SS どんな姿をしていても、君はわたしの。


【ハッピー・ハロウイン!】
━━━━━━━━━━━━━━━━
どんな姿をしていても、君はわたしの。
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内緒だけど、私の名前は汀夕鈴。
今は別の名前を名乗っている。

イメチェンして、姿も異様。
誰も私のことに気づくはずもない。

なんでここに居て、こんなことしてるのかとかいえば
――そもそもへーかが悪いのよ!!

*

「――なに? 妓楼?!」
…はぁ
と、深いため息をついて国王は隠密の報告を聞き終えた。

「どうして彼女はそんなとこに…」
こめかみに長い指を当てたまま、国王はまた深いため息をついた。

「なーんか、
ヘーカに連れ戻されないよう、
意表をついたバショにセンプクするんだ!って息巻いてたヨ~?」
隠密は笑いをかみ殺しながら答えた。

*

「…仮装業?」

「そう。元々は異国の万聖節の前夜祭の行事の一つらしいんだけど、
ここの妓楼では昔っから異人さんもよくお見えでしょ。
異国の行事なんてよく分からないから随分ヘンチクリだなーとは思うけど、
この妓楼では毎年こうやって仮装業でお客様をお迎えする日になってるの」

下働きに潜り込んだ妓楼の女中部屋の同僚はそう言って説明をしてくれた。

「へー」

「あのね。仮装業の日は特別なの!
身分の上下のへだたりなく、無礼講の日。
お客さんにおねだりしてもいいんだって!」

彼女は目をキラキラ輝かせて話に熱中している。
私は身を隠してる身だから、おねだりとかには興味はない。ただ人眼を避けられればそれでいいから、仮装業は持ってこいの行事だと思っただけ。

「ふうん」

「でね。あんたはこれ!」
バーンと目の前に広げられたのは、骸骨を模したコワイお化けのお面と薄汚れた長衣だった。
「お、ば、け?」
私は目を丸くした。

「妓女の御姐さま方はみーんな華美な仮装をしたがるから、
こういう地味~な仮装はわたしら下っ端に押し付けられるの」
ブツブツいいながら、彼女は自分用に蝙蝠のような真っ黒な仮装をヒラヒラさせた。

ふーん。ま、いっか。
華美な仮装はいつもやってるようなものだから
ヘーカに見つからないようセンプクする身としては
こういう地味な仮装はむしろ願ったりかなったり。

「分かったわ、任せて!」と私は胸を叩いた。

「よかったー! おりん。あんたのノリがよくて。
さぁ、早く仮装して、お客様をお迎えしなきゃ!」

りん、というのは、私の偽名。
同僚の女中さんは私の背中をポンと叩いて支度にとりかかった。

*

仮装業は楽しかった。

人を驚かせたり
イタズラしてもいいし、おねだりもできるとは聞いていたけど、

お化けの格好でお客さんを驚かすと、中にはすごいリアクションする人もいて
ヘーカとのけんかでモヤモヤしていた気分が結構スッキリした。

また、入口の扉の窓越しに男性が立つ影が見えた。

「あ、次のお客さんがお見えよ!
おりん、行きなさい!」

蝙蝠の装束の彼女に、アゴで指示される。

私は扉の脇の影に身をひそめ、
扉が開いた途端「バア!」とお客に襲い掛かった。

(…あれ?)
腕を軽くひねりあげられ、私は軽々と持ち上げられた。

「…なんだ、この店は」

聞き覚えのある声に
汗がダーッと吹き出す。
(ん、な、な、なんであなたがここに来るのよっ!?)

驚いて声も上げられなかった私の代わりに
蝙蝠の彼女が威勢よく二の句を継いだ。

「いいものくれなきゃ、イタズラするぞー!」
私の視界の斜め下で
ピョンピョンと足元を黒い蝙蝠の影が横切った。

「いた ずら?」
私を担ぎ上げている主は動じる様子もなく
もちもちっと私の腰回りをさすって、感触を確かめた。

「えっちーーーー!」
私は思わず大声で悲鳴を上げてしまった。

店に入ってきたばかりの客人は
その声を聴いて、やっぱり、という表情を浮かべた。

「ふうん。
…じゃ、君だけにいいものあげよっか――」

そういいながら、担いでいた私の姿勢を変えると、
左手でそっと私の骸骨の仮面をずらし

「――夕鈴」
と私の名を呼び、口づけた。

おしまい

*

[日記] 新刊いよいよ。 おまけss「秋の菓子」


スパークあわせの新刊(10/7初版発行予定)が印刷所さんから入荷しました^^

中身知っていても
本になるのは嬉しいですね

ペラペラとページをめくってみたら
いきなり誤字を発見――(爆)orz;;;
(あんなに何回も校正したのに)

サークル本部さんと、イベント2か所さんには、裏表W面のポストカードと、
プチっとつぶやきがてら、古イラスト&短SSつき織座舎通信をお付けいたします^^るるるー

■サークル誌との抱き合わせ
狼×嫁[うさこい]倶楽部)との相乗り分も本部に届いたようです。頒布のよゆさま今頑張ってくださってるんだろうと思うと有難くてホント足を向けて眠れません

