狼のーかの花嫁(10)


狼のーかの花嫁(10)

夕鈴の夢?
陛下とホウキに乗ってカボチャ畑巡回デート…
だけどなぜか夕鈴はカボチャに吸い込まれて食べられた!

さて。どうなることでしょうか?

場面は変わって同衾シーンから。
Rは付ける必要なし。

でも、お話がぶっ飛んでるので。
…ご無理されませんように。

それでも宜しければどうぞ。

【現パラ】【ファンタジー】【微甘】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(10)
* * * * * * *

「…うわっ!?」
ビクッと跳ねた。
ゆらゆら…とベッドのスプリングが収束する。

白いレースの天蓋。ここはベッド?

変な夢をみてしまった――。
『カボチャに食べられる夢』

荒唐無稽なマンガのようなオチ。
なのに今もドキドキ胸が止まらない。

目をごしごしこする。
「それにしても私にしては非現実的な夢を…」
そう、いつも見る夢といったら
八百屋さんで値切りすぎて、大量買い付けしちゃった山のような大根や白菜を漬物にするのにヒーヒーしてる夢とか
青慎が見事難関を突破して喜ぶ夢、とか。

自分がこんな想像力豊かな人間とは思わなかった。
ボンヤリしながらあたりを見回す。

ギュッと左手を握り締めていた。
手がこわばって指が開かない。

だから右手をそっと動かした。
…フワフワした毛布の横を指先で伝う。

「こんな上等なベッドで眠れるバイトって、なかなかないわよね…。
うふ。…幸せ」

すべらかな寝具のその先に

なぜか、固い、もの――が?

え?

「え? ――ギャ!?」
横を向くと、そこには異質な物体、いやさ、人物がいた―――!?

「へ、へ、へいかーーー!?」

さらさらとした黒髪。すうっと通った鼻筋。綺麗な横顔。
伏せた黒いまつげは、女の私ですら嫉妬してしまうほど長い。

少し骨ばった手で軽く腕枕をして…私のすぐそばですぅすぅとかすかな寝息を立てていたその人物は――狼陛下、その人だった!?

目がグルグル回る。

(ちょ、ちょっと、待って?
え――、なに?
何か、間違いでもしちゃった?
ウソ――!?…××××!!!)

頬をペチペチ叩くが、記憶にない。
「夕鈴、落ち着くのよ?
あ、でも。
――そんな馬鹿な!?」頭をポカポカ殴る。

ハッとなって、布団をそっとめくる。

見覚えのあるパジャマ… ベージュの兎柄の
ちょっとくたくたの肌触りの良い…

「ぎゃーーーっ!? 違うっ ウソっ!?」

身に着けていたのは、
記憶にない白いネグリジェ。

確かに昨晩寝るときは、いつものお気に入りのパジャマを身に着けたはずなのに――!

ポカポカ頭をたたいていると、陛下がゆるゆると手を動かし、小さなあくびをした。

「へいかっ!?」
ふわ…と小さく息を吸い込むと、
陛下はぱちりと目をあけた。

真紅の宝石を彩る、黒くて長いまつげ。
寝台の傍で、私を見つめる。

「おはよう、わが愛しの妃…」

「な、何もしてないですよねっ?」
「…は?」
陛下はクックと笑う。

「何かしたら、どうだというのだ。
…君は私の妃、だろう?」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!?
私、バイトですよ?
その…何か間違っちゃったとか…
あの――!?×××××???」

陛下に抱きしめられながらせめてもの反抗のように、手を彼の胸に何度もたたきつけた。

私の左手は相変わらず握り締められたままで、指がこわばって開かない。
でもそんなことを考えている暇もなかった。

「…冗談。何もしていない」

「――へ?
ホントの、ほんとですか?
何もしてません、ね?」

「してない。
君が離してくれないから、仕方なく横に寝てただけ」

ホッとした。
思わずこぼれた私の涙を指先で拭い、
陛下は私の頭ごとギュッと抱きしめて、
甘い言葉を一つ二つつぶやくと、やさしく頬を触れ、私の名前を呼んだ。

軽く前髪に唇を押し当て、チュッと音を立てて口づけをする。
…その甘い雰囲気は、息がとまるほど。

思わず本当の恋人扱いをうけているようで、胸が締め付けられた。

ば、馬鹿なことでトキメかないでよ?私の心臓ったら!
これはお仕事。陛下にとっては単なる演技。

本当は、私をからかってるだけ…。

「よく、眠れたか――?」

「…そ、そういう問題じゃなくって!」

私はあまりのことに、思わず涙がこぼれた。
涙を見て、陛下は急に真顔になった。

「…どういう、問題?
どこか、痛い?
何か嫌なことでもあったか――?」

平然と答える陛下に、ムッとした。

(あなたとなぜ、一緒の寝台に寝ているのか。
それが問題なんだと、なぜ分かっていただけないのですか?)

まさか、間違いでもあったのかと、抱きしめる陛を布団ごと払いのけるようにして、
一気に寝台の端まで転げ出て、ギュッと胸元を掻き抱く抱く。

身を固めて、後ろから私の髪を指でやさしく梳く陛下を、涙目でなじるように見つめた。

「どうしたの、ゆーりん?」

余裕シャクシャクの相手が憎らしい。
「どうして…どうして、ここにへーかが」

「…君が離してくれなくて」

「うそ!」

「…本当に、覚えてない?
君、カボチャに食べられて…」

「――え?」

思わず、呆然とした。

カボチャに食べられる夢。
それって、私の見た夢だったはず。

「…カボチャに…?
もしかして、陛下。
私の夢を見たんですか?」

陛下はくすっと笑って
「君と二人で夜の散歩に行って、
カボチャ畑の上を飛び回って
それで、君がほうホウキから落っこちて、
カボチャに食べられちゃった、夢?」

カボチャに食べられた、――夢?

