狼のーかの花嫁(20)


こんばんは。一週間、あっという間でしたね。

さて
登場人物増えております。
(前回うっかり書いてしまいました。すみません)

お妃様の城出パート、いつ二人は再会できるのやら…。
氾・柳、相集い、ヘーカのために頑張るのです。
種まきの行方は…引き続き音楽会です。

【現パラ】【ファンタジー】【陛下不在】

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狼のーかの花嫁(20)
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「じゃあ、もう一度…、楽の音に集中して?」

水月はかるく目を閉じ、美しい横顔で弾きはじめた。
数小節の伴奏にあわせ、方淵が渋々と二胡の旋律を被せる。

「…さっきより、まし?」
夕鈴もコクコクとうなづく。
みやびなことには門外漢の夕鈴にも、これだけ繰り返し聞かされていれば、なんとなく良しあしも分かり始めるというものだ。

(水月さんの楽の音は本当に素敵だし…かといって、方淵も下手じゃなくて。
ううん。意外なことに、むしろすごく上手だと思うけど。
いかんせん、二人の息があってない感じよね…)

夕鈴は自分が弾けないくせに、心の中で二人の演奏を評してみた。

覆いかぶさるようにジッと例のタネを埋めたところを見守る。
プランターの土の表面は、先ほど夕鈴の草笛で発せられた攻撃のショックで陥没したままだった…。
じわじわと罪悪感が背中を這い上る。

「方淵。カボチャのタネって、蒔いてどれくらいで芽を出すものなの?」

「気温や環境条件にも左右されるが、通常は1週間程度だ」

「この調子だと、やっぱり時間がかかるのかしら。これ…。
もしかしたら、ただ大きいだけの普通のカボチャ、とか――
陛下の21歳の収穫祭まで、時間がないのに」

夕鈴はしょんぼりした。

「やっぱり、無理なんでしょうか…」

「まあ、そのようにおっしゃらず。もう少し気長に様子を見ましょう」
水月が優しく言葉をかけた。

その時、温室の外から「…お兄様?」と女性の声がした。

合奏の音が途切れ、
それまでうっとりと目を閉じて演奏していた水月が
パチッと目をあけて顔をあげた。

「――その声は、紅珠?」

「はい」
楚々とした少女が、侍女2名を伴い、温室の外に立っていた。
涼やかな声は凛として響く。

「…どうしたんだい、紅珠。こんなところまできて」
水月が目を丸くする。

「ハッ、こんなところで悪かったな」方淵がイラっとした表情を見せた。

「お兄様にお見せしたいものがあって研究室にお寄りしましたら、
チューちゃんが泣いてましたの。お兄様はどこかしらとあたりを探しておりましたら、外から月琴の音が聞こえてきて…私、すぐにお兄様の音と分かりましたわ。
お兄様、こんなところにも出入りされるのですね」

「…こんなところで悪かったな」
方淵がさらにブスリとした表情になる。
眉根の皺はますます深まるばかりだ。

「失礼いたしました。お妃様、妹の氾紅珠です」
水月が彼女の手を引き、紹介をした。

「お妃様っ!? あの?
狼陛下の唯一といわれる?! まあっ光栄ですわっ!
こんなところでお会いできるだなんて――。
お妃様。はじめまして、紅珠と及びくださいませ」

頬染めて両手を揃え、恭しくお辞儀をした美少女をみて、夕鈴は驚いた。

「…かっ…かわいいっ!?
(ほっそー、ちっさー、美少女―っ?!
ほんとに同じ人間っ?! )」後半の言葉はあわてて飲み込んだ。

立ち居振る舞いの優雅さ、華やかでおっとりとした仕草をみれば、筋金入りの箱入り娘と分かる。
…さぞ良いところの家柄のお嬢様に違いがない。

「はじめまして」
夕鈴はドキドキしながら答えた。

差し出した手を握れば、節もない白い細い指はほっそりとしなやかで、働き者の夕鈴の手とは月とすっぽんだった。

「どうか仲良くしてくださいまし」

彼女の眩しい笑顔にクラクラする夕鈴だった。
紅珠はそんなことも気にする様子がなく、愛らしい微笑みを浮かべて兄の方へ振り返った。

「そうそう。お兄様、チューちゃんが…」

「ちゅー ちゃん?」
夕鈴が首をひねると、紅珠は袖のなかから小さなツボを取り出してみせた。
「ああ、この子ですわ」
ツボを受け取りフタをあけると、中から小さなタコが出てきた。