■イベントは10月の東西2か所
サークル「三希」さんと、サークル「藍華」さんが委託を引き受けていただけました。実際にお手に取ってお確かめいただけますよ^^ (Sさま、Tさま、ありがとうございます♪)

【東京】2017/10 /08 COMIC CITY SPARK 12
「三希×うさこい倶楽部」 東2、ホ-58b

【大阪】2017/10 /22 COMIC CITY 大阪112
「藍華&うさこい倶楽部」 6号館A メ-22b

■書店委託(とらの穴さん)でもお取扱い戴いております。
「失われた欠片 The Missing Piece 総集編」

■電子書籍はe-STARBOOKSさんにてダウンロード販売でお取扱いいただく予定です。
「失われた欠片 総集編」10月7日より開始です。

電子書籍、売り切った既出本を扱っていただいております
(一部の少部数印刷もの、イベント時のコピ本、合同誌・アンソロ等の他の作家さん絡みの本はないですが、単行本は全部置いてあります) e-STARBOOKS 織座舎リスト

とまあ、宣伝ばっかですみません。

久々の単行本です。
やさしい気持ちでお読みいただけたら嬉しいです…


さて、ついでにお一つSSでもいかがでしょうか。

ハロウインというと毎年あまーいお菓子のお話を書くのですけど
今回は少し趣向を変えて。

【注意:ネタバレ】本誌ネタバレからの妄想
【ほろ苦い甘さ?】
【陛下がお子様の頃の昔話ねつ造】
※コミックス派の方はご注意下さい。

————–
SS 秋の菓子
————–

北の国は凍る大地だったけど
人の心は温かかった。

出自のしがらみを解かれ王子としての名もなく
ただありのまま
泣いたり笑ったり
誰かが死んでも生きてもごく当たり前に
新しい日が訪れる

肉体的な苦しさは
精神的なそれにくらべれば
なんということもない

大人に混ざって一人前としてついてゆくのは
子供の自分にとってはシンドイことだったけど
それでも

そっちのほうがずっと
気持ちがシンドイより楽だった。

子供の背伸びにすぎないとしても
大股で歩くあの人達に遅れまいと
いつも早足で歩いてゆけば

みんなは
ちゃんと一人前として扱ってくれた

でも
ある日。

日々寒さが増す秋の日。

荒れ果てた荒野で風に吹かれながらついていた国境警備の任務。
見回りにあの人が現れた。

彼の顔を見てちょっとホッとしたのか
僕のお腹が突如ぐううっと大きな音を立てた。

当時、育ち盛りだった僕。

父親の顔をしたあの人は
ギュウゥっと僕のほっぺたをつねって
ニカーと笑った。

「イタズラか、菓子か、どっちが欲しい?」

――は?と思いながらも

思わず
「今は、お菓子がいいな――」
僕の口からは本音が漏れた。

国境を守る一人前の男が、菓子をねだるのはなんだか恥ずかしい気がして
とっさに僕は顔を赤らめた。
「――子供みたいだけど」

言い訳だった。

ワハハと笑って彼は言った。
「そう、菓子だ!」

懐から固くて大きな焼き菓子を一つ、取り出した。
彼はそれを僕の掌に載せると、ワシワシっと僕の頭を撫ぜた。

「坊主。お前は育ち盛りなんだ
腹が減ったときは、減ったといえ
寂しかったら、寂しいといっていいんだ」

そういって彼はギュッとぼくを抱きしめた。

(おしまい)

*

SS 重陽の高みに


めずらしくノコノコ3連チャン。

某SNSにあげたお話の移植です。
同じお話ですがすみません。

(9月9日夜9時にあがるように予約投稿です)

【夫婦設定】【原作沿い】
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SS 重陽の高みに
━━━━━━━━━━━━
九月九日といえば五節句の一つ、重陽の節句。
一月七日の人日(じんじつ)、三月三日の上巳(じょうし)、五月五日の端午(たんご)、七月七日の七夕(たなばた)、九月九日の重陽(重陽)の節日(せちにち)に避邪(ひじゃ)の行事が行われたことが元で節会(せちえ)を催すのが宮中での年中行事のならいであった。

前夜から菊の着綿(きせわた)の行事に引き続き、長寿を願い邪気を祓う菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わして祝うのが前王まででは常のこと。
ところが孤高の狼陛下と呼ばれる若き王、珀黎翔が王位に就いての数年は国庫の安定、国内平定を優先し、節会の宮中行事は執り行われなかった。

「陛下、畏れながら」
狼陛下の背後から、どよどよとした空気を纏った宰相が声をかけた。

「なんだ」

「そろそろ頃合いかと」

「なんだ、はっきり言え」

「宮中行事、重陽の節会復活を望む声が高まっております」

「…くだらん」
重陽の節句は菊花を愛で酒を飲む雅やかな大宴会がメインで、それは宮中の大臣間がとりしきるのが常であった。

「七月七日の節会、星まつりは優先して復活したこともあり」

「あれは星離宮でのささやかな行事だからな」

周宰相は星離宮の祭祀と浅からぬ縁有り、星まつりは優先して復活したこともあり、他の大臣の希望も取り入れないわけにも行かない。

「お妃様をお迎えになったこれを機に。時に民に息抜きとして、華やかな余興を与えるのも大事では」

「――」

宰相の進言もあり、今年行事が再開することになった。

*

「――めんどくさいよね」
彼は小犬の表情で笑った。

「それって
私は出なくていいってことですか?」

「だって、ゆーりん、つまらないでしょ?」

「でも、それがお仕事なら、面白いとかつまらないとか言ってられませんし」
真面目な夕鈴は、彼を見つめた。

「…やっぱり、必要ないよ」

陛下のきっぱりとした言葉に、夕鈴は内心(正式な宮中行事に、下っ端妃はお呼びじゃないんだ)とちょっぴり肩をおとした。

「君が居て楽しいわけないよ」

(何が楽しいか楽しくないか分かってもいないくせに)

――へーかのバカっ!!