「――!?」

あまりに平然と答える陛下を見つめて、絶句した。

「あれは。
私の…夢、じゃなかったんですか?」

「うん」

「ウソ?
人間が空を飛べるはず、無いじゃないですか!」

「そうだね。
…人間なら、空は飛べないよね」

にんげんなら、そらはとべない

「じゃあ、空を飛べるとして。
陛下。
あなたは、何者――?」

「…知りたいの?」

「はいっ!」
即答した。
それは私の本心だったから。

「好奇心旺盛なのは結構だけど。
知って、リスクを負うのは、君自身だよ?」

「結構です!」

「…ふうん。強気だね。
――怖くないの?
私のことなんか、嫌いじゃないの?」

「強気、とかじゃないし
陛下は怖いけど…きらいとかじゃなくて!」

嫌いじゃないというとホッとして、それから
ケラケラと笑う陛下。

「…なら、よかった」

「笑い事じゃあありませんっ!
私はちゃんと知ったうえで、きちんとプロの臨時花嫁としての仕事がしたいだけです!
陛下が私にちゃんとバイト料を払ってくださる限り
私はその額に見合った仕事内容をきちんとしたいんです!」

「えー? …プロの臨時花嫁って、何…?」

「え…!?
ええっと…、だから。
いかなる時も同様とかしなくて。
冷静に花嫁を演じきる、鋼の精神をもったスゴイ人ですっ!」

「ええ…?
そんなのやめなよ。
できるわけない」

「できますっ! やらなきゃいけないんですっ!
私はホンキですっ!」

このバイトの報酬を聞いたときの衝撃は忘れられない。
だからこそ、必死に陛下が探してくれ、といったカボチャも探した。
でも、ぜんぜん役に立てているとは思えない。むしろ――浪費して甘やかされてるだけで。
これでお給料をいただこうだなんて女が廃る!

いただいたその分は、しっかりと働くつもりだ!

「…本気?」

「はいっ!
だから、陛下も安心して本当のことをお話くださいっ!!」

「知って、どうするの?
知ってしまったら、きっと君は困る目に会うよ?
…何があっても。
それでも知りたいの?」

「はいっ!
だいたい、陛下は秘密が多すぎですっ!
臨時花嫁だの、カボチャを探してくれ、だの。
事情を話してくれなきゃ、
私お手伝いできないじゃないですかっ!!」

「そこまで言うのなら、

話すけど――」

「…ほんと?」
陛下の態度が軟化したので、おまわずにっこりほほ笑んでしまった。

「…でも、そこまで君が言うなら。
先にやること、やっとくよ?」

「――え?
やる、こ…と …って――」

その途端、陛下は私に覆いかぶさった。

唇に暖かい感触。

――キス?

分かった途端に、相手を押し戻そうと必死に胸を押したけど
陛下の胸板は、見かけ以上に厚くてがっしりしていた。

ビクともしなくて、重くて…
とうてい太刀打ちもできず、寝台に縫いとめられるように
私たちは唇を重ねてしばらく時をともにするしかなかった。

ようやく唇が離れた。
ファーストキスを奪われて。あまりのことに私は軽くパニックを起こしかけていた。

とん、っと陛下の胸を押し戻す。

複雑な気持ちで陛下を見上げれば、陛下は静かな表情で。
なんだか悲しそうな顔をしていた。

「ここはね。魔法使いの里。

僕はね。

…魔法使いの王様、なんだ」

そういって、陛下はフッと硬い表情を崩し、にっこりと笑った。

「はぁっ――?」

ファースト・キスを奪われた驚きも冷めやらぬうち。
私の頭の中は再び混沌にかきまぜられることになった。

そのとき
それまで握り締めていた私の左のこぶしが緩み、
指の隙間から何か小さなものがポロリと寝台の敷布の上に零れ落ちた―――

(つづく)

*

狼のーかの花嫁(9)


つづきです。
もう、なんでもこい、な方。よろしければ。

【現パラ】【ファンタジーらしく夢物語】【甘】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(9)
* * * * * * *

黒いマントをまとった陛下が立っている。

紅い瞳に、星が映っていた。
真っ暗闇に溶け込む黒い髪。黒いシャツに黒いズボン。
靴も手袋も、黒一色。

窓ガラスを押して隙間をあけるとビョウビョウと風が吹き込む。

…夜風が冷たい。

そんなとこ、開けたらあぶないですよ――?
声をかけたいのだけど、声がでない。

――これは、夢の中。
そう。これは夢

陛下、一人で行かないでください
あぶないですよ?

声がでないけど、陛下は聞こえるみたい。
こくんとうなづいた。

陛下は手を伸ばして
「いっしょに、くる?」と尋ねられた。

ピーターパンとウエンディ?
それとも魔法使いの物語…。

好奇心も手伝って、手を伸ばす。
はっと気が付くと、自分はいつものくたびれたパジャマを着ている。
ベージュの兎柄で、お洗濯のいい香りとお日様のにおいが入り混じってる。
こういうところだけ、妙にリアル。

