でないことを祈りながら
不安で仕方がない自分がそこにいる。

私は君を愛することでこの世に踏みとどまっているのかもしれない

申し訳ないが
こと、君を愛することに関して
わたしはほどほどで済ませられる気はしない

確かめていたい
君の安全を――君の熱を。

私は、君を傷つけるものを許さない。

君をここに置くのは
君を守り抜くと、自分に対し誓ったから

だから
ここに居て
覚悟して
もう、離さない。

*

君はぼくの、ぼくは君の


こんばんは^^

越すに越せない大井川~ ではありませんが
オーバーフローです
量に器(体)が足りません…orz

さて
気晴らしに(本業うっちゃり)
とっても短いSSです

一応、71話時点での本誌沿い設定のつもり…。

念のため【ネタバレ】

* * * * * * * * * * * *
君はぼくの、ぼくは君の
* * * * * * * * * * * *

元来、我慢は得意な方ではない。

腹に一物を抱えている者どもらと面会し
話し合う必要もないほど馬鹿らしくもつまらぬ話に耳を傾け
延々と続く七面倒くさい公務に励む振りをする

そういうことであれば
――まだ慣れた

だが君は。

だめだよ
…それは。

君の涙は
たまらなくぼくの胸を締め付けるし

弾けてゆれる君の笑顔は
ぼくの心を温かく満たす

万華鏡のようにくるくると変化する君

君の心はゆらゆらと
いつも何かを一生けんめい追っているから
一刻先はもう移ろって
色を変え、形をかえ、世界を変える。

泣いたり
怒ったり
笑ったり。

見ていて飽きないけど

――ぼくの手からあっというまに飛び越えて
どこか遠くに行ってしまいそうで――

ハラハラさせられるばかりだ。

どうやったら
ぼくだけのものにできるんだろう?

迷いも
悩みも
すべて晴れ

今日このときより
我慢なんて――するつもりもなくなった

愛しい兎よ

君は
ぼくの花嫁

ぼくは
君の花婿

君と共に、いつまでも。

*