夕鈴はプーっと頬を膨らませた。
「わかりましたっ!」

夕鈴はくるりと後ろを向くと、ツカツカと歩き出す。
「え、ゆーりん?」

「では、わたしはわたしの楽しいとこに参りますっ!」

*

「おやどうした」
老師の部屋にズンズンと歩み入る夕鈴の目はつり上がっている。

「いえっ、べつにっ!」

妃の目から涙がダーッと滴り
一転して彼女はベソベソ泣き出した。

「下っ端妃に御用はないそうですから」

「…ちいと、そこに座ったらどうじゃ?」

老師の差し出すお茶碗を受け取り、夕鈴はボロボロ涙をこぼした。
事情を一通り話すうち彼女の心も少し落ち着いてきた。

「ちゃんとした行事でお役に立てないのは…なんだか悔しいです」

「そうかのう」
張老師はあいまいな受け答えをする。

「もともと五節句の重陽の節句は、貧しい村を覆った疫病の病魔を退治しようと、一人の若者が大仙人の元に訪れ、そこで厳しい修行をし、故郷の民を救ったといういわれからきておるのじゃ」

「そうなんですか」
夕鈴は涙を拭いて
ふうん、とうなづいた。

「再び病魔が村を襲うと予言された日に、その若者は故郷の民と高みに上り、茱萸(しゅうゆ)を皆の身体につけ菊花酒を一口ずつ飲ませる邪気祓いで民を守り、大仙人から与えられた青龍剣をふるい病魔を見事討ち取ったという」

「そうだったんですね」

「今では三日三晩の飲めや歌えやの宴会じゃがな」
老師は笑った。

「陛下が守りたいのは、お前さんじゃないのか?」
「え?」

夕鈴がキョトンとしたその時。

「…っ。陛下!」

「え?」
ぎょっとして後ろを向くと、背後に大きな影が立っていた。

「それで話は終わりか?」
憮然とした狼陛下。
夕鈴はぎくりと硬い表情に戻る。

「…それはもう」
張老師が頭を下げる。

狼陛下はコツコツと近づくと、夕鈴の肩にそっと手を添えた。

「君も十分楽しんだだろうか」

紅い瞳にじっと見つめられて、
夕鈴は気まずそうにコクとうなづいた。

「では、行こう」

ヒョイと妃を抱え上げると、陛下は何事もなかったように歩き出す。

「ええつ? なんですかっ!
ちょ、ちょっとへーか! どこ行くんです」

「…高みに、でも」

「へ?」
夕鈴は思いもよらぬ返答にキョトンとする。

「老師」
「は!」

ピリっとした緊張感が走る。

「…ご苦労」

コツコツと
足音は一直線に廊下を遠ざかった

*

SS 秋日


朝晩ひんやりしてきました。
秋は一番好きな季節です。

最近お漬物が美味しいなあと思います。
発酵食品万歳。

さて
10月1日
「狼×嫁(うさこい)倶楽部」のサークル誌「狼と兎の恋綴り」創刊第一号
ずいぶん先のことだと思っていましたが、あれよあれよと日が進み
とくに印刷所さんからもトラブルの問合せもないので大丈夫、
もうすぐ手に取れるはず、とドキドキするわけでございます。

サークル公式ブログの方でご紹介しております
http://usakoikurabu12.blog.fc2.com/

頒布班によるご予約受付もはじまりました
残部ずいぶん僅かとなっているようですがまだあるようです。
頒布のイベント班、10月は東西で活躍してくださるそうです

大変有難いことに、あいのりで個人誌も扱っていただくことになっております。
4年越しの古漬けのような本です(笑

ついでに短いお話
昨日某国SNSにあげた短編の移植です
よろしければどうぞ。

【夫婦設定】【原作沿い】
━━━━━━
SS 秋日
━━━━━━

暑い日がいつまで続くのかと思っていたのに、いつのまにか空が高い。

「こんな日は思いっきりお洗濯できたら幸せなのに」
夕鈴はつぶやいた。

ひやっとした水。気持ちいいだろうな。
ごしごしこすって、パーンと伸ばして
物干しを竿に掛ければ、青空に旗めく衣類
きっと身も心も晴れ晴れするだろう。

――寝具や食卓の布巾は糊をきかせてパリッと仕上げたいわね
――青慎も背が随分伸びたから…父さんのおフルほどいて仕立てなおしたら着られるかしら?
――この際、居間の敷き物も!

