聖誕節の贈り物


お久しぶりです。

クリスマスにせめて1本、と細々と書いていたんですが
なかなかまとまりつかなくてイブギリギリになりました。すみません。

柳家の若君となかまたち(?)
一応原作沿いのつもりだったんですけど
時代考証無視でよく分からない設定です。
宜しければどうぞ。

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聖誕節の贈り物
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床は冷え冷えと硬く、廊下を行き交う人々の息が白く凍る。
カツンカツンと響く足音に紛れるようにヒソヒソと交わされる会話。
「……………」
「…………」

何気なく耳に入った一言に耳がそば立った。
セカセカとせわしく仕事にいそしむその男はおもむろに足を止めた。

「…聖誕節、だと?」

ピタリ、と歩を止めた男は、ひとくくりにした長い髪をブンと振り回し、柱の影の男たちを注視した。

言葉尻を捕らえられ、仕事をサボって駄弁を交わしていた二人の官吏はギョッと動きを止めた。
険しい視線でにらみつける若い男が、偉い大臣の息子であると即座に気が付いた二人。

慌てて両手を組み礼をとる官吏。キュッと身を縮め叱責を覚悟してうなだれた。
ところがもう一人の男は優雅に礼をとりながらも、華やかにニコリと笑ってこう言った。

「おや、柳の若様も聖誕節に興味がおありと?」

「…」
挨拶にしてはいきなり嫌味ったらしい口調で『柳の若君』と呼ばれた柳方淵。
眉間にしわを寄せ、ムっとした表情で立ち止まった。

柱の陰でくっちゃべっていたその男は金で成り上がった家の出で、金にものをいわせことあるごとに出しゃばる実にいけ好かない官吏だったのだ。

「そう我々は決して仕事をサボっていたわけではございません。
聖誕節についてこの男が知らぬというから、私が教えてやっておりました。
当然あなたほどの高貴なお家柄の方であれば、聖誕節のことなど何から何まで知っておいででしょう?」

成り上がり貴族の息子は勿体をつけた口調でニヤニヤといやらしく笑った。

聞いたことがない、知らぬといったら『それみたことか』とからかうつもりなのだろう。

方淵の眉間にはシワが盛大に生まれ深く掘りこまれていった。

(聖誕節。聖なる誕生を祝う祭り、となれば――偉大なるわが君のご生誕日を祝うことにほかならぬ。
そういえば、あの御方のお誕生日がいつなのか、私は知らない。
高貴なる唯一無二のお方はとても慎重で、生まれ日等の個人情報などを一切公にしていらっしゃらない。それはそうであろう。生まれた場所日時は、その御方の運命を司る。場合によってそれを呪術に用いかれない。
ということは、聖誕節とはまこと一部の信頼厚き者たちのみに祝うことを許される、密かな行事なのであろうか?)

腕組みをする彼の背中の後ろをそっと横切る陰に彼は気が付き、即座に顔をめぐらせた。
「水月――どこへ行く気だ!?」

嫌味ったらしい成金官吏らから離れ、柳方淵は水月の後を追った。

「いや、私はそろそろ今日はこれで…」

「また仕事をサボるつもりか!?」

「サボるだなんて。大事な用事があるんだよ」

「用事とは、庭の池の魚に餌やりか、それとも妹君の原稿の手伝いか?」

首をすくめた水月は達観した声で答える。

「家の用さ」
「家の?」
「…ほら、その。聖誕節の準備だよ」

水月はいかにも面倒だといわんばかりに肩をすくめた。

いつもならここで方淵の罵声がガミガミと続くわけだが、今回は静かだった。
異変に気が付いた水月が方淵の方を見ると、彼はカッと瞳を見開いたまま直立不動で硬直している。

方淵はショックで青ざめていた。
(こいつも、秘密の行事のことを――しかも、氾家としての行事…?!)

知りたい…聖誕節のことを――方淵の胸に火がともった。

水月は知っている。
というか彼はそれに係わっている…!?

いつの間にそのような行事が画策されていたのだ?