「寒くないか?」
彼のマントの中に私をくるみこむ。

陛下の香りって…なんだか懐かしい気がした。

「夢の中だから
空だって飛べそうですね?」と笑って答えた
「魔法使いは、ホウキで飛ぶんですって」

陛下はなにか呟いて
私を抱え上げた。

君がホウキがいいなら、ホウキにするか、っていったように聞こえた。

陛下がパチンと指を鳴らせば、
いつのまにか陛下の手にはホウキ。

「じゃあ、いこう」

私を抱えたままホウキに跨った陛下が
ガラス戸を大きく開け放つ。

夢は突拍子がないこともトントン拍子で話が進む。

「一度ホウキって乗ってみたかったんですよ」
「そうか」
と陛下がクスっと笑った。

足元に風が舞い込み、つむじ風のように圧力を感じたと思った途端、
ふわっと体が浮いた

風の音がすごい。
怖くて思わず陛下にしがみついた。

「怖い?」

「あっ、あなたと一緒ならっ
――こっ、怖くなんかありませんっ!」

…どうして、こんな大胆な言葉が出てしまったのか分からない。

――だって、あの、怖い狼陛下よ?
会ったばかり。
私はただのバイトで…

でも、今は夢の中だから
ちょっとやそっと、つじつまが合わなくても気にする必要はないんだ、と納得する。

小犬の顔と狼の顔がくるくる入れ替わる
ぜんぜん分かんない不思議なヒト。

立派にこの地を治めるために怖い狼陛下を演じている
二人だけの時は、ふわりと笑う、優しいひと

『こんな風に、一緒にいられたら…』

…?!
馬鹿、私ったら。
なに考えてるの?
思わず一人ツッコミして赤面をする。

足元になにもない
真っ暗な空を飛んでいる
星空はとおくて
雲が近い

「わあ、綺麗ですね――!」
片手を伸ばして、星の方へと伸ばす。
陛下が私の腰に回していた腕に力をこめ、ぎゅっと抱きしめた。

「落ちるよ、夕鈴!」
「あっ、ごめんなさい!」
「しっかりつかまっていて!」
「あ、はい…」

…そうか。
夢の中って、けっこう落ちるのよね。

じゃあ、しっかり捕まらないと。
おずおずと手を回し、しがみつく。

陛下の腕の中は広くて
あったかかった。

夢だと知ってるから、ちょっと大胆になれる。

「どうしてこんな夜に、空をとんでるんですか?」
「カボチャ畑の巡回」
「カボチャ畑の? ヘーカは昼も夜も、大忙しですね!」と笑った。

「ほら、この時期はゴタゴタしやすいからね…。
でもまあ、君と一緒なら、仕事もはかどる」

…ほら、また。調子のいいことばっかり
陛下って、女っタラシ。

陛下の横顔は一瞬お仕事モードになって。
鋭い視線で遠くを見つめていた。

「カボチャがゴタゴタするんですか」
「そうだね。あいつら、イタズラものだから」

真顔で答えられて、思わず私もきょとんとしてしまう。
カボチャが、イタズラ…?
プッと吹き出し、ケラケラと大声をあげて笑ってしまった。

「い、イタズラ、するんですか? カボチャが?」
「…する」
真面目に私の方を見つめ返す陛下。

「え――どんな?」
「相当な悪さをするよ」
「それ、面白いですね! どんなイタズラするのか、ちょっと見てみたいです」
「んー。止めといたほうがいいな。だって、ゆーりん可愛いから食べられちゃうよ…」
「――まさか!?」
「ほんと。あいつら、やりかねない」
あんまり陛下が真剣にいうから、おもわず私も本気にしかけた…。
抱きしめられた腕の強さも、なにもかも。
それは演技で、雇われバイトの私を『最愛のひと』扱いをしているにすぎない。
…きらびやかな宝石も、シルクのドレスも。豪華な食事も、やさしいこの人の微笑みも。
全部――ウソ。
私は『本当』じゃないって、最初から知っている。
陛下はズルい。だから私は騙されない。

「うそ。また、陛下ったら私が物知らずのバイトだからって、からかってるんでしょ?」
演技が上手いこの人の言葉を信じちゃだめ。
うっかり勘違いしちゃ、ダメ。
「違うよ? ほんとだって。だから、ボクと一緒でない時は、絶対触れちゃだめ」

「触れちゃダメ?
じゃあ、どうやってカボチャを取ってくるんです!?」
私は頬を膨らませて抗議した。

「ぼくの居ない時には、触れたらダメ」
そんなに真剣に抱きしめたら。やっぱり勘違いしてしまうじゃないですか?

――私には、手の届かない人。
夢だから。いまだけ。
ニセのバイトだけど…。

「でも、ヘーカが私に言ったんですよ?
大きなカボチャ、形の良い、色ツヤの良いカボチャを探して持ってきて、って――!
ヘーカが欲しいっていうから、私…」

困ったように陛下は私を見つめた。

「夕鈴…」

触れちゃダメって
へいか…
触れてます…

熱い。

――はっと目をあけた瞬間。

私はホウキに乗った陛下の腕からすり抜けて
カボチャの畑にまっさかさまに落ちていた

カボチャが大きく裂けた口をあけて
私を飲みこもうとゲタゲタ嗤う

支えの無い空中で、空気の塊が私の背を押してる。

陛下が助けようとホウキを全速力で駈って矢のように近づくスピードより
私はもっともっと早く、まるで地上から引っ張られてるみたいに一直線に吸い込まれた。

夢だから
不思議と怖くない。

陛下の紅い瞳が
星の一つに遠ざかる。

暗い闇の中を落ちて
落ちて
おちて――

真っ黒な地面に、カボチャの大群が大きくなって
ぐんぐん近づいた

…ドサッと大きな衝撃とともに
私はカボチャに、見事に食べられた。

(つづく)

*

狼のーかの花嫁(8)


こんばんは~^^
ずいぶん間があいてしまってすみませんでした。
よろしければどうぞ。

【現パラ】【ファンタジー】【シュガーレス微糖】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(8)
* * * * * * *

夕鈴はへとへとになって戻ってきた。
陛下との約束。夕食に遅れたら、きっと盛大にガッカリされる――。
でも、間に合ってもきっとガッカリされるのね、と夕鈴はうなだれた。

というのも、一日歩き回っても陛下に頼まれたカボチャを手に入れることができなかったから。あわよくば、体を動かすバイト先をみつけて…と思っていた夕鈴だったが、取り付く島もなかった。

部屋に戻ると、部屋付きの女の人たちが取り囲まれてぎょっとした。
湯あみを、お着替えを、お化粧を――と、次から次へと世話をやくので、夕鈴は
「もしかして、どこかにお出かけするんですか?」と彼女たちに尋ねた。