夕鈴の脳裏には
質素で、小さい古びた家のあちこちが
鮮明に浮かんだ。

じわ、と涙がにじんだ。

「ゆーりん。なに考えてるの?」

ハッと気が付くと、目の前に陛下!

――もう、どうしてこういつも、気配を消して現れるのかしら。

「いえっ? なにも」

陛下は紅い目を細めて、すうっと指先で夕鈴の目じりをぬぐう。

夕鈴は顔を赤らめた。

「それは、悲しいこと?」

彼が優しく手を広げた。

夕鈴は、ポフっとその腕の中に納まり
彼の背中に手を回すとギュッと抱きしめた。

「――いいえ」

「ほんと?」

陛下がやさしく背中をさする。
温かい掌の温もりに夕鈴はますます涙がにじみそうだった。

「いいえ」

「そっか。それならいい…」

「へーか。あの、もうちょっとだけ。このままでいいですか?」

幸せなのに、どうして涙が出るのかなと思いながら
夕鈴はすっぽり彼の腕の中に納まったまま
静かに泣いた、秋の日。

*

SS お客さん


こんにちは。

久しぶりにSS書こうとパソコンのフォルダーをのぞいたら
4月に1本書いた本当に短いSSが――

某国SNSのMさまのイラストに触発されて書いたものでした。

元となったのは、浩大の素敵絵で
胡坐を組んだ彼が、なにかの気配に気づく瞬間の、
ちょっぴり鋭い目つきがたまらない一枚でした。

というわけで、短いSSを。

【いつもの浩大】
━━━━━━━━
SS お客さん
━━━━━━━━

「・・・あぁ またお客さんか」

軽口を叩く彼は
あくまでも自然体だ。

胡坐をかいたまま音もなく
軽く肩を揺すり上体を起こす。

瞬きをしない彼の眼。

もし、客人に挨拶の時間が与えらたのであれば
鋭利な刃物のように切れ味鋭く暗い光を放つ無機質な浩大の視線に
ゾッと凍り付いたことだろう。

…だが、そんな猶予は微塵も与えられなかった。

「…まぁったく。
無粋なお客さんだっつーの」

「客」は音もなく膝から崩れ落ち、泥に頬を擦り付ける

「静かにしてくれよ、な」

…客の耳にはもう何も聞こえていない。

ざあっと樹冠を舐めるように強い風が拭きぬけ梢がゆれ
一瞬止んだ小鳥のさえずりが再び戻る。

定位置にストンと腰をおろした浩大は
スンと小さく鼻をすすりあげ、大きく伸びをする。

後宮の奥深く、誰も立ち入らないこの一角。

時折、ちちち…と微かにさえずる小鳥の声と
梢のざわめき以外は何も聞こえない。

見事な朱瓦の波うつ軒ごしの風景はいつもの通り。

瓦のように真っ赤な顔の妻を膝上に束縛し
この世で一番の幸せに包まれている主の姿を視認すると

彼は軽く目を閉じ、
再び気配を断ち世界に溶け込んでいくのだった。

(おしまい)

*

SS 愛を告げる日によせて


ご無沙汰しております。
もうすぐバレンタインデーですね。

せっかくなので、おひとつ
短いですが。

本誌沿い設定

***********
愛を告げる日によせて
***********

シャランと鈴の音の先触れ。

――陛下が後宮にお帰りよ

いつものように支度を整え、袖を合わせぴしりと背筋を伸ばす。
しなやかな衣擦れの音、ふわりと漂うあの人の香り。

「おかえりなさいませ、陛下!」
うれしくてつい、2、3歩踏み出してしまう。

「…夕鈴」

そういうと、いきなり陛下は
カプリと私の鼻を咬んだ。

「――っ!?×◎△*★♪○…」
(へーかっ、な、なにを!)と言ったはずなのに
耳から入ってくる自分の声は、フガフガとなんとも情けない声とも音ともつかないものだった。

陛下に雁字搦めにされた私は
息苦しくて真っ赤になりながら押し戻すのだけど
私の力くらいでは、びくとも動じない。

見た目綺麗なくせに、陛下ってばすごい力…!

(っ、放してくださいっ!!)
そういってるつもりだけど、またフガフガへんな音が漏れている

コリコリ、モゴモゴひたすら鼻を舐られ、もうどうしてよいか分からない。

…息が止まりそうになって苦しくて目がグルグル回りだした。
ついにダランと力を抜いたら
ようやく
「――あ!」
といって解放された。

よろよろとたたらをふむ私は
申し訳なさそうに見つめる彼と少しだけ間合いをはかる。

「…ごめん」

困った小犬の、とろける笑顔がそこにある。

「…っ――!!」
御免じゃないでしょっ!!

「――だって。ゆーりんの鼻になんだかおいしそうなものが付いてたから…
お菓子、作ってくれてたの?
ご馳走様!」

あっ!!
しまった――

と思った瞬間、
かぁあぁっ と
顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。

今日という日は
ちゃんとしたかったのに
驚かせたかったのに。

それでも
陛下がニコニコとあんまり嬉しそうな顔をするから…

「…」

袂からそっと包みを取り出す。

「…今更ですが」

ううん、といいながら
優しく肯んずる彼。

頬をなでられるだけで、嬉しくて
どうしてこんなにも目の前のこの人のことが好きなんだろうって
自分が恥ずかしくなるばかり。

「う、上手にできたかどうか
分かりませんが…」

「夕鈴が作ってくれたんでしょ?」

彼の眼を見たら
ますます、もう逃げられないということだけが
…分かった。

すこし手を広げた彼に歩み寄り
そっと身を寄せる。

はやく
伝えたいこと
伝えないと。

辛抱できないこの人に
また食べられちゃうから――

「へーか
――大好き、です」

Happy Valentine’s Day!!


