狼のーかの花嫁(18)


この連載は、登場人物が多いです。
主要なキャラは網羅してみたい…
…というわけでもないのですけど、いろいろな方が書けるのは楽しいです。

そしてなんといっても、元気なヒロイン夕鈴が頑張っております。
なのに、なかなか陛下が出てきません。
出ていらしてもチラッと…早くホクホク甘々栗カボチャしないといけませんね。
もうしばらくお待ちください。

ファンタジーというと、どうも設定懲りすぎますか?
でも、それが今回の主眼なので許してやってくださいませ。

そういう設定でも狼陛下らしくあれば
してやったり、です…。

何分ぶっ飛んでるので、ご無理はなさいませんよう。
自分の楽しみで書かせていただいております。

そろそろ(伏線が)育ってきたので収獲しながら――。

【現パラ】【ファンタジー】【陛下農業大好き設定】

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狼のーかの花嫁(18)
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「…どういうこと?」

帰ってみれば、ビルは停電中。
やっとのことで部屋に戻れば、陛下の農園は荒れ果てている。
夕鈴は驚きを隠せなかった。

夕鈴は走り回って確認した。

花々は散り、陛下が耕していた畑の畝は崩れ、空から焼夷弾でも落ちてきたのか黒々とした消し炭と変形した異形の何かが散乱している。散乱しているそれは、良くみればとても気味悪い何かで、畑だったあたりの周辺をウジョウジョ這いまわっているのだ…。
今まで見たこともない異形のもので、虫とも動物とも判別できない。その上鼻が曲がるような汚臭がするものだから、醜悪なその姿と相まって夕鈴は立ちすくんで近寄ることができなかった。
鳥小屋は形骸すら残っていない。朝を告げた雄鶏、卵を産んでいた雌鶏たちはいったいどうなったのだろう?
陛下と二人で食事をとった机や椅子も粉々に砕け、「今度はピザを焼きましょう」と言っていた立派な石釜も、崩れ落ちた煉瓦の一つ一つ、どす黒く気味悪い色と形だし、重い鉄の扉は半分溶け落ちたようにドロドロに変形し、外れて傾き落ちていた。

というより、そこら中が、何となく『違う』のだ。
元とは少し違う形。
元とは違う、色
あれほど気持ちよい場所だった天空農園が、今や禍々しく荒れ果てた場所に代わってしまっていた。

「何かあったの?
まさか――誰かに攻撃された、とか?」
夕鈴は青ざめた。

最初は冗談かと思った。
王様はホーキで空を飛ぶし、自分はカボチャに食べられるし。
お湯を目の前で沸す老子や、不思議なカボチャのために四苦八苦している魔法使い農家たちを目の当たりにすれば、夕鈴としても何となく信じざるを得ない。
それもファンタジーのフワフワした世界かと思えば、生き死ににも関わる結構タフな話だった。

『…とすれば、これは魔法使いの王様に対する、攻撃――?』

夕鈴は思わず見えぬ敵を睨みつけた。

「へっ、陛下の大事にしてたものを、こんな風にしたヤツは誰っ――!?」

ズシズシと歩くと、空に向かって吠えた。

「ヘーカはあんなに一生懸命だったのにっ!…こんなふうに台無しにしてっ!
食べ物を粗末にするなんて勿体ない。卑怯者~!」

夕鈴はハァハァと粗く肩で息をした。
大声で仮想敵に怒鳴って少しだけスッキリすると、今度は手元のタネをどうしようか、と思い出す。

「この子を育てないといけないんだっけ…」

こんな消し炭のようになった気持ちの悪いモノがうじょうじょしている畑の土で育てても、良いモノだろうか…。
夕鈴は困ってしまった。
「そうそう。発芽にはまず水がいるわよね」
慌てて部屋に戻って洗面所の水栓をひねるが、水が出ない。

「――あっ。停電中だから? 水も出ないの?」

夕鈴はしょぼんとした。

収穫祭までに、とにかく時間がない。
通常の作物なら、9日やそこらで収獲できるわけはない。
だけどここは魔法の国で、老子が応援してくれるのだから、なんとかなるのかもしれないし、ならないかもしれない。

「とにかく、取りかからない限り、結果は出ないから、
最初からあきらめちゃダメっ!」

夕鈴はペチペチと頬をたたいた。

ビンの中からタネを出す。

「でも、陛下の一番傍ちかくの場所だから
ここなら出しても大丈夫、かしら?」

老子は、『これは特別なタネじゃから、陛下の御元か、確実に安全なところで育てるんじゃ』と言っていた。それから老子は『陛下とお主以外に、このタネを触れさせるでないぞ』
とも言っていた。