「…はぃ?」
逆に不思議そうな顔で見つめ返され
「陛下とお食事される、のでございましょう?」とにこやかに笑って諭された。

髪を結われ、きれいな宝石を次々あてがわれる。
「せっかくですから華やかに…。真紅の石もお似合いですね。…いかがでございましょう?」と尋ねられるが、夕鈴にはどれもこれも不似合なほど高価な品であるとしかわからない。
小さな声でドギマギして
「…あの、もっと控えめでっ! お任せいたします」と答えれば、
「十分控えめですが」
「宝石が…あのっ! …お、大きすぎませんか?」

「…では、これはいかがでございましょう?
あちらに比べればかなり小粒になりますが、散りばめられていて愛らしゅうございます」
「もっと質素なものは」
「あいにく今日はご用意しておりませんので…」
「ではアクセサリーなんてなくて構いません」
「まあっ、そうは参りません! きちんとお世話の仕事を果たさなかったと、陛下に私どもが叱られます。どうかこちらでご勘弁いただけませんか?」
「…」
(そっか――偽の婚約者のバイト。ぜんぜん自分に似合わなくて恥ずかしかろうが、陛下に相応しい格好をするのも、花嫁バイトの仕事のうち…)

仕方がなさそうにコクリと頷く夕鈴。
夕鈴が折れるのを待っていたとばかりに侍女さんたちが次々と飾り立てた。

「では、お召し物はこちらを」

テキパキと進行するので口をさしはさむ隙も無い。
白いシルクのドレスを着せられる。
パールのような光沢を放つ細かいビーズがあちこちに縫いとめられ、良く見れば相当手がかかっていた。肩からかける薄布にも同じモチーフで縫い取りがあり、クラッチバックまで揃っている。
(…こういうドレスって、一点もの、じゃない?)
夕鈴は寒気がした。

『先に申し上げておきます。
このバイト中の御召し物や装飾品類。
――全てレンタルですから。扱いには十分お気を付けて』

李順というメガネをかけた人が、何度も念を押した言葉が、今更ながらありありと脳裏でフラッシュバックする。

――万が一、お食事中に汚しちゃったら?
ゴクリと夕鈴はつばを飲み込んだ。

鏡に映った姿。白いドレスに結い上げられた髪、赤い宝石が散りばめられた装身具。
夕鈴には、いつもの自分とはまるで別人のように見えて気恥ずかしい。

「…あの、やっぱり派手じゃありませんか? …そのたかが食事、に」

「これでもかなり控えめにしたつもりなのですが――」
はぁ…と夕鈴の世話を焼いていたものが皆、残念そうにため息をつく。

(…どれだけやる気だったの?)
夕鈴の笑顔が引きつった。

* * * * * * *

(なんて切り出そう。
カボチャ手に入らなかったって言ったら
陛下、きっとがっかりするわよね――?)

食卓の上には花がかざられ、キャンドルが揺れていた。

ガラス張りの最上階からの夜景。
畑の真ん中のビル街だけで、どうしてこんなに灯りが?と思えば、遠くの畑にあるカボチャというカボチャが、ボンヤリとランタンのように輝いている。

不思議な光景のことをいつ目の前の人に訊ねようかとおもいつつ、
心にのしかかる思いで、なんとなく会話もし辛い。

なんといっても相手が『狼陛下』なのだ。

目の前のカボチャがどうして光ってるの、だなんて気軽に話題にできないままディナーは進行していた。

たった二人のために貸切りのレストラン。
給仕がついた本格的な食事に夕鈴はギクシャクとしながら料理を口に運んでいた。

(…おいしすぎる…)
夕鈴は、ため息をついた。

「…口に合わないか?」
目の前の人は心配げに声をかけた。

夕鈴はヒュッと咳き込みそうになり、
「い、いえっ! 美味しいです!」と全力で否定した。

「そう、畏まらなくてよい――二人だけなのだから。
愛しき我が妃よ」

「きっ、妃ぃ?」

「当主である私の花嫁。この地では習慣的にそう呼ばれている」

ニコリと微笑みながら手を伸ばしかるく指先に触れられる。
夕鈴はドクンと胸が弾み、真っ赤になりながら顔を伏せた。

(こっ、このバイト。なんだか――恥ずかしい~~っ!!!)

目の前の人は冷酷非情な狼陛下。
(御給仕とはいえ、人前では気をぬくこともできないのね…この方は)と夕鈴は堅苦しくもバイト嫁としての務めを果たしていた。

「口に合わねば、変えさせようか?」

「いえっ! 口に合わないとかじゃありませんっ!
逆です!
それはもう、美味しすぎて――ほっぺたが落ちるっていうか
慣れないもの食べて、舌がびっくりしてるっていうか――」
夕鈴は慌てて否定した。

「…そうじゃなくって。
弟に食べさせてあげたいな…って。思っただけです。
私だけ贅沢して申し訳ないっていうか」

「弟?」

「はいっ! 今13歳の、名前は青慎っていいます!
姉の口から云うのも少々はばかられますが…
すっごくお利口で可愛い、自慢の弟なんです!」

弟の話題になれば、調子も出てくる夕鈴。
ようやく二人の間に会話が弾みだした…ように夕鈴は感じた。

「仲がよいのだな」

黎翔はフッと目を細めたが、その瞳の奥にさみしげな色があることまでは夕鈴には気が付かない。

「それは、もう!
陛下は、ごきょうだいは?」

夕鈴は箸を振って黎翔の方を見上げた。

「兄がいた。弟も。それぞれ母は違うが」

いた、という過去形。
それぞれ、母が違う…

夕鈴は言葉を飲みこんだ。
あまりにもそっけない声音に、逆に胸をさされ、夕鈴は困って首をすくめた。

「…ご、ごめんなさい」

「何も。君が謝ることはない」
目の前の狼陛下は、何ら変わることなく淡々と料理を口元に運んでいた。
夕鈴はカチャンと箸を置いた。

「ごちそうさまでした!」

夕鈴の宣言に、給仕がそばから耳打ちをした。
「このあとのデザートは…」
「もう十分いただきました」
お茶を飲んだ夕鈴は、手をあわせて感謝の意を表す。

「…よい。あとは二人にせよ
みな下がれ」

黎翔は立ち上がり、夕鈴の手をとって歩き出した。

白いドレスを身にまとった夕鈴を、黎翔は優しげに見つめた。

「よく、似合ってる」
黎翔の言葉が、自分が着飾った姿に対してだと知り、
夕鈴は思わず顔を赤らめた。
(バイトの身に、似合うも何も――)