美少女の美しい白い手の“それ”は、あまりにも不釣り合いな取り合わせだったが、『紅珠ならもう何でも許しちゃう』と思ってしまえるような雰囲気がそこにはあった。
夕鈴はさらにクラクラとした。

「貴様、この温室に、――その邪悪なる存在を持ち込むな!」
方淵が怒ってギャアギャアとまくしたてた。

「ああ、紅珠。手間をかけたね…方淵。大きな声で妹がビックリするだろ?」

水月が妹の手からこれまた雅やかなしぐさでタコを受け取る。
受け取ったタコを方淵の鼻づらまで近寄せた。

「…ほら、危害を加えるような子ではないよ、安心したまえ」

方淵は真っ青になって、動きが止まった。

意外な取り合わせではあったが…天然・美青年が持っても、それはそれでキマルから不思議だった。

(…そういえば以前イケスの研究室に行ったとき、見かけたタコ、よね)
夕鈴は思いだした。

「どうやらお散歩の時間だったのを置いてけぼりにされて、拗ねてるみたいだね」
水月は白い指でタコの喉元をくすぐるように動かすと
タコは気持ちよさそうにゴロゴロとすり寄る。

「しゅ、シュールだわ…」夕鈴は思わず目が離せない。

「水月、貴様っもう一度言う。
その様に邪悪なものを、この温室に持ち込むな!
陛下の大切なものをお育てしている最中に、なんという――」
方淵は怒っているのだが、その顔は青ざめ、額には脂汗が浮いている。

「方淵、あなた。具合でも悪いの?」

「…この子は大丈夫だよ。
邪悪な力なんて持ってない――そういう子なんだ」
水月は掌の上にタコを乗せてふんわり笑った。

「…とにかくっ! それを仕舞えっ!
私の温室にそれだけは許せんっツ!」

方淵は耐えられないとばかり、水月の背中を押した。
その拍子にピョイっとタコが宙をまった…

「ひやぁあっ――!!」
方淵がらしからぬ奇声をあげて、飛びずさった。
…カタカタと震えている。

「タコだけは、やめろぉっ!」
方淵が情けない大声を出した。
夕鈴は方淵の意外な一面を見て目がしばたたかせた。

「――もしかして、方淵。君、タコ、苦手なのかい?」

「う、うるさいッ!
エビルなデビルであろうがっ!
その生き物だけは許せん。とにかくお引き取り願おう!」

口では必死に否定するが、方淵の顔色の悪さは尋常ではなかった。

「ははは、すまない。では連れて帰らせよう」

水月はあくまでもエレガントに表向きはにこやかだった
…だが情報収集家としての彼の脳裏に『柳方淵、タコに怯える』というデーターはしっかりと書き加えられた。

水月は悪びれる様子もない。

「…紅珠、きみの侍女の一人にこの子を私の研究室まで届けさせて。
それから、君の楽器は出せるかな?
もし君がよかったら一緒に合奏してほしいのだけど――
お妃様のために。ひいては陛下のために
とっても役にたつことなんだ」

「――はい」
詳細はわからずとも、紅珠にこの美しく優しい兄の頼みごとを断わることができようか…否。一も二もなく合奏に加わることになった。

不思議なことに、紅珠が温室の外に待たせていた侍女たちに声をかけると、大きな琴がすぐに温室に持ち込まれた。小さなタコつぼはお引き取り願われたらしい…。

紅珠の楽器は象嵌し螺鈿細工が施された美しくも繊細な琴だった。

――(こんなものを侍女さんたちはいつも持ち歩いているの?
いいところのお嬢様ってそういうもの…?)
と夕鈴は頭をひねったあと

(…あ! もしかして。
これが魔法ってもの?)――と夕鈴は得心した。

魔法使いは普段、迂闊に人間の前では魔法を使うことはないけれど
ここでは当たり前のように使われているらしい。

「ちっ。…とにかく、まだこの先どうなるかもわからん。
急いだほうが良いのでは」

方淵は嬉しくなさそうだが、陛下のための仕事ならば全力で取り組む姿勢は明白だった。

月琴の水月、二胡の方淵、琴の紅珠が
夕鈴が抱えているプランターの周りに座り直す。

「では、始めるよ?」

息をあわせて弾きはじめれば、
なんともまばゆく豪華な顔ぶれの奏でる音楽は、先ほどとは雲泥の差。
紅珠の美しくも華やかな琴の音が、ギクシャクしていた二人の間を取り持ったのだろうか。

うっとりと夕鈴も聞き惚れる。

すると、ムク…、とプランターの土が動いた。

「…あ!」

夕鈴も興奮して思わず声をあげた。

「芽が、でましたよっ!!」

*