■近況報告

お手伝いしております合同誌「3つの恋のお題」の編集もほほほほぼ終わりですのほほほ(汗;)

「3つの恋のお題」事務局ブログ http://g3koi.blog.fc2.com/

送料あいのりサービスやってます。現パラアンソロ

白友のよゆさまのご助力をいただいて、合同誌協賛で既刊本現パラの自家通販を2月8日~2月22日受け付けることになりました。 詳しくは1つ前の記事をご覧くださいませ→ 合同誌と現パラアンソロのお知らせ

■花粉症、始まりました。
これはサービスじゃないんですが――個人的なお話ですみません、もれなく春に付いてきてます。


SS クリスマスプレゼントを一つだけ


いよいよ師走ですね

このところどんどんログイン率が落ちていてごめんなさい

これからまた忙しくなります
ときどき会えたら嬉しいですね

【現パロ】【微糖】
設定:お付き合いをはじめたばかりの二人
——————
クリスマスプレゼントは一つだけ
——————

「何がほしいですか?」

「――?」

目の前の彼はぽかんと口をあけてわたしを見つめていた。

私は汗ばむ手を握り締め、それでも果敢に攻めるのだ。

「なにがって、何で?」

「クリスマスだからですよ」

「えー? まだずっと先だよ」

ちっともピンときていないみたい

「…なかなか会えないし。
今から準備しないときっと大変だから」

会いたいのに、
あえなくて。

会えても、
一緒に居る時間は短くて…

「夕鈴の負担になるくらいなら、なくていいんだよ?」

違うってば!

まったくもう――。
綺麗な男(ひと)なのに、そんなふうにとろけるような小犬の顔で。

笑ってわたしを甘やかすばかり…。

 * * * * *

彼は院生で、
サークルの先輩だけど、サークルにはときどきしか顔を出さない
…すごく忙しいヒト。

彼の研究論文一つで天地が引っくり返すと恐れられる寵児。
破壊力のある実績を持つ彼には大学教授ですらも頭を下げるほどで、
大学では知らぬ者のない「狼陛下」と呼ばれるまさに王様。

冷酷非情の狼陛下はいつも王宮と呼ばれる研究室にこもり切りで
特別な頭脳を持つ人達としか交流を持たないと聞いていた

雲の上の、手に届かないヒトだったのに
ひょんなことから臨時彼女をやる羽目になり
それからまあ紆余曲折、本をかいたらたぶん13冊分くらいにはなるであろう様々な出来事がありまして、ようやく気持ちが通じて今では本当の彼女としてお付き合いしているわけであります。

お付き合い、といいながら
ほんとうに忙しい彼と会えるのはほんの一瞬
はぁ…(ため息)

それも仕方がない。
みんなのために強い役割を演じている王様だから。
陛下は陛下なりにすごく頑張ってるんだから…。

私だけが知っているあの優しい人。

ささやかなことでいいから彼女らしいことを何かしたいなぁと思いついたものの、何をしたらよいのかわからない。

『じゃあ、せめてプレゼントくらい?』と思ったけれど
地位も名誉も金品もなんでも持っている王様の彼のことだから
はじめての二人のクリスマスなのに
何をプレゼントしたらよいのか、皆目検討がつかない情けなさ。

調査しようにも、陛下の側近の人に聞けばきっと盛大に呆れた顔で突き放されておしまい、だろうし、研究棟の管理人の爺やさんは(以前も変な本すすめられたりした前歴ありだから)きっとからかわれるにきまってる。

これ以上余計なことで彼の足手まといにもなりたくない。

じゃあ!

素直に、聞くのが一番だという
結論に至ったのだ。

だから、手短に聞き出そう、と決めてきたものの
目の前のヒトは…。(頭痛)

「庶民の私にできることっていったら
たかが知れてるとは思いますけど
それでも
あなたを喜ばせたいから
…教えてください」

うん、とうなずくと彼はケロリといった。

「なんでもいいよ」

「なんでもいいだなんて
いい加減なことはできませんっ!!」

「ぼくは、君からもらえるものなら
なんでも嬉しいよ」

それじゃあ、ダメ?といいながら、彼はキューンと小犬の顔をする。

小犬陛下が困ったような顔をするから
私もますます顔が赤らんだ。

それだめ、ずるい
ヘーカを困らせたいわけじゃないのに…

それでも付き合い始めて初めてのクリスマスにプレゼントなしとか
そういうわけにもいかないじゃない?