陛下の忠臣と自負する自分だけれども、まだまだ信頼が得られていないのか…
一瞬自信を失いかけた。

(…知りたい!)
方淵は胸を掻きむしられる思いだった。

『知らない』とは口が裂けても素直には言えないが、
知らねばならぬ――。
彼は熱い眼差しで水月を見つめた。

水月は思いつめた表情の方淵が、やおら自分を熱く見つめたことに戸惑った。
自主早退を責める、いつもの彼の冷たい表情とは違う。

方淵の憧れや熱意が入り混じった眼差しに、なぜ彼はこんな顔をするのだろう、と
いつになく水月は興味を引かれたのだ。

水月からすれば『まさか彼がクリスマスだ何だと外国の浮かれた行事に興味を持つとも思えないのだけれども。もしかして方淵も、クリスマスに独りぼっちは寂しいのかな。誘ってほしいという意思表示、自己アピール?』と気を回し、水月は誘ってみたのだった。

「…君ならいいか。
じゃあ、明日なんだけど。くるかい?
聖誕節、君も知ってるだろう?」

方淵にすれば『知らない』と答えるのは癪だった。
それで素直に『聖誕節とは何か、教えてくれ』と唯一の友(?)に訊くチャンスを逸してしまったのだ。

水月はもうずいぶん方淵と長い付き合いだったから、当然いつものように『ハっ、馬鹿な』と木で鼻をくくったようにそっけない返事が返ってくるものとばかりと思いたら

方淵は考えた末、腹の底から絞り出すように答えた。
「行く――」

これに水月は表面は平静を保ちながらも、内心少なからず動揺した。

「…ほ、本気かい?」

「あたりまえだ」

方淵のキッパリとした返答に、逆に水月は目を丸くした。

『…それほど、来たかったんだ…。
柳と氾といえば、誰もがかたき同士の家柄と思っているけど、意外に方淵という奴はきさくなんだな。…それともそういうのを乗り越えるほどに彼をつき動かす、何か彼なりの理由でもあるのかしらん』

彼の真剣味を帯びた熱い眼差し。

(もしかして――紅珠?)

水月はピンと来て、慎重に方淵に尋ねた。

「…なんていうか、その。
それほど一緒に祝いたい…人が?」

「当然ではないか」

そのてらいない潔い答えっぷりに、水月はあっけにとられつつ、口をつぐんだ。

「…許されることだろうか?」

(極秘の行事。
一部の最も信頼厚き臣下にのみ参加が許されるのか…。
ならば陛下御みずからに招かれざる私が行ってもよいのだろうか)
――方淵は少し気弱になる。

「…さあ。いろいろ障害もあるだろうけど。
こういうのは気持ちが一番大事じゃないの?」

(水月の言葉はいつもながら捉えどころがないが…そうか!
祝賀というのは、命令されておこなうものでもない。
臣下としての敬愛をあらわしたくて行うものなのだから
祝いたいと思う気持ちが大切だと奴が言うのも道理だ)
方淵は水月の言葉を噛みしめた。

「私の気持ち、ということか?」
方淵は顔を上げた。

「そもそも…君の気持ちは伝えてるの?」

敬愛する陛下に対し、これまで数々の出来事において、自分はやる気のある家臣であることをアピールしてきたつもりの方淵。
「当然、私は申し上げているとも!」
自信を持って拳を振るう。

水月は強気すぎる方淵の言動にやや戸惑いつつも、慎重に話を聞きだそうと続きを促す。

「…で、相手は?」

「私に対し、少なからず好意は示していただけている…と思う」

(へえ、紅珠のやつ、年末年始のイベント向けの執筆に夢中で、浮いたそぶりの一度だって見せたこともないのに。…まさか、いつの間に?)