外の畑には魔カボチャの敵ともいえる魔封じのカボチャがゴロゴロしているから迂闊に外の畑で育てるなんて危なすぎることくらいは、夕鈴にもなんとなく状況が分かって来ていた。

素手で触れれば、すべすべとした表皮は心地よい。
見ればみるほど、大きい。
「これが、魔カボチャのタネなの?
また大きくなったみたい…」

もう、握った拳の中には納まらないほどになっていた。

(タネをまく前に大きくなるなんて、聞いたことがない。
だから、きっとこれは魔法のタネなんだ)と夕鈴は納得した。

「この調子だと、すぐに芽が出ちゃうかも…
急いで植えてあげなきゃいけないけど…水も出ないし。
土も気持ち悪いし、ここじゃあ無理そう…」

周りを見回すと、やはりウジョウジョと土がうごめいていた。

これがもし、禍々しいものであったら、この貴重なタネを台無しにしてしまうかもしれない…。

「じゃあ、どこでこの子を育てたらいいの?」

――夕鈴の脳裏に、一つの場所が浮かんだ。

「ガラスで囲まれた、あそこ!!
あそこなら、安全に育てることができるんじゃない?」

* * * * * * *

夕鈴は決断した。
このタネをもって、あそこに行こう。
そしてなんとか力になってもらう――。

大きくなったタネは両手で包むほどの大きさになっていた。
早くなんとかしてあげなきゃ…。

バルコニーにある農園を挟んだ向こう側は、黎翔の部屋だった。
夕鈴は陛下の部屋をちらりとのぞいた。

重たいカーテンが下りていて、人の気配はなかった。

「陛下がそこにいらっしゃるわけないし。
だって。さっき陛下は出て行ったんだもん…」

ビルの入口で出会った彼は、冷淡だった。

『彼女が行きたがるところに、送れ』と陛下は徐克右に命令を下した。

それは裏返すと夕鈴にとっては『どこでも行きたいところに行けばいい』と突き放されたのだと思った。

もう君には用はない、と言われたような気がして
夕鈴の胸にちくりと刺さった。

――陛下は、私が魔カボチャを探すのは無理だと、見限ったんだ。
陛下はいちいちバイトになんかに関わる立場じゃないから
だから、役に立たない私を、克右さんに任せたんだ――

と、夕鈴には思えて仕方がなかった。

「陛下に大っ嫌いって言ったのは私。
陛下のとこから飛び出したのも私。
何の役にもたたないで…
…陛下に嫌われても、当然――」

荒廃しきった畑。
冷たい陛下の横顔。

(呆れられた?
嫌われた?
それとも、目にも入れたくない…とか)

「それほどに、お怒りなんだ。
もう、ヘーカは
私のことなんか見限っちゃったんだ…」

急に悲しくなって、夕鈴は泣きたくなった。

思わずボロボロっと涙が溢れ、夕鈴の頬を伝った。

思わず両手で顔を覆う。
…その手にカボチャのタネが握られていた。

夕鈴の涙に触れたカボチャのタネが
ちいさく震えた。

むくむくと膨らみはじめ、
夕鈴は驚きのあまり涙が止まった。

「きゃっ!?
芽?
芽がでちゃうーーーっ!!」

ぎゃーっ
と慌てた夕鈴。

夕鈴のセンチメンタル・タイムは強制終了した。

ビンの中にタネを戻そうとしたが、
もうビンには入らないサイズまでタネが拭くらんでいる。

外に持ち出すにせよ、退魔カボチャだらけの外で
迂闊に外気に触れさせるわけにはいかない

でも、もうビンに入らない。
万が一、途中で発芽したら…芽や根を痛めたらおしまいだ!

「な、な、何かタネくるむものっ!
綿? わたみたいな…!!」と自室に駆け込んだ。

大っ嫌い!と叫びながら、振り回し、陛下にぶつけて、中身の羽毛をぶちまけた、今朝の光景が夕鈴の脳裏にフラッシュバックした。

…枕!