手を引かれて、窓へと近づく。
足元から切り立ったガラス越しの夜景を二人で眺めた。

「…そうだ。今日は何をしていた」
黎翔は明るい声で切り出す。

夕鈴はさらに申し訳なさげに切り出す。
「あの。カボチャを探しました」
水平線まで広がる畑にぼんやりと光る無数のカボチャランタン。

「…それで。あの。
――ごめんなさいっ!!」

数歩下がり黎翔と距離をとる夕鈴。

黎翔はきょとんとしながら夕鈴を見つめた。
必死に頭を下げる夕鈴の両肩に手を伸ばし、顔を覗き込む。

「…どうしたの?
何を謝ってるの?
そんなに思いつめた顔をして」

いつのまにか、狼陛下の緊張した雰囲気は和らいで、優しい小犬陛下になっていた。

夕鈴は小犬陛下にちょっとほっとした様子で切り出した。
「あのですね?
実は、今日一日中歩き回ってあちこち農家さんでお願いしたんですけど。
陛下の御要望に添うようなカボチャどころか、小さなカボチャ一つ分けてもらえませんでした――」

「…そっか。
今日初めてだもんね」
黎翔はやさしく慰めた。

「でも、明日は頑張りますっ! 任せてくださいっ」
夕鈴は胸を叩いた。

「…あんなに沢山あるのに。
どうして分けてくれないのかな…
畑の手伝いもさせてほしかったのに。だれも――」

夕鈴は遠いカボチャ畑を見つめた。

薄暗いガラスに反射する夕鈴の姿の額に金色に光る印があるなど、夕鈴は一向に気が付くこともない。

「君は私の大切な唯一だから――」
黎翔が彼女を抱き寄せるように腕を回す。

夕鈴はペチ、と手を叩き、距離を置いた。
「陛下っ! 今は、演技いりませんからっ!」

ドキドキしながら離れて…必至で取り繕う。

「…あ、そう?」
コロリと黎翔はアハハ、と笑う。

「どうしてあんな風にひかるんですか?
昼間は普通のカボチャみたいに見えましたけど」

「――あの光、見える?」

黎翔は振り返り、夕鈴の顔を見つめた。
夕鈴はキョトンとしていたが、黎翔の顔が至近距離だと気が付いて、
おもわずそっと両手で黎翔の胸を手でおした。

「ボンヤリですけど。カボチャの一つ一つが光ってるんですよね?
だから畑のところがあんなに賑やかなんでしょ?
オレンジ色のイルミネーションみたいです。
地平線まで広がって…綺麗ですね」

夕鈴はキョドキョドしながら答える。
黎翔は再び夕鈴を覗き込み、その額の中央を指でなぞった。

彼女自身は気が付かないが、黎翔の目には光って見える、それ。
唇が触れたところに、残された狼陛下の印。

「…魔払いの大カボチャ、とか。ランタンカボチャとか呼ばれたり」
黎翔は今度は少し乱暴に、夕鈴の髪をクシャクシャっといじり、ぽんぽんと頭を軽くたたいた。

「…ふうん?
魔払い、ランタンカボチャ?
なにか特別なカボチャなんですか?
だから光るんですか?」

「そうだね。
この地方だけでみられる特別なカボチャ。
昔っから、魔払いのカボチャは、そういうものらしい」

「ふうん…」

分かったような、分からないような
夕鈴はコクリと頷いた。

「…そうなんですか。
珍しいカボチャなんですね、すごく綺麗です。
こんな景色が陛下とみられて、よかったです」

「そうだね。
私も君がきてくれて嬉しいな。
…ボクがお願いしたカボチャ。
きっと見つけてね?
明日はきっと見つかるといいな」

「任せて下さい!
必ず探してきますから!
お給料しっかりいただくんですから
陛下のお役にたてるよう、私頑張ります!」

夕鈴が力をこめて拳を握った。

「いいよ、そんなに頑張らなくても。
のんびり探せば」

「だって、収穫祭まで、なんでしょ?
ところで、いつがその収穫祭、なんですか?」

「んー。あと10日後、だったかな?
例年、この月末にやるはずだから」

「え!?
…じゃ、急がなきゃ!!」

「大丈夫。
君なら、見つけてくれそうな気がするな」

「そもそも、どうして
大きくて形よく色つやのいいカボチャを探して、とか…」

「理由が必要?」

「あの、でも――やっぱり」

「知りたいなら…もう一つか二つ、印を増やさないと
アブナイよ?」

「印? 危ないってなんですか?」

黎翔は少し声落して、つぶやいた。

「やっぱり、知らないほうがいい」

夕鈴はそういわれると、今度は引くに引けない性でもあった。

「知りたいです!」

「やめといたほうがいい」

「わっ、私は陛下のお役に立ちたいんですっ!
そのためなら、なんだって…」

バイト代分はしっかり働く。
それが汀夕鈴、あんたの心意気でしょ?