「へーか…」

「じゃあ
欲しいといったら
なんでもくれるの?」

小犬だった彼の目が
すうっと細くなる。

「…え?」

私はたじろいだ。

「ひ、ひとつだけですよ
たくさんは無理です」

「じゃあ、ひとつだけ」

「は…」

い、

と言う前に

「君を一つ、
まるごと全部」

と、耳元で囁きが聞こえた――。

(おしまい)

SS 創と病


お久しぶりです
織座舎のブログに入ろうとしたら、
ブログのページも
管理画面への入口も
なにもかも真っ白でびっくり(;゚Д゚)

(入れない)

雪?
雪の時期ですか??
春になって寝雪が解けるまでこのまま… ← ← ←

――気を取り直して

どうやらブログで使っているWordpressというソフトに組み込んでいるプラグインとやらのなにかとなにかが干渉しあっておきる現象だそうで、そのあたりの知識の薄い私にはまず入るところに四苦八苦でした

さて久しぶりに、
とりとめないSSですが

SNSにあげたものと同じです

よろしければ…

(おりしも
いい夫婦の日だったですよ、これが。)

——————–
創(きず)と病(やまい)
——————–

「あら、女官長さん。そういえば、いつもの侍女さんは?」

「…お妃様、大変申し訳ございません。風邪で熱をだしまして…」

「――えっ!? ひどいんですか?」

「いえ、たいした熱でもないのですが、お妃様に万が一うつしてもいけませんので」

「そうですか…はやく良くなるとよいですね」

胸を痛める妃の様子に、優しく女官長は微笑み返した

夕餉の打ち合わせで女官長が席を外した途端
一人になった夕鈴は考えた。

(侍女さんがはやく風邪がよくなるようなものでも…)