水月は思いもよらぬ展開に目を白黒させるばかり。

「きみ自身は?」

陛下への忠誠を疑いようもないではないかとばかり、方淵は力強く言い切った。

「心から信奉している。
…私は真剣だ!」

方淵が真っ赤になって拳を握ったのを見て、『やはり方淵は紅珠のことが…』と深く納得した水月。
一方の方淵は『陛下の御ため、一の臣下として立ち働くべきであろう』と気負い、珍しく紅い顔をしてやる気を見せていたものだから、水月にますます誤解を深めてしまったのだ。

(………)

水月はその美しい顔立ちのまま、務めて表情をかえないようにして考え込んだ。

水月の妹、紅珠は国王陛下への妃候補として育てあげられたまさに父の掌中の珠。

だが紅珠本人は陛下と夕鈴妃のお二人の信奉者で、二人の愛を賛美し守る姿勢を貫き、二人の障害となることは望んでいない。

王妃になることを紅珠自身が望まぬのなら、いずれどこかへ嫁ぐとして。
大大臣家の柳の次男がお相手というのは家格的にも決して悪い話でもない…。

だが氾家の家長である父、氾史晴の意見は無視できない。

なにしろ、目にいれても痛くないほど溺愛している一人娘の大切な縁談話なのだから。

「ううん…、でも。
そうなると私の立場は難しいなぁ。
うかつに君を家に誘うわけにもいかない。
やっぱり今回の話はなかったことに」

「――は?」

「やっぱり招待は無し、だよ。
その代わり、君は君で聖誕節を祝えば?」

「私が?」

「そう。最低限、常緑樹を飾り付け、粑(ケーキ)に火を灯せば形は整う。
…君に出来ないわけないだろう?
そもそも万民が祝うのに咎められるいわれはないよ」

(…常緑樹に、飾り付け? 粑に火?
訳が分からん。そもそも何のために…)

「いや、急に家を上げての大行事など
お前の家のようにはできないが――」
方淵は戸惑った。

(そうだよね、いきなり敵家の娘を
正式に家に呼ぶわけにもいかないだろうし…)

「…簡単なことだけでもいいんじゃない?
ちょっとしたプレゼントを渡すとか。
要は一緒に祝う気持ちがあれば」

ニッコリと笑い、水月は頬を上気させ赤らめた方淵をにこにこと眺めた。

「…何を用意すべきなのだ…プレゼント――礼物とは。
ちなみに、貴様は何を用意した?」

「それは…もちろん内緒だよ」

「ケチな男だな」

ケチと言われて水月はむっとした。

「君にケチと言われるのは不本意だなあ。
…勿論私も最初は花とか菓子とか考えたけど、ありきたりなものじゃあ満足しないだろうし…」
水月は目をつぶって語る。
プレゼントを選ぶ時間は楽しい。
なにしろこの世に一つとばかりの美しい工芸品でもあり珍品の楽器が手に入った経緯は実にスリリングだったのだ。愛する妹にその美しい楽器をプレゼントすることを誰かに自慢したくてうずうずしている水月だが、やはり渡すまでは内緒にしておきたい。
そのとき、水月はハッとした。
『まさか方淵、紅珠の好きなものを聞きだそうというのか?』

「…でもさ方淵、君は君のサプライズを考えなよ」

「サプライズ?」

「不意打ちで喜ばせるんだよ。
相手を思う気持ちを表現するモノと驚きが最高の喜びに繋がるんじゃないかな。
まあ正直、行き過ぎは難だけどね。
…今年うちではトナカイを4頭も用意する力の入れブリでね」

「となかい?」

「枝分かれした大きな角が生えた、馬よりも大きな動物さ。
鯉の餌やりや好きだけど…あれはちょっと」

はぁ…と水月はため息をついた。

「不意打ち。…つまり、意外性か」
方淵は考え込んだ。

「あとは匿名性かな。
山ほどのプレゼント配る時は、白い髭と赤い外套の老人。いかになりきるか、ここは絶対ハズせないね。
めり~いくりすます、ほっほっほぉぅ~って。
親父まで練習させられてるよ…。」

「めりいくり…」
「だから、もっと大きな声で恥ずかしがらずに。
『めり~いくりすます、ほっほっほぉぅ~』って」

水月は驚くほど別人のように大きな声で叫ぶので、方淵は目を丸くし、
「…そ、そこまでやるのか」
さすが氾家のやることはスケールが違うと驚いた。

「そこまでの大規模な行事ともなれば、私一人ではどうにもならぬ…」
方淵は腕組みをした。

(トナカイとかいう大きな動物に、白い髭、赤い服の老人が重労働をし、大きな掛け声を?
…だがたしかにあの陛下のこと。当たり前のものではつまらぬと喜んではくださるまい。
思いもよらぬサプライズを演出できる企画力こそが臣下に求められる力なのだ)