「本気?」
「本気です!」

「じゃあ、触れても、いいの?」
「…は?」

「えーっと。だから。
こうやって…君に」

黎翔は自分の唇を指さし
おもむろに夕鈴のあごをクイッと指先で引き上げた。

黎翔の薄い唇がうっすらと開いた。

「…え? え?」

夕鈴の驚き見開かれた茶色の瞳に、
黎翔の端正な顔が大接近するのが映った。

触れる、って――

き、す――?

「ぎゃぁぁーーーっ!」

夕鈴は慌ててドンっと黎翔を押し返して、逃げ出した。

「へっ、陛下っ、なんの冗談ですか?
近いですっ!
バイトですからね?
冗談はよして下さいっ!!
陛下の、女ったらし~!」

白いドレスの裾をからげ、脱兎のように走り去る夕鈴を
黎翔はすこし困ったように苦笑しながら見送った。

(つづく)

*

狼のーかの花嫁(7)


こんばんは~^^
続きです。

よろしければどうぞ。

【現パラ】【ファンタジー】【ねつ造ですよ、カボチャのナゾ】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(7)
* * * * * * *

夕鈴は刈り取られた積み上げたワラの束にもたれかかって、腕組みをして考えていた。

目の前には地平線まで広大なカボチャ畑が続いている。

「――おっかしいわねえ…」

まさか狼陛下と呼ばれるこの地で一番エライ人の偽花嫁役のバイトとは思ってもいなかった、働き者の夕鈴。そもそもこの地へは収穫作業の手伝いでバイトをしにきたつもりだった。

陛下のナゾのお願い。
「収穫祭のお祭りまでに、形よく、色ツヤよく。
そしてなにより一番大きなカボチャを持ってきて…か」

不思議な言葉をもう一度繰り返す、真面目な夕鈴。

「――ちっともよく分からないけど、そんなに大事なことなのかしら?
あたりにはこんなにカボチャがあって。
農業王の陛下なら、鶴の一声でそんなカボチャ、いくらだって貢いでもらえそうなものなのに。
…陛下が手に入れられないようなものを、私が見つけられるのかしら」

それでもとりあえず「バイトの雇主がお願いっていうんだから、仕方がないわね…。カボチャを探しましょう」と、夕鈴は歩き出した。

陛下に頼まれたカボチャ探しのついでに、あわよくば当初目的通り体を動かすバイトでもチャッカリ稼ごうと目論む夕鈴は、研究都市を取り囲むように眼前に広がる農地を睨み、昨日冒険したのとは反対方向へ歩き出す。

ずいぶん歩いてようやく農地エリアへたどり着く。

道端に軽トラックが停めてあるのを見つけて近づき、畑で農作業をしている人を探し、声をかけた。

「こんにちは!
なにかお手伝いすることありませんか? お手伝いします!」
と声をかけると、

「おお、人間のお嬢ちゃん。
どっから来たの?!」

と、気さくに応じていたおじさんは、
夕鈴の顔を真正面から見ると、ハッとして途端に腰が引け青ざめた。

「あのー、私、大きいカボチャを探しているんです。
それで、よかったら働かせていただきたいんですが――」

農夫は顔を背けると「くわばら、くわばら」とつぶやき、
クルリと夕鈴とは反対方向の畑にソソクサと行ってしまった。

「…なに?
聞こえないふり?
こんなにカボチャがあるのに。人にあげたくないのかしら?
――失礼しちゃうわねっ」

夕鈴は少々憤慨しながら、次の農地へカボチャ探しとバイトを求めて歩いた。

次にあった人も。
その次に会った人も。
どの人も、夕鈴の顔をみると、急に態度が代わる。

夕鈴がひょいと畦を飛び越えて、畑に立ち入ろうとすれば、慌てて押し戻し
「畑に入らないでくだせぇ!!」と懇願される。

「えー? どうしてダメなんですか?」

ダメ押しを敢行する夕鈴を制止し、必死で押し戻す農夫。

「へっ陛下にお叱りをうけます~!!
決して畑には入らんでくだせぇっ!」

農家の人々は泣き出さんばかりだった。

「その陛下がカボチャを欲しがってるんです!
わたし、陛下のためにカボチャを探して…」

「陛下の唯一を、畑に入れるわけにはまいりませんっ!!
お許しくださいっ――」

「…へいかのゆいいつ?」

夕鈴は首をひねった。

(おかしいわね。私が陛下の花嫁役のバイトをやるっていうのは、つい昨日決まったばかりで。だれも私の顔なんか知らないはずなのに。
…何か名札でもついているのかしら?
それとも、朝一番に有線放送かなにかで、指名手配でもされた?)

夕鈴は面白くなくて、ぶつくさとつぶやいた。

* * * * * * *

夕鈴は知らなかった。

ここは魔法使いの里で、
この地域に住む農夫らは皆魔法使いだということを。

そして彼女の額には、
魔法使いの一族の眼にしか見えない「しるし」があるということを。

魔法の光で煌々と輝くそれは「魔王の印」で、
額にその印のある少女に、万が一何かあれば、
すなわち冷酷非情の魔王の怒りを買うことになる――。

あの狼陛下の怒り…?
思いだすだけでも恐ろしい。
酷寒の地の吹きすさぶ雪礫に身を打たれたように凍り付き、ゾッと身震いする魔法使いたち。

世の中に「カボチャ」とよばれるものは、形も色もさまざまで、数多く品種・変種が存在する。
その中に、魔法使いたちが恐れるカボチャがあった。
魔力を吸いとる特殊な力を備えた『魔払いの大カボチャ』と呼ばれるもの。

それは固定された品種ではなく、普通のカボチャの中に交じって突然出現する。

古のドルイドは、その特別なカボチャを見分け、魔払いに用いた。

古来、魔を払う行事において、魔払いのカブや魔払いの大かぼちゃで、ランタンをこしらえ魔を払っていたものだったが、魔払いの力を持つカボチャやカブを見分けられるドルイドは絶え果て、魔払いのカブも絶滅した。