「そうだ!」
彼女は思い立ったようにこっそりテラスの窓から外に出た。

しばらくして

いつもより早い時刻に
チリンチリン…といつもの主の来訪を知らせる鈴の音が響いた。

はっと彼女は庭から部屋へ走り
部屋へ戻ると息を整え、夫を迎える

妃の前に現れた美丈夫の国王は「戻った」というなり、
妻を優しく抱きしめた。

「おかえりなさいませ!」

彼女の華奢な体ごと覆いかぶさるように抱きしめれば
いつもより紅潮した彼女の様子がおかしい。
そして、ゴツ…とした感触。

「?」

少し体を離し、確かめれば、何やら彼女の袖が膨らんでいる。

衣装の裾や袖には泥がついて
彼女の頬には少しだけスリキズがあった。

彼女の頬にある傷を見たとたん、
紅い瞳が曇り、鋭さを増す。

「…その、頬のきずは?」

「! へ?」

汗ばんだ指で、頬に触れるとちりっとした独特な痛みをともなった。
しまった、と夕鈴は顔を赤らめた。

「だ、大丈夫ですっ!
ちょっとこすっただけで――」

あわてて庭から戻った彼女は
ゆとりがなかった。

「…っ、きゃ」

彼はいきなり妃を抱き抱え
その頬の創(きず)を舐めた。

ゾロリとした熱い舌の感触と
ピリピリとした痛みが走り、
夕鈴は「逃げられない」と本能的に身をすくめ、観念した。

彼は彼女を長椅子の上に置くと
今度は遠慮なく彼女の検分を始めた。

「他に、怪我は?」

「…なっ…けっ、ケガなんて してませんってば」

袖からぞろぞろと出てくる
カリンにカキ、キンカン…。

彼は「ん」と眉をひそめた

「…これは」
彼女は真っ赤になって、収穫物を抱きしめた。

「ケガというか、こすっただけで
大したことは…」

くるりと振り向くと、彼は冷たい声で命令を下した。

「女官長、妃が怪我をしている
ただちに侍医を呼べ!」

「は!?」

晴天の霹靂の事態に、傍に控えていた女たちは固まり青ざめ
後ずさりして侍医を呼びに走った。

狼陛下の発するぴりっとした空気に満ちた後宮は
いつになく大騒ぎとなったが、
ようやく二人きりの静けさが戻る

妃の頬にはこれでもかというほど大仰な手当が施され
消耗した夕鈴はぐったりと眼をそらして座り込んでいた。

机の上には小さなカゴ

その中に、さきほど彼女の袖から出てきた果物が収まっていた。

状況的に
庭の果物をとったことは明白。

彼女の頬の手当が終わった布越しに
触れるか触れぬほどの繊細な指使いでそっとなぞった

彼の眼差しは厳しかった。

夕鈴はどう説明したものかと窮するも口を開かざるを得なかった。

夕鈴は、ショボンとした様子で申し開きをした。

「あの…ちょっと木登りして。
その時、ほっぺたを少しだけこすったかもしれません」

果実の入ったかごを取り上げ抱きしめ
夕鈴はさらに謝った。

「ごめんなさい。
庭の実を盗って…」

「かまわぬ、
この後宮にあるものは全て君のものだから」

そう言いながらも
彼の眼は厳しいままだった。

「その。
侍女さんが風邪で臥せっているというので
お見舞いにあげたくて…」

しどろもどろに顔を赤らめる妻の表情を意地悪げに睨んでいた彼は
唐突に「ぶっ」と吹きだした

そしてケラケラと笑い出した。

「その格好で。木に…登ったんだ」

「だって――」

夕鈴が質素を好むとは言え、
朝晩冷え込むこの時期の妃衣装は優雅で重たかった。

妃が木登りする様子を想像した彼は
またひとしきり笑い転げた。

あまりの様子にプットむくれてみせる夕鈴の様子をみて
彼は彼女の乱れた髪を指ですくと今度は頬に優しくくちづけを落とした。

「…君は優しいな」

彼の優しい仕草を受け入れ、ほっとした様子で夕鈴は緊張を解いた。

なのにまだ彼は怒っていた。

「誰かのために、君が傷つくのは許せない」

彼はまた拗ねた。

「ごめんなさい」
夕鈴はショボンとうなだれる

「君は私のものだという自覚が足りない」

「自覚?」

「…髪の一筋から、つま先に至るまですべて君は私のものであり、
私のためだけに存在するということを

もっと自覚して…」

「…へーか
あなたのために
私はここにいます」

耳元の呟きはため息のように小さかったが、曇りの欠片もなくきっぱりとしていた

影がおちるように
覆いかぶさると

息ができないほど
強く彼は彼女を抱きしめる

「私は君という病にかかってるみたいだ」

すべてを預け
まるで泣くように

低い声にこもる
迷子のような心細さ

傷ついているのは
私ではなく
この人なのだと

夕鈴は気が付く

「へーかは
私のことで、傷つかなくていいんですよ」

彼女は
軋むように彼の重みを受け止めて
その体に必死にしがみついた

「笑って」

「…はい」

微笑みとともに降ってくるのは
星くずの数ほどの口づけと。

*
(終)

SS あがない


こんにちは。
ほんとうにご無沙汰しております。申し訳ありません。

さて久しぶりですが短い他愛もないSSです
よろしければどうぞ。

個人的には新婚編のスタートの、陛下のささいな一言が未だに気になっておる私でございました。

夕鈴目線で。

【原作沿い】

*********
あがない
*********

陛下はいつもわからないことをいう。

「君も
隠し事をするんだね」

そう言って陛下は静かに笑った
そしてその言葉はすぐ煙のように霞んで消えた。

それ以来
陛下は二度とそんなこと言うことはなかったけれども
その言葉は小さな針のようにわたしの胸に突き刺さったまま
時折チクンと微かな痛みを与えるのだ。

私はとても怖いのだ。

ふたりっきりの時にしか見せないとびきり甘い陛下が
ふとしたときみせる表情が。

焦点を結ばない紅い瞳のその先に広がる虚空の
わたしの見えない何かに引き寄せられて
あのひとがどこかに行ってしまうんじゃないかと
漠然と心に影を落とす

陛下のために
陛下のことだけ
いつも考えているのに。

どうして、うまくいかないんだろう。

幸せを手に入れれば
今度は、その幸せがもろく見えて
怖くなる。

私はとても落ち込んだ。

さら…と流れる薫りを感じた途端
「私の妃は何を憂いているのだ」
背中から抱きしめられて陛下の袖に包みこまれた。

「…あ、っと。おかえりなさいませ」
私はハッとして振り返った途端にあの人の笑顔が広がっていた。
包まれた暖かさにそれが幻ではないことを確証して
なぜか涙がこぼれた。

「何、考えごと?」

「ごめんなさい」

「…涙。泣いていたの?」

「え、あの。
これは」

陛下は指先を伸ばすと私の目尻を触れた。
濡れた感触の後、彼は私の額と目尻にやさしく唇を落とす。

「君を泣かせるとは
罰せねばならぬかな」

陛下の腕の中にいられるという安堵感につつまれ
涙が次から次へとこぼれる

「いえこれは。
安心して――」

「安心?」

「はい、こうしてあなたが
私のもとに帰ってきてくださることに」

嬉し涙です、と付け足すと
陛下はキョトンとすると今度はとびきりの笑顔で
「なんだ」と破顔し、わが妃は可愛いことをいう、と今度はもう少し力をこめて私を抱きしめた。

「では
君を泣かせたのは私ということか。
ならば
罰は私が受けねばならぬな」

嬉しそうに擦り寄りながら
そんなことをいう陛下に
私はおもわず抗議の声をあげるのだ。

「陛下に罰だなんて
とんでもありません!」

(でも…)

私は思い切って
心に引っかかっているあのことを
口にした。

「君も、って」

「?」

「君も、っていうのは
私のほかの誰のことですか?」

「――は?」

陛下は眼を丸くした。

「陛下が以前私に。
『君も隠し事をするんだね』とおっしゃったあの言葉です」

…陛下はしばらく複雑な表情をして動きを止めた。

「…なんの こと?」

陛下の眼は、分かっていないんじゃなくて
言いたくない、っていう眼をしていた。

「あの。
…隠し事をしたのは確かに悪かったと思います。
そのことは、謝ります」

私はぺこりと頭を下げた。

「もう何のことだったか忘れてしまったよ。
気にしなくていい。
…そんなこと、なぜ謝るの?」

「あの…。誤解されるのは悲しいですし。
でも、私の行動がこうして陛下に悲しい思いをさせているのなら
謝りたくて。
あの。
君も隠し事をする、というのなら
私の他にも陛下に隠し事をする人がいて
悲しませているってことでしょう?
だとしたら、私にできることは何かありますか?」

