SS あがない

こんにちは。
ほんとうにご無沙汰しております。申し訳ありません。

さて久しぶりですが短い他愛もないSSです
よろしければどうぞ。

個人的には新婚編のスタートの、陛下のささいな一言が未だに気になっておる私でございました。

夕鈴目線で。

【原作沿い】

*********
あがない
*********

陛下はいつもわからないことをいう。

「君も
隠し事をするんだね」

そう言って陛下は静かに笑った
そしてその言葉はすぐ煙のように霞んで消えた。

それ以来
陛下は二度とそんなこと言うことはなかったけれども
その言葉は小さな針のようにわたしの胸に突き刺さったまま
時折チクンと微かな痛みを与えるのだ。

私はとても怖いのだ。

ふたりっきりの時にしか見せないとびきり甘い陛下が
ふとしたときみせる表情が。

焦点を結ばない紅い瞳のその先に広がる虚空の
わたしの見えない何かに引き寄せられて
あのひとがどこかに行ってしまうんじゃないかと
漠然と心に影を落とす

陛下のために
陛下のことだけ
いつも考えているのに。

どうして、うまくいかないんだろう。

幸せを手に入れれば
今度は、その幸せがもろく見えて
怖くなる。

私はとても落ち込んだ。

さら…と流れる薫りを感じた途端
「私の妃は何を憂いているのだ」
背中から抱きしめられて陛下の袖に包みこまれた。

「…あ、っと。おかえりなさいませ」
私はハッとして振り返った途端にあの人の笑顔が広がっていた。
包まれた暖かさにそれが幻ではないことを確証して
なぜか涙がこぼれた。

「何、考えごと?」

「ごめんなさい」

「…涙。泣いていたの?」

「え、あの。
これは」

陛下は指先を伸ばすと私の目尻を触れた。
濡れた感触の後、彼は私の額と目尻にやさしく唇を落とす。

「君を泣かせるとは
罰せねばならぬかな」

陛下の腕の中にいられるという安堵感につつまれ
涙が次から次へとこぼれる

「いえこれは。
安心して――」

「安心?」

「はい、こうしてあなたが
私のもとに帰ってきてくださることに」

嬉し涙です、と付け足すと
陛下はキョトンとすると今度はとびきりの笑顔で
「なんだ」と破顔し、わが妃は可愛いことをいう、と今度はもう少し力をこめて私を抱きしめた。

「では
君を泣かせたのは私ということか。
ならば
罰は私が受けねばならぬな」

嬉しそうに擦り寄りながら
そんなことをいう陛下に
私はおもわず抗議の声をあげるのだ。

「陛下に罰だなんて
とんでもありません!」

(でも…)

私は思い切って
心に引っかかっているあのことを
口にした。

「君も、って」

「?」

「君も、っていうのは
私のほかの誰のことですか?」

「――は?」

陛下は眼を丸くした。

「陛下が以前私に。
『君も隠し事をするんだね』とおっしゃったあの言葉です」

…陛下はしばらく複雑な表情をして動きを止めた。

「…なんの こと?」

陛下の眼は、分かっていないんじゃなくて
言いたくない、っていう眼をしていた。

「あの。
…隠し事をしたのは確かに悪かったと思います。
そのことは、謝ります」

私はぺこりと頭を下げた。

「もう何のことだったか忘れてしまったよ。
気にしなくていい。
…そんなこと、なぜ謝るの?」

「あの…。誤解されるのは悲しいですし。
でも、私の行動がこうして陛下に悲しい思いをさせているのなら
謝りたくて。
あの。
君も隠し事をする、というのなら
私の他にも陛下に隠し事をする人がいて
悲しませているってことでしょう?
だとしたら、私にできることは何かありますか?」

…陛下は眉尻を下げて
すこし悲しそうに哂った。

「君はいつも前向きだな」

「え」

「もう

忘れてしまったよ」

「あの」

「君が今
こうして
私のそばにいてくれるから」

「…」

陛下の悲しみが何なのか
私にはまったくわからないけど。

「それで、いいんですか」

「そばにいて」

その一言は
今の私がここにいる理由として
十分すぎるものだった。

(おしまい)


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