狼のーかの花嫁(21)


引き続き、水・方・紅の演奏会から…。

もし、こんな贅沢なアンサンブルが本当に開催されるのでしたら
砂カブリのマス席で(?)鑑賞したいものでございます。

そして。へいかー かみーばー

【現パラ】【ファンタジー】【再開】
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狼のーかの花嫁(21)
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柳方淵の研究用ガラス温室の中は、
氾水月率いる(?)にわかごしらえの楽団の演奏会場と化していた。
方淵は二胡、紅珠は琴、そして水月の月琴。
三者三様それぞれの腕前もあいまって、それは天上の音楽のように美しく鳴り響いた。

夕鈴は夢見心地な空間で、老子に「魔カボチャのタネかもしれん」と云われた、不思議なタネを蒔いたプランターをジッと覗き込んでいた。

目の前の土が、ふるふるっと震えたかと思った途端、
今度は むく、むく…ムクっ と土が持ち上がり
キラキラした緑の芽が、茶色の土の合間から顔をだした。

大きな双葉が鎌首をもたげる様に土の中から現れた。
まるでノートを広げたような大きさ。厚みのある葉はただものではない。

三人の美しい合奏は佳境にはいり、楽の音につられるように、どんどんと双葉は展葉していった。双葉が伸びきると、今度はこれまた大きな本葉がその間から現れ、まるで特殊撮影の早回しのカメラで見ているように次々葉が生まれ、中心から太いツルが螺旋を描きながら鞭のようにしなりながらグングンと伸びて行った。

みるみる植物は育っていく。
夕鈴は驚きあっけにとられて見守った。

ツルは温室の床を這いまわり葉を増やし、今や温室は緑のじゅうたんで埋め尽くされた。
三人の美しい合奏にあわせ、葉擦れの音がザワザワと、
あたかも千の奏者による大合奏のように鳴り響く。

夕鈴は「これなら、収穫祭までにカボチャを実らせることができるわっ」と興奮し声を上げた。

長い長い曲も終わりに近づいていた。

それまで温室中をはい回りうごめいていたカボチャのツルがすうっと、力なく床に横たわった。
すると、一斉に葉擦れの音がやみ、静かになった。

方淵はキュっと弓を離すと、演奏の手を止めた。
すべての音が止み、あたりはシーンと静まり返った。

「ツルの…成長が、止まった?」
方淵がつぶやく。

魔カボチャと思われるタネから生えた親ツルは、夕鈴の足より太くなっているし、ガラス温室の内部は大かぼちゃの大きな葉で埋め尽くされていた。

ついさっきまでタネの姿だったのに、今や温室中を埋め尽くすほどに育ったカボチャ。
短い時間で爆発的に大きく育ってしまった

だがすべての動きは魔法切れのように終わってしまった。

「これで、終わりですか?」
夕鈴が尋ねた。

あたりはシーンと静まり返り、何事も起きる気配がない。

「――おかしい」
二胡を抱えた方淵がぼそりと声をあげた。

「へ?」

「つぼみが、つかない」

「あ!
そういえば、葉ばかり茂って、いっこうに実のつく気配がないですね
でも、それじゃあ困るんです。だって欲しいのはカボチャの実なんですもの!」

夕鈴は少し慌ててしまった。

水月は無言で、周囲に広がったカボチャの葉のじゅうたんを見回していた。

「土づくりの失敗? チッ…。それとも何かの必要成分を見落としていたのか。オレはっ!」

方淵はあわてて傍らのバインダーと鉛筆を取り上げ、パラパラとページをめくった。

「方淵、もうこれでお終い?
もしかして、あのタネは魔カボチャじゃなかったってこと?
それとも、何かの失敗でこの子の成長は止まっちゃったってこと?
水月さん、どう思います?」
夕鈴も蒼白になっていた。

