狼のーかの花嫁(16)


ゴールデンウィークも終わりですね。

明日からは平常。さあ、早く寝てください!!

 

 

さていよいよ

魔王さま、降☆臨!

 

【現パラ】【ファンタジー】【カボチャ】

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狼のーかの花嫁(16)
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もうそろそろ陽が落ちかけていた。

老子の小屋から戻った夕鈴は、白陽研究都市の中央に位置する白亜の宮殿(ビル)の前に居た。
今朝「陛下なんか、大っ嫌い」と叫んで、飛び出した場所に戻った夕鈴は、入ろうか入るまいか散々迷った末、
結局バツの悪さに耐えられず、クルリと向きをかえ来た道を戻りかけたところ、
不注意で背後から来ていた大男の胸にまともにぶつかってしまった。

鼻をしたたかにぶつけた夕鈴は、
それでも必死で目には見えない『額の印』とやらを隠そうと両手で顔を覆った。

分厚い手で肩を支えられ、なんとか転ばずに済んだ夕鈴だったが、
背後から突如飛んできた、恐ろしい声だった。

「…その手を離せ、徐、克右!」

「――へ?」夕鈴は振りかえろうとしたが、大男の影で視界がふさがれていた。

(でも、この声は…? へいか…?)

夕鈴の肩にかかっていた手は瞬間的に浮きあがりその形のまま克右と呼ばれた男は硬直した。

克右と夕鈴の二人とも、思わずゾクリと背中を寒気が走る。

わけもわからぬ恐怖が忍び寄った。
地の底から凍えるような冷気が吹きぬける。
胸を締め付けられるような圧迫感に周囲は書き曇り、黄昏時の街が一気に暗黒に包まれた。

夕鈴は周囲の様相の急変を呆然と見回した。

声の主の方に恐る恐る目を向けた。

克右と呼ばれた男の背中越しに、遠くで稲光が光った。
カッと瞬くその眩光に、夕鈴はシルエットを見た。

「…克右」

「――はっ」

もう一度名を呼ばれた克右は、ハッと我に返り素早く膝を折り、頭を下げた。

 

あっけにとられたまま立ち尽くしていた夕鈴は、声の主の視線にさらされることを恐れ、目を閉じて顔を背けた。今、彼を恐れているくせに、なぜか体が熱くドキドキしている自分に夕鈴は驚いた。

 

暗黒の世界の中で、凍り付いたように世界が止まっていた。
動揺する彼女をよそに、克右は声の主にたいして最上級の礼を尽くした態度を取った。

「陛下に置かれましては…」

「儀礼はよい。そこで何をしている」

「はっ。本社で先ほど大規模な停電が発生したため整備に呼ばれました」

「その仕事の前にお前はここで何をしているのかと」

「この娘さんとここでぶつかり…」

夕鈴は黎翔の様子にハラハラして、思わず口を挟んでしまった。

「違うんです、私がぶつかったんです。不注意だったのは、私ですっ!
この人は悪くありませんっ!」

ビリっと空気にすさまじい電気が走った
雷鳴もなくいきなりピカッとまた稲光が…?

「きゃっ!」夕鈴は耳を塞いで地面に伏せた。
克右は自分が貫かれたかと一瞬思った。

だが、二人とも命に別状はなかった。

ほっと胸をなでおろす克右。

(なに、今の。 …空中放電?)夕鈴はボンヤリあたりを見回した。

黎翔は、彼女の方に向けて声をかけた。

「夕鈴」

名前を呼ばれて、夕鈴はビクッと肩を震わせた。

二人が知り合いであったことに驚いた克右は、そっと夕鈴の方を盗み見た。
両手をだらりと降ろした彼女の額に光る印が見えた。

(――げっ、もしかしてこのお嬢ちゃんが、例の…?)

克右は一瞬で蒼白になった。

(やべー、おれ。このお嬢ちゃんの肩触れちゃったよ…)
克右は大量の汗をかいて、しまった顔を張りつけた。

一方夕鈴は震えていた。

 

ゆうりん

 

それは、感情を抑えた抑揚のない声だった。
なのに、夕鈴は名前を呼ばれた瞬間、何とも言えない気持ちが胸を締め付けた。

(なんて冷たい声なんだろう。
なのに、どうして私はこんなに…)

訳も分からずファーストキスを奪われた。

――大嫌いといった。

大嫌い。

大嫌い…でも、好きなんだ。

口づけされて嫌だったんじゃない。

 

嫌いなのは、女ったらしの陛下。
そう。あまりに手慣れたしぐさが憎たらしかったんだ。

彼が好きでもない女の子でも簡単に寝台に押し倒して口づけできる
女ったらしなところが悔しかったんだ―――と

夕鈴は気が付いた。

 

「夕鈴…」
黎翔が一歩近づいた。

夕鈴は目をギュッと閉じたまま動けない。

彼女が逃げださないことを確認した黎翔は、さらにゆっくり近づいた。
そのまま彼はうつむいている彼女のほほにそっと手をのばし、サラリと髪に触れた。

「…元気か」

夕鈴はバッと一歩あとじさった。

「だ――ダメです!」

合わせる顔がない。
まだ顔が見られない。

夕鈴の心臓はバクバクと踊り、頭に血が上った。

「まだ、怖い か――」
黎翔はつぶやくと、小さくため息をついた。

黎翔は表情をかえず、さっと身をひるがえすと二人から距離を取った。

「克右」

「はっ」

「彼女を送れ。
彼女が行きたいところまで」

「――は」

闇はさらに深まり、ゴロゴロと雷鳴が近づいてきた。

二人の微妙な空気。
そしてなにより黎翔の最大級の低気圧を前に、克右は
(あーあ。
…こりゃ。ビルの停電は後回しだな…)と腹積もりをした。

「夕鈴。
駅までの道は、彼が知ってる」

そういって、黎翔は寂しそうに踵を返した。

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黎翔が去ると、とたんにあたりは元通りに戻った。
一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった不思議な闇に体の心から凍えるようだった。

克右は頭をポリポリ掻くと、唇をかみしめている彼女に声をかけた。

「…娘さん。ところで、どこまで行くんだい?」

「…どこにって」

「駅に送れって? …家に帰るんだったら、車を回してこなきゃな?」

「…」

夕鈴は唇をかみしめた。

「さあ。どこでも送っていくから。
とにかく行き先はそっちで決めてくださいよ」

彼女の足元に転がっていた小瓶に気が付いた克右は、腰をかがめてひょいと拾おうとした。

「――触らないで」

夕鈴は鋭い声を発した。

「それにふれちゃ、だめ」

「は?」克右には理由が分からない。
だが彼女の気迫と声に逆らえず、指先が触れる前で彼はとどまった。

(これは、他人には触れさせてはだめだと、老子が言っていた)

夕鈴の手の中に結ばれ、夕鈴に託されたタネ。
『これを育てるのは、おぬしの仕事じゃ』
といわれた。

『陛下のお役にたてるのは、お前さんだけじゃ』
とも。

夕鈴はキッパリと言った。

「それ。私の大事なお仕事なの」

「仕事…?」

「私、このビルに用があるんです。
お部屋に戻ります。
戻って、陛下の畑を借りてこの種を育てなきゃ…」

(いまやるべきことは、
あの人の役に立つことでしょ?)

夕鈴はビルの屋上の方を下から見上げ、強い眼差しで睨んだ。

 

*