慌ててバルコニーを横切り、自分の部屋に飛び込む。

部屋の中は綺麗に掃除されチリ一つなく、元通り。
枕は、ベッドメイキングが施された寝台にきちんと二つ置かれていた。

夕鈴はあわてて枕の一つをひっつかむと、口でくわえ、ビッと片側の縫い目を裂いた。
ブワっと羽毛が巻き上がる。
夕鈴は細かい羽毛を吸い込みそうになり、ケホケホしながら、フワフワの羽毛の中心にタネをそっとしまい込んだ。
縁日の綿菓子よろしく膨らませた枕の縁をぎゅっと紐でくくると、上からテーブルクロスで包んで、斜め掛けに背負った。

部屋を飛び出すと、再び階段で18階から一気に駆け降りる。

夕鈴は速攻で目的地へと向かった。

「めざすは、偏屈なポニーテール男の居た、ガラス温室よっ!!」

きっと、眉間にしわをよせて、盛大な嫌味を言われるだろう。
だけど、この際そんなことには耐えてみせるわ!

トマトのギネスを狙うといっていた。
なら、栽培のスペシャリストに違いない。
ガラスに囲まれた大温室もあった。
このタネを育てる方法。あの男なら絶対知ってる!?

それは正直、根拠のない勘だった。
だが夕鈴は自分の勘に賭け、走った。

――そんな彼女の様子を見てクスクス笑いながら
余裕で彼女の後をつけている存在も知らず。

* * * * * * *

その頃。ビルの停電復旧のために
狭い場所に大きな体を窮屈そうに押し込めて、作業を進める男が居た。

「うわっ!」
時折、魔法の痕跡にブルッと震え、青ざめながら冷や汗を拭う。

にじんだ額の汗をぬぐいながら、克右は魔法の痕跡をたどって電気の通り道に支障をきたしている部分の作業を進めているのだが、どこもかしこも回路はズタズタで、簡単な修理では済まなそうだった。

「あー、もう。
これも焼き切れてる…」

今回の収穫祭は特別だ。そのため国王に対して不満を持つ反国王派の動きが活発化していた。

最強の魔王の再来、いやそれを凌ぐ魔力の持ち主といわれる狼陛下。その21歳の公開評議が迫る中、魔力で屈服させる冷酷な狼王に対する闇商人の造反――それが克右の追っているヤマだった。

「…闇商人のやつ、いつもいつも手こずらせやがる。
はやく引っ付かまえてこの件片づけんと、いつまでたっても軍部に戻れんぞ」
克右はブツブツと文句を言った。

狼王の悪口を流布する闇商人の跳梁跋扈。
今回のビルの停電も魔法攻撃の疑いがあったが、調べてみれば何のことはない…。

外部から侵入したであろう魔法の形跡は、ごくごく些細なものだった。

進入経路もごくありふれたもので、通常なら警備の隠密の守備範囲のものに違いない。
だが、調べてみれば残っているのは狼王の恐ろしい魔力の痕跡ばかりだった。

狼王は、といえば。
その魔力は伝説の闇の魔王アングマールを凌ぐとまで言われている。

古き世、アングマールは人の王だった。だがひときわ強大な魔力を手にした彼は魔の心に染まり、いつしか魔王と呼ばれるようになった。アングマールの魔王は剣を手に恐ろしいまでもの魔力で周囲に恐怖を撒き散らし、氷結も解氷も思いのまま、沢山の国を滅ぼしたと語り継がれる。

「ネズミを追い払うにも全力か…。
もしくは、何か余程むしゃくしゃされていらしたのやら?
どちらにせよ、相手の小物には、気の毒なことだったな。
くわばらくわばら」

ビルの内部の配線はズタズタで、相当複雑な修理が必要と分かり、克右はもろ手を挙げて座りこんだ。

「チマチマ魔力を使って何かを探る仕事ってのは、やっぱりオレの性に合わん。
軍部に早く戻りたい…」

克右は一息ついて考え込んだ。

――あのお方と出会ったのはまだ辺境軍に居た頃だった。
あの方はすでに若くして自分の魔力の大きさを知っていらした。
だから常に他人と距離をとり、自分の作ったものは誰にも分け与えなかった。
あれほど畑づくりが好きで、農業が大好きな御方が、
作ったものを誰にも食べさせられないというのは、皮肉なもの――。

狼王の悪口は、根拠がないわけではない。

強大な魔力は触れたものを闇へと誘い、そのものの質を変えてしまう。
迂闊に与えれば、
軟弱な魔力の持ち主は正しき心を保てなくなるのだと、あの方は言っていた。

変容しおぞましい闇へ落ちたら最期、生きる幽鬼となり果てる。
それゆえ異形のものに対し、狼王は冷酷にその存在を絶つまで殲滅するのだ。

狼陛下の戦いぶりといえば実際恐ろしくて目を開けていられないほどの光景であったし、それが『冷酷非情の狼陛下』と呼ばれるゆえんでもあった。

誰もがその計り知れない大きすぎる魔力を恐れて
誤解も流言も多いが、あの方はそれを全く気にも留めない…

「だから、闇商人の口車にみな載せられるのだ」
はぁ…と克右はため息をついた。

通常の収穫祭では、
クライマックスは退魔カボチャとの魔法戦だ。
これは例年国民みんなで行う行事で、退魔カボチャは収穫祭の魔法戦を通し、最終的に完熟し、甘くてホクホクの最高級カボチャに仕上がる。