現在では単に行事の中での飾り物「カボチャ・ランタン」として形骸化していたのだが、ときおりそのカボチャのなかに魔払いのカボチャがあるから侮れない。

この地の農夫、つまり魔法使いたちの一番の仕事。
それは、世の中に存在しているカボチャの中から、真に魔力を奪う力を持つ「魔払いカボチャ」を全土各地から見つけ、魔払いの行事に使われることがないように確保し、この地で保護、封印すること。

魔法を吸い取るカボチャ。
魔法使いにとっては究極の弱点となる、恐ろしい兵器だ。
そんな魔払いカボチャの扱いは、要注意。

「対・魔払いカボチャ」の特殊訓練を受け、世界各地から盗み出すというベテラン「隠密農夫」でなければカボチャ管理者にはなれない。

であるから『狼陛下の唯一』に、万が一にも魔払いのカボチャが彼女に影響を及ぼせば…魔王の怒りは必至。
――恐れた彼らは、彼女を頑として畑へは入れなかったのだった。

そんなことは一切知らない夕鈴、――狼陛下の花嫁――。
はたして彼女は陛下のお望みのカボチャを見つけることができるのか?

* * * * * * *

その時、後ろから軽トラックが通り掛かった。
運転手の若い男は、すれ違いざまにバックミラーで光る何かに気が付いた。
いまやり過ごした、農道を歩いてる子。
軽トラの運転手はスッと目を細め「ふぅん…」と小さくつぶやくと、キキッとブレーキを踏んだ。
「彼女おでこにあるの、あれ。狼陛下の印じゃね?」

彼はブゥゥンと軽トラをバックさせ、少し驚いて立ち止まった彼女のすぐ傍まで戻ると、車を止めた。

開け放した窓から腕をニョッキリ突き出し、
ちょいちょい、と夕鈴のほうへ手招きした。

「ねえ、そこの彼女――?」

夕鈴はいきなりすれ違った軽トラがバックしてきたので、何事かとガードを固め不審げな表情で声の主を見つめた。
軽トラを運転していたのは若い男性で、少年のようもみえた。

「あんた。お妃ちゃん、でしょ?」

クリクリっとした茶色い瞳。
白い歯を見せて、ニシシと笑った。

「誰、あんた?
まだ子供みたいだけど、運転免許、ちゃんと持ってるの?」

と夕鈴はブスッと尋ねた。

少年のような顔立ちの小柄な男は、胸ポケットからホルダーに入った免許証を見せて
「…なんだケーサツ? ちゃんと普通免許、もってるヨー?
安全運転の模範みたいなオレちゃん、浩大」

「こうだい?」

「狼陛下が妃を雇ったって話、ほんとだったんだ~!
なんかの冗談かと思った」
とゲラゲラ笑う。

(いきなり、何? 失礼な!)と夕鈴は頬を膨らませた。

「あなた、陛下のお知り合い?」

「オレ? んーとね――
陛下の隠密!」

「へーかの、おんみつ?」

「そう
狼陛下の陰で暗躍する有能な下僕(しもべ)…
うわっ、オレかっこいい!
あっ、気軽に大ちゃんって呼んでね、お妃ちゃん!」

あっ軽い、明るい ――隠密っていったい?

「ほんとのほんとーに、陛下の隠密、なの?」

「そーだよー? ほら。白陽ビルの社員証」

あのビルの社員証…たしかに。
みんなこんなのを首から下げてた。

夕鈴はようやくガードをほどいた。

「…でさ、お妃ちゃん。
こんなとこで何してんの?」

「陛下から頼まれたものを探しにっていうか…
ちょっとバイトっていうか」

「え?(ぷっと笑う)
…ま、乗りなよ」と助手席をクイッと指で示された。

正直歩き疲れた夕鈴は助かったと思い、素直に助手席に乗り込んだ。
「何探してんの?」

「カボチャ。大きくて、形がよくて、色つやのいい…」

「あー。…なんだソレか」

さもあたりまえのように浩大がうなづくので、
夕鈴は(…浩大は何かを知ってるのかしら)と思った。

当の浩大は、ニヤニヤしながら夕鈴の額にある印をジロジロと眺める。

「…そのおでこ。
ヘーカにキスされた?」

「――へっ!?」
夕鈴は突然の浩大の言葉に、おでこをあわてて両手で隠し、
顔を赤くしていきり立った。

「で! どうやって陛下をローラクしたの!?」
ヒューヒューと口笛で囃されて、わなわな震えていた夕鈴

「してません」

「?
じゃあ、どーやって
オトしたの?」

「オトしてないっ!
私はただのバイト!!
陛下とは夫婦の演技をしてるだけっ!!」

浩大は目を点にして、目に見えてテンションが下がる

「二人はデキてないってコト――?」

「そうそうっ!」
夕鈴はやけっぱちだ。

浩大はキョトンとして肩を落とす。

「…へえ。
なあんだ。
期待したのに――

やっぱアンタもダメなんだな。
陛下も相変わらずか、つまんね」

(何なのよー!?)