『たった一つでもいい。魔カボチャが実りますように』…と思っていたのに。
一つも実がつかないのでは、全くふりだしに戻ってしまったことになる。

「君が言うように、不思議なタネから生えたというのなら、普通のカボチャとは違う理をもつ植物なのかもしれないよ。もうちょっと待とうよ」
水月はノンビリとしたものだ。

「ハッ、貴様はお目出度い奴だな!
この苗の成長は、もう止まってしまったんだ。
一日中、葉っぱ相手に楽器を弾いているがいい」

夕鈴もはっとなってあたりを見回した。
外をみれば日が陰りはじめ、もう日暮れが近い。

「夕暮れ時が訪れたね
…じゃあ。そろそろ、仕上げの出番かな」

水月は月琴を置き、懐から綾錦の袋を取り出した。

「笛?」
錦織の袋の中からでてきたのは、美しい細工が施された1本の横笛。

「お兄様は、楽器ならなんでも弾きこなすことができるのですわ」
紅珠がウットリと手を合わせて兄を自慢げに見つめる。

水月は構えると、端正な唇を拭き口にそっと当てて、息を吹きこんだ。

ひょうひょうひゅるりと透き通った笛の音が空気を切り裂き、あたりを震わせた。
それは世にも妙なる美々しい旋律だった。
夕鈴もぼおっとして聞き惚れた。

すると、太いツルの付け根の方でふわっと煙のように五色の光が立ちのぼった。
よくみると小さな膨らみが、ポコンと音をたて、葉の根元に生まれた。

一曲吹き終わり、水月は呼吸のために一度構えを解いた。

「…ね?」

水月の微笑みに、紅珠が感動して頷く。
「わたくし、感動いたしました! さすがはお兄様ですわっ!
ね、お妃様。素晴らしいでしょ、お兄様の笛は」

「ええ…本当に素敵な曲だな~って思います」
夕鈴は素人なりに、純粋な気持ちで感想を述べた。

「そういっていただければ光栄です」
水月はニコと笑うと、もう一曲、吹き始めた。

「ああ、とても素敵ですわ、お兄様!
この感動をお伝えするために、わたくしもご一緒いたしますわね!」

紅珠はそういって、涙ぐみながらも水月の笛に琴をあわせはじめた。

(この兄妹、天然だわっ!
電波系…?っていうかあっちの人っぽい)
と内心思いながら、夕鈴は美しい兄妹を眺めた。

「仕方あるまい。もう一曲だけ付き合ってやるか」
方淵が二胡の弓を取り上げた。
水月の笛に、紅珠の細い指で琴を掻き鳴らすグリッサンドの滑奏音で華やかな色どりを加え、そこに方淵の二胡でしなやかな旋律が絡まる。
三人の合奏が始まると最初、葉の付け根にできた豆粒ほどのつぼみは、美しい音楽に誘われるようにぐんぐんと大きくなり、夕鈴の顔よりも大きくなり…そのうち両手で抱えられないほど大きなつぼみに育った。

「わぁ…大きなお花が咲きそうですね!」
夕鈴は感嘆の声をあげた。

やがて花のガクの内側から黄色い花びらのつぼみが見えてきた。

「やった! これでカボチャができるんですね?
陛下に教えてあげなくちゃ!」

「馬鹿。良くみろ。つぼみは一つだけだ――」
方淵は演奏する音を止めずに叫んだ。

「へ?
――何か問題でもあるんですか?
そりゃ、たくさんお花が付けば嬉しいですけど。
魔カボチャは一つでいい、って聞いてます
あんまり欲張らなくても、一つで問題ないんじゃ」

「馬鹿者っ!
カボチャは雄花と雌花の二つが揃わねば、実を結ばんと
そんなことも貴女は知らんのかっ!
ハッ。それでよくも農家王たる陛下のお傍近くにいて恥ずかしくないのか。
これだから――」

「はあぁ?」

どうしてこうも、この男は人にケチをつけては喧嘩を売るのだろう――。
まったく腹立たしい。

だが彼の言うことは正論だった。

「雄花だけでは。実を結ぶことはない――?
それってどういう意味?
花は花でしょ?」

名家の娘として教養高き紅珠は、頬を染めて説明を取り持った。

「…花の中にも、幾百幾千の中からたった一つの素晴らしい出会いを求めて
このように花が男女分かれているものもあるのですわ、お妃様。
とってもロマンチックではありませんか?
まるで、陛下とお妃様の出会いのように――ああっ、私、想像してしまいましたっ!
お二人のなれそめはきっと――」

「ふんっ、花粉にロマンチックもなにもあるものか」
現実派の方淵が突っ込みをいれた。

「えっと、じゃあそれはそれで。
でもどうしてお花の雄雌が、方淵には分かるの?」

「見えれば分かるに決まっておろう!」

(だからいちいち怒らなくても…)

「とにかく、これは雄花だ!」と方淵。
「…雄花ですねぇ」水月
「確かに、わたくしにも雄花に見えますわ」と紅珠。

「…というわけだ! たとえ咲いたとしても実を付けることは絶対にない!
ハッ残念だったな」

「雄花には、実はつかないんですね?」

「当たり前だ!」

方淵に断言され、夕鈴はガッカリしてしまった。

水月も残念そうに笛を降ろした。

「もう、他につぼみがつく可能性は…?」

「分かりませんが。今のところその気配はありませんね。もう逢魔が時も終わりに近づきました…そろそろ魔法の時間切れです。これがもし本物の魔カボチャであるというのなら、日暮れから夜明けまでのランタンカボチャが活性化する時間帯はヒッソリと息を潜めていることでしょう」