…陛下は眉尻を下げて
すこし悲しそうに哂った。

「君はいつも前向きだな」

「え」

「もう

忘れてしまったよ」

「あの」

「君が今
こうして
私のそばにいてくれるから」

「…」

陛下の悲しみが何なのか
私にはまったくわからないけど。

「それで、いいんですか」

「そばにいて」

その一言は
今の私がここにいる理由として
十分すぎるものだった。

(おしまい)

七夕SS「雨天中止」【挿絵あり】


こんばんは。今日は七夕ですね。
おかげさまでこちらは晴れております。

白友の某絵師様の素敵絵にインスパイアされまして、短いお話をひとつ…。

(追記)
千花様のご好意にイラスト掲載ご快諾いただきましたので、こちら紹介させていただきます。

絵:千花 「雨天中止」

絵:千花 「雨天中止」

【本誌設定】【本物夫婦】

~千花さまへ捧げます~

* * * * * * * * *
雨天中止
* * * * * * * * *

挿絵:千花
文:おりざ

七月七日の宮中行事、乞巧奠(きこうでん)。
織女星が輝く夜、機織りや裁縫の上達を願う女性が祭壇に針を供え星に祈りを捧げる。

この国の王は冷酷非情の狼陛下と呼ばれ、その後宮は即位以来長らく空っぽであった。
王は一切の女を寄せ付けず、寄せられる縁談はすべからく薙ぎ払った。

――だがついに、後宮は開かれた!
その孤高の王がついに一人の妃を一人めとったものだから、これを機にあわよくば二人目三人目の妃として娘を献上しようという野心を持つ者たちで王の周囲はあふれていた。

女が主役の宮中行事ならば好機と、今年の乞巧奠は美姫麗人であふれかえった。

「さあさ、今年の織姫は誰に決まるのか」
まるで新たな妃が選ばれる運びであるがごとく、周りは浮きたっていた。

「狼陛下は次に誰をお選びになるのだろう」
そんなくだらない噂は妃も聞き及ぶところなった。

実際、七月七日の朝から行事の一端は始まり、行事が行われる宮には次々と淑女たちを引き連れた貴族が集まった。

夕鈴は内心モヤモヤしていた。

…後宮の本来あるべき姿。
後宮とは花々で埋め尽くされた天上の園。
星々であふれかえる天の川のようだとも聞いた。

「君はいつまでも君のままでいいんだ」
いつも陛下はそういって、彼女の目を覆い塞いだ。

『君は、見なくていいもの』と、陛下が見せようとしなかった現実。
王は何人でも妃を持てる、ということ。

乞巧奠に集まった女性たちは皆『教養も地位も持つ王に相応しい娘』たちだった。
彼女たちは最高に美しく自分を見せるすべを心得ていたし、矜持を胸に圧倒的な輝きをを放っていた。
煌めく艶やかな存在。

自分は陛下に釣り合っていないのでは、と
夕鈴はちくりと胸を痛めた。

「あの人達は煌めく天の川の星々。
私は――」

夕鈴は妃という立場にひけめを感じるばかりだった。

昼を過ぎ、粛々と行事は進んでゆく。
ところが夕刻過ぎに雲行きが怪しくなった。

ぽつり、ぽつりと雨が降りだした途端、
夕鈴の心はなぜかホッとした。

織女星が輝く夜、祭壇での祈りのクライマックスを待たずしての、雨天中止。

「もう彦星は、織姫に会わなくていいんだ。
二人は巡り合わない――」

夕鈴の心の中に広がる闇空に、細いさざ波が広がっていった。

* * * * * * * * * *

「ほらほら、正装が濡れてしまいます」
屋外の祭壇の前に居た国王と妃はそそくさと控室に押し戻された。

「お風邪を召されますよ」
濡れた髪を拭かれていると
「お前たちは下がれ」と国王は静かに人払いを命じた。

人の気配がなくなると、とたんに狼陛下の表情は和らぐ。

「ねえ、夕鈴。疲れた?」
黎翔は優しく微笑んだ。

「…いえ、これくらい」
夕鈴はハッとして、慌てて「陛下のお世話をしなくちゃ」と布を手に取った。

濡れた体をぬぐおうとした夕鈴の手を握り、黎翔は彼女の顔を覗き込んだ。

「じゃあなんで今日はそんな顔してるの?」
重ねて問う。

「…へんな顔なんて」

「そっかなぁ…」
陛下にほっぺたを両側に引っ張られた夕鈴は「いた!」と小さく声をあげた。

「ごめん!」
両頬をやさしくつつみこまれ、すぐさま頬に口づけが落ちてきた。

「――へいか」

口づけは頬から口元へ。

「…ん?」

「陛下には、輝く星々がお似合いです」

「…なに、それ?」
黎翔はキョトン、と行為を停めた。

「つまり――天の川の星全~部がへーかのものってことで…」

黎翔はクス、と笑って。

「…あのさ。夕鈴。
空の星は誰のものでもないし…。

たとえそうだったとしても
――僕は君だけでいい」

「――へ?」

「無限の星がこの世にあっても
私は迷わず、君という星を見つけるから」

「…ん!」

そう言いきれば黎翔はもう遠慮なく、
彼の愛しい人を腕に抱き、接吻の雨を降らせるのだった。

(おしまい)

絵:千花 「星合」

絵:千花 「星合」