国土一面に広がる農地で保護されている恐ろしいランタンカボチャは、魔力を吸い取り魔法使いを時には殺してしまうほどの恐ろしい敵ではあったが、収穫祭を経れば、この国の最大の収入源に変る。まさに宝の山でもあった。

だが、今年の収穫祭は違う。
王21歳の公開評議のため、ランタンカボチャは国王一人と戦うのだ。
この恐ろしい魔力を持つ狼王一人が、国中のランタンカボチャを戦わせれば、きっと今年一年の収入を台無しにするに違いない、と闇商人たちは触れ回っている。

「そんな馬鹿な。
今年のランタンカボチャこそが、歴史に残る最高級品に仕上がるはずじゃ!」

老学者が太鼓判を押そうと、
伝説の魔王クラスの魔法対決と聞いただけで、ランタンカボチャを台無しにすると決めつけられた狼陛下の悪口は絶えず、人々はみな闇商人たちの流すウワサに心を惑わされていた。

つまりこの国の特産品、白陽カボチャの前評判は、風評被害著しい状況であった。

――にしても。
今回のビル内部に関しては、まるでテロにあったかのような惨状だ。

それも侵入者による害というより
行き過ぎた防御と徹底的な敵の殲滅により、現状に陥っている可能性が高かった。

(あのお方にしては、何か腹の居どころでも悪かったのかな
お怒りを爆発させたに違いない…)

「李順殿が嘆くわけだ。
全く。あの御方の気まぐれには振り回される」

克右は笑うしかなかった。

*

狼のーかの花嫁(17)


遅くなりました、更新です。

せっかく前回魔王様が顔をだしたのに、被害最小限で台風一過。
魔王様ご不在のまま夕鈴サイドでお話は進みます。

はたして夕鈴はタネを育てられるのか――?

【現パラ】【ファンタジー】【夕鈴、戻る】

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狼のーかの花嫁(17)
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夕鈴は自分の部屋に戻るという。
ビルの中に入ってから、彼女は口数が少なかった。

エントランスに入ると、徐克右という大男が言っていた通り、ビルの中は停電していて暗かった。受付ブースの画面も真っ黒なまま。あわただしく人が行き来し、受付嬢が急きょ連絡先一覧のファイルを見ながら様々な連絡を携帯でとりながら対応に追われていた。
「なるほど…。こりゃいかん」
克右は頭を掻いた。

「徐…さんでしたか?」

さきほど陛下がそう呼んでいたと夕鈴は思いだす。
「克右(こくう)でいい」大柄な男はニカと笑った。

「じゃあ克右さん。お仕事はいいんですか? 停電で呼ばれたとか…」

「まあ、女の子一人送る時間がないわけじゃないさ。
気にするな。つき合うさ」

飛び出して戻る夕鈴からすると、いろいろバツの悪いことばかり。克右に迷惑をかけるわけにはいかないと遠慮していたが、克右のおおらかな口調でそういわれると、押しつけがましいわけではないのに、なんだか断れなかった。
「すみません」
エレベーターも動いていなかったので、夕鈴と克右は非常階段で18階まで歩いて上がって行った。
周り階段をグルグル廻りながら、もうどれだけ上っただろうか。
夕鈴は突如踊り場に立ち止まった。

「娘さん。さすがに…疲れかい?」

「もういいですよ。仕事に行ってください」

「それが、そういうわけにもいかん。
あのお方に『行きたいというところまで送れ』といわれれば、部屋の前までは送らないわけにもいかんからなあ」

「すみません」

「なに、謝ることじゃないさ。こんな時だし、見届けるのが紳士の役目さ」

電気道具の入った重たいカバンをガチャガチャ言わせながら、肩に背負いなおした克右。
夕鈴は申し訳なさそうな顔をした。
ようやく18階の防火扉が見えたとき、夕鈴はすっかり疲れて足取りも重たくなっていた。