夕鈴はジッと見つめていたが、動きを止めてしまった魔カボチャのツルには、それ以上一つとしてつぼみが着くことは無かった。

「…このつぼみは雄花だから、たとえ咲いても実はつかないんですね?
ようするに、ダメなんですね?」

「そうだ。
これで貴女にも、咲かせ、実らせる苦労が
少しは分かったであろう!」

世界一たくさんトマトが実っているギネスに挑戦中の方淵は、あと一歩というところで夕鈴に邪魔をされたそのことを、どうやらまだ根に持っているらしい。

安全なガラス温室を借りて
四苦八苦してようやく芽がでて、育ててみたけど、
今度は「雄花」一つしかつぼみをつけない。

「…もう、陽もくれてきましたし
今日はここまでにしましょう」

夕鈴はそう言わざるを得なかった。

これ以上三人を拘束していたところで、何か状況が変わるとも思えなかった。

「本当に素敵な音楽会でしたわね。お兄様。
…あの私、お腹がすきましたわ」

「紅珠、今日は父上の家によって夕餉をと言われているのだが」
「私もそうですの」
「そうか、では一緒に行こう」
氾家もこのあと家族団らんがあるようだった。

(…ああ。
そうだった。私、飛び出してきたままだった…)
夕鈴は帰る場所のある二人のやりとりに、チクリと胸を痛めた。

恨めしそうに方淵の方をチラリと見上げれば、怒ったような顔をして見返される。
「はっ。私も今日のデータ管理をまとめねばならん。
皆、一刻も早くこの温室から出て行ってくれないか?」

方淵にもすげなく言われ、
三人は立ち上がると温室の扉の方へと追い立てられた。

「はなはだ迷惑ではあるが、今日のところは陛下のためと免じこのカボチャの苗は預かっておいてやってやる。だが私も忙しい。とにかく一度、帰れ」
方淵に突き放されるように言い渡された。

夕鈴はカボチャの葉で埋め尽くされた温室をぐるりと振り返る。

「…せっかくここまできたのに――ダメだなんて。」
夕鈴は唇を噛みしめる。

兄と二人の帰り支度を済ませた紅珠。
「では、ごきげんよう、お妃様」
と愛らしい挨拶で別れを告げた。

夕鈴は必死に笑顔を作って、手を振った。

* * * * * * *

帰り路。
街灯が映し出す自分の細長い影を踏みながら
夕鈴はとぼとぼと歩いていた。

「…どこに帰ろう。
魔カボチャの実が付かないんじゃ…帰れない。
まだ陛下にお会いできない…
私って――役立たず」

街路灯に照らされた道端で、ついに夕鈴は力なくしゃがみ込んだ。
…ついに気持ちをこらえることができなくなった夕鈴は、膝を抱えて涙をこらえた。

目の前に影が落ちた。
夕鈴が見上げると、マントを目深にかぶった人が立っていた。

「夕鈴?」

へっ
そ、その声は――

「陛下っ?!」

まさか
まさか本物っ?

なんで王様自ら、こんな道端に出向いてるの――!?

夕鈴は立ち上がった。
伸ばした指先で顎にかるく触れられ、夕鈴はびくり、と背中をこわばらせた。

「だっ ダメっ! 近寄らないでくださいっ」

彼に口づけをされたことに驚いてキライといって飛び出してしまったけど…本当は彼のことを嫌いではない自分がいたことに、夕鈴は戸惑っていた。

彼の頼みの魔カボチャを持って帰ることで夕鈴は仲直りがしたかったのだ。

だが、唯一の希望だったタネには実がつかない。当てがはずれ、気落ちしている夕鈴にはまだ彼に合わせる顔がなかった…

「まだ怒っているのか?」
「いえっ!」
黎翔から顔を背けながら夕鈴はぶんぶんと首を振って否定した。
夕鈴は顔が赤らむのを自覚した。
涙がこぼれてしまう。

「ちがうっ違うんですっ! これは私の問題で…」

黎翔は低い声でつぶやいた。

「――まだ、怖い。か?
私が魔法使いだから?」

冷たい狼陛下の声に、夕鈴はますます涙がこぼれて仕方がなかった。

(陛下が魔法使いだってそんなの、全然関係ない。
陛下の役に立ちたいのに…
大嫌いっていっちゃったけど――陛下に、嫌われたくない)

言いたいことがうまく言葉にできない夕鈴は、
ただ切なくて涙があふれた…

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