腕組みをして方淵が考え込んでいる間に、水月はソソクサと立ち去りかけていた。

「…おい水月! もっと詳しく――」

水月は首を振った。
「方淵。君は君らしくしが一番さ」
水月は軽やかに微笑んで手を振った。

* * * * * * * * * *

その日、朝早く政務室の前に来た国王。
なにやら部屋の中が騒然としている。
「何事か」
と部屋に足を踏み入れれば、見慣れないものが部屋の中央に置かれていた。

「…あれは何だ?」
国王は後ろに控えていた側近に尋ねた。

それは大ぶりな松の盆栽だった。
白や赤の餅が枝に刺され、あちこちに赤い爆竹の束が結び付けられている。

「報告をしなさい!」

「朝きたらこれが置かれておりまして…
どうしたらよいのかわからず」

オロオロする官吏。

「松に飾り餅と爆竹? …よくわからんな」

「危ないですね。すぐに撤去しましょう!」

「いや、まて。様子を見よう――」

その時、政務室のドアがバタンと開いた。

ジャンジャン、ダンダンと打ち鳴らされる打楽器音に、ビクリと反応した者らは素早く陛下の盾となった。
狼陛下は無言のまま腰の佩きものに手をかけ、仁王立ちになって客を迎えた。

「めり~いくりすます、ほっほっほぉぅ~」

一際大きな声でその場にいたものは皆振り返る。

李順はメガネを指で押し上げ、目を細めた。

「――何事ですか!?」

赤い鼻を持ち、角の生えた恐ろしい形相の猛々しい動物の張りぼてを担いだ男たちが鈴や太鼓を打ちならし、その後ろから今度は鮮やかな赤い袍をまとった一団が現れた。
長い白髭を蓄えた老人たちが次々と重そうな沢山の荷物を担ぎやってきたのだ。

ドサリと降ろした荷物の敷布を剥げば、極上の硯石、銘墨、漉紙、筆などが山と積まれた盆。

だが、当の狼陛下の形相はすさまじく、その様子を見ていた側近の李順の背筋にゾクリと冷たいものが走った。

だが闖入者たちは『これが作法』とますますにぎやかに打楽器を打ちならしにぎやかに国王を祝うのだった。

冷たい視線で国王は太刀を振りあげた。
その時。

闖入者の一団の最後尾から
可愛らしい声が聞こえたのだ。

「めり~いくりすます、ほっほっほぉぅ~」

みな一様に、釘づけになった。

ピク、と反応した国王。
辛うじて刀を振り下ろすのを止めた彼の目の前にクルクルと飛び出してきたのは
白いフワフワの柔布で縁取りをした真っ赤な衣裳を身に着けた愛らしい妃。

真っ赤な頬はまるで衣裳に染められたよう。

陛下のために頑張る意欲満々の彼女は、方淵に教わったとおり『サプライズ』『役に徹する』とブツブツつぶやきながら、覚えたての異国の言葉を精一杯張り上げた。

「めり~いくりすます、ほっほっほぉぅ~
陛下、お誕生日おめでとうございます♪」

美味しそうな手作り菓子を携えた妃は
「聖誕節とかいう行事のお菓子は見たことないし、
はじめてであんまりうまくできてないと思いますけど
…ここで、火をつけましょうか?」と小首をかしげた。

火――?

(も…だめ。可愛すぎ)

火が付いた国王は
チンと目にもとまらぬ速さで刀を納めるやいなや
バッと彼女を抱き抱え、大股で部屋から退出をしていった。

「このような贈り物をもらってしまったのでは
今日はもう…仕事になりませんね
…それにしても。
誕生日、違うから――

いや、まさか。お世継ぎの…とか」

李順が吐いた言葉など誰も聞いてはいなかった。

end

ちなみに、氾家のその後ですが
紅珠は年末イベントで忙しく
水月さんは「方淵もシャイな奴だから」とその後の展開がなかったことにあんまり気に留めてなかったそうです。