「着きました」
防火扉を開けると、豪華な絨毯の敷かれたフロアだった。
夕鈴が一歩踏み出したのを克右は見送った。

夕鈴は左手に小さな小瓶を握り締めていた。克右は彼女の背後からそれをジッと見つめていた。

「娘さん」
「――はい?」夕鈴は振り返る。

「…うん。意外ではあるが悪くない」
克右はうなずいた。

「はい?」夕鈴はキョトンと見返した。

「――ずいぶん厳しいだろうが、影ながら応援しとくとするよ」

「え?」

「あの方のこと、よろしくな!」

「は?」
(だから、何なのよ――!)
何か誤解されているのだろうか。夕鈴は少し苛立った。

「その手にあるのは、愛の結晶、ってやつだろ」

といわれて、ガーン、と夕鈴は衝撃を受けた。

(…この人、このタネについて、何か知ってるの?
まさか――物知りの老子だって、魔カボチャについては謎だらけで、確証は持てないっていっていたのに…

あ、愛の結晶とか
…なんか、勘違いしていませんか?)

夕鈴は慌てた。
二人の間に何か既成事実があるかのごとく思われたことが恥ずかしかった

ジタバタと混乱し動揺している彼女をよそに、克右は一瞬顔を曇らせた。

「女は王に災いを招く。
そして その女たちも大体が不幸になった。
…あんたは『王を堕落させた』 などと言われないでやってくれよ?」

ほんの一瞬だったが、怖いような悲しいような雰囲気は
先ほどまでの気のいい大男とはまるで別人のようだった。

「――――」
過去におきた何かが、彼にそういわせているのだろうか。
夕鈴には皆目分からない。
だから彼女には答えようがなかった。

克右はニカっと笑った。

「じゃあな、ここまでだ。
あとは、うまくやれよ」

彼は夕鈴に向けて背筋を伸ばすとカカトをカツンと揃え、仰々しい礼の姿勢をとった。

夕鈴は「そんな、偉い人にするような礼とか! や、止めてください!」と言ったが、
克右は姿勢を崩さなかったので、夕鈴は渋々と自分の部屋の方へと向かった。

彼女の部屋に戻るところまでを見届けるのが彼の仕事なのだと夕鈴は暗黙裡に了解した。

長い廊下のその先にある部屋。彼女は迷うことなく扉に手を掛け、克右の方へ顔をむけるとペコリと頭をさげ、室内に消えてパタンと扉を閉じた。

彼女が室内に入って再び廊下がシンと静まり返った。

突然、あらぬ方から声がした。
「――おい、軍人さんよ。こんなフロアまで何の用カナ?」
からかうようなこの声…

「…お前さんか」
克右は目をつぶってため息をついた。

ふっと陰から、小柄な男が姿を現したのを見ても克右は動じなかった。
「あいにく、今はしがない電気工事職人さ。
お前さん、浩大、だっけ?」

浩大と呼ばれた小柄な男は好戦的な構えを崩さない。
「ふうん。電気工事職人ねぇ。諜報部ってのは守備範囲が広いヤ」

「ご挨拶だな。何の用だ、隠密?」
克右の目つきも変わった。

「――あんま、あの子に余計な話とかすんなよ? 軍人サン」
脅すような口調。

「あの方に『彼女を送れ』と言われただけだ」
克右は鷹揚に答えた。

「じゃ、任務完了したら、さっさと『自分の』仕事に戻るんダネ。
アバヨ!」

ピラピラと手を振る小柄な隠密に、フロアを追いだされた克右は憮然とした表情で、肩の道具袋を担ぎなおすと非常階段から再び配電室に向けて降りていった。

* * * * * * *

夕鈴は、左手に握り締めていた小瓶を目の前に近づけた。
大きなタネ。
老子はこれこそが幻の魔カボチャのタネだという。

収穫祭はもう9日後。
収穫祭で行われる陛下21歳の公開評議までに、何としても形よく色つやよく大きな魔カボチャを育てなければならない…。

「本当にそんなことができるのかしら…」
でもここは魔法の国。

(陛下のお役にたちたい)

おまえさんならできるじゃろうという老子の声が耳に響く。

夕鈴は意を決して、部屋の南に面したバルコニーに出る窓に駆け寄り、扉を開け放した。

上空の強い風が髪をさらう。

ここの陛下の天空農園で、このタネを育ててみよう、と夕鈴は思っていたのだ。

ところが、バルコニーに出た夕鈴は、あたりを見回して愕然としてしまった…。

――なにもかもが変わっていた。
ニワトリの声は途絶えていた…

まがまがしいほどにゆがんだ奇妙な黒い物体と
打ち砕かれた石窯の名残。

つい今朝まで
みずみずしい野菜や青々とした葉が茂っていた。

あの美しかった陛下の畑が
無残に荒れ果てて…

*