夕鈴は腹が立って、思わずドアノブを引いた。

浩大は慌てて軽トラをキキっと急停車した。

「あっぶねー! お妃ちゃん、走行中はドア…」

「うるさいっ!
私、降りるっ!」

夕鈴はドアをあけると、ピョンと飛び降り、バタンと力任せにドアを閉めた。

「おーい、お妃ちゃん…」

「放っておいてちょうだいっ!」

ズンズン…と夕鈴は歩き出した。

浩大は肩をすくめてつぶやいた。

「ま~、好きにさせますか。
どうせあの人のアレが付いてる限り。
手の内、だもんナー」

そのまま彼女の後姿を見送り、おもむろにハンドルを握ると、シフトレバーをRに入れ、スイッチバックをして逆方向へと走り去った。

「いったい何よ、あの子。
もーっ!
失礼じゃないっ?!」

夕鈴はプリプリしながら、
「こうなったら、意地でも陛下のカボチャを見つけて帰ってやるわよ!」
と青空に向けて吠えた。

(つづく)

*

狼のーかの花嫁(6)


間があいたうえ、短くてすみません。

【現パラ】【ファンタジー】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(6)
* * * * * * *

「陛下って、不思議なヒト――」
クルクルと変わる表情。
怖い狼陛下の目をしているとき。体中が冷え冷えとして胸がギュッと絞られる。
なのに、一瞬で表情が和らぐと、子犬のように人懐っこくじゃれついて…

「…そう。
『まるで小犬みたい』って思ったら
―――耳が、見えたのよ。それから、パタパタ動く尻尾も!?
…あれって、幻覚の一種かしら?」

首をひねりながら、朝食を終えた夕鈴はテラスから自分の部屋へと戻った。

夕鈴のが戻るタイミングを計ったように、すうっと女性が現れる。
「おはようございます」
昨日、夕鈴の身の回りの世話をしてくれた女性。

にっこりと笑いかけられ、つられて照れ笑いを返す。

落ち着いた紺色の仕事着は上等な薄手のウール。
手入れの行き届いた髪や爪。朝いちばんだというのに薄化粧もきちんしている。

かたや夕鈴は、ボサボサ頭でくたくたの茶色の兎柄パジャマのまま、今の今まで陛下と朝食をとっていた…。

そのとき、お世話の女性がごく自然に夕鈴がパジャマの上に羽織っていたガウンに手をかけた。

「え?」と夕鈴が真っ赤になって振り向くと

「お着替えを…」とあたりまえのようにいう。

夕鈴は、茶色のくたくたのパジャマを見られたくなくて、
とっさにギュッと羽織をかいこみ、首回りを手で引き寄せた。

「…あっ!…あのっ」
夕鈴は困ったように赤面したまま、彼女にどもりながら言い訳をする。
「…すみません。一人でできますから。
そういうの、恥ずかしいんで!!」

必死な形相でボサボサの髪を振り乱しながらぶんぶん首を振ったとたん、
彼女の前髪が逆立った。

「…」
彼女は夕鈴の額をチラ、と見つめ、一瞬表情をかえた。
…一瞬だったが、確かに。

夕鈴は自分の額をジッと見つめられた瞬間、
『ここ、って。陛下が口づけを…』と思いだし、ますます赤くなって、額を手で隠した。

すると侍女は勝手に何か得心したように『わかりました』とうなずき妙にニコニコする。

「はいはい、わたくし、なにも見ておりませんから…」とつぶやいて
控えの間へ続くドアへ急ぐ。

「失礼いたしました。ではごゆっくりお着替えください。なにかご用がありましたら、いつでも机の上の呼び鈴を振って、およびくださいませ」
必要なことを伝えると、深々と頭をさげ、部屋から引き下がった。

「…え? なにを見てない、って」
いったい、なにを誤解したのかしら――。

まさか。
あわててベッド脇のドレッサーを覗き込む。

(ふだんどおり。よね?

キスマークがあるわけでもなし…)

と自分で思いながら、ギャーッと夕鈴はのけぞった。

「き、キキキスマークだなんて…!
そんなわけないわよっ~~っ!」

ブツブツいいながらガウンを脱ぐ。

「――第一陛下ったら。冗談がすぎるんだわっ!
カボチャをくれなきゃ悪戯する、だなんて――」

少々憤慨しながら柔らかい唇を押し付けられたそこに、あの感触がよみがえる。

「イタズラって…」
再びポーッとピンクに染まる自分が恥ずかしくて、前髪をギュッとおろすと夕鈴はバサバサと兎柄のお気に入りのパジャマを脱ぎ捨てた。

荷物から衣類を引っ張りだす。
「勤労精神」と白いロゴが入ったTシャツを頭からかぶる。
ストレッチ・ジーンズをはいて、スニーカーの紐をぎゅっと締める。

風よけの軽いジャケットを羽織る。
ペチペチっと音を立てて、両手で頬をたたく

「なに呆けてるのよ、夕鈴っ!
私は働いて稼ぐために、ここに来たんだから!
とりあえず農場を目指すわっ!」

帽子のつばを持って、額が隠れるようにぎゅうぎゅうかぶる。

身支度が完了すると、夕鈴は部屋を後にした。

*

狼のーかの花嫁(5)


のん気なタイトルのくせに
いろいろ謎な設定に「ん?」と立ち止まったらすみません。

…実はファンタジーです。

無理されないでくださいね。

【現パラ】【ファンタジー】【ついてこれなかったらゴメンナサイ】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(5)
* * * * * * *

この広大な地域一帯で王様のように振る舞う目の前の彼。

「冷酷非情の陛下」と誰からも恐れられるこの若き支配者の
初めての手料理(?)を、夕鈴のため振る舞ったという。

一バイトに対し過分なる待遇であると夕鈴は最初恐縮したものの

手の中でホカホカと湯気をあげる石焼釜で焼きたての焼き芋は美味しく
ニコニコと笑いながら嬉しそうに自分を見つめる男性が
あれほど怖く感じた狼陛下と同一人物とは
夕鈴にはとても思えなかった。

「…いつも怖い狼陛下を演じるって、疲れませんか?」

「いや、別に。
もう慣れたし」

「でも、どうして?」

「――ん、つまり。
ぼくの前の王様
…ああ、この辺りでは、珀家の当主のことを王様って呼ぶ風習があってね…
で、ぼくの兄
…といっても、母親は違う兄だけどね。
その兄が珀家の当主、つまり王様だったとき。
仕事をほっぽりだして酒や女におぼれてさ。
周りの人たちにやりたい放題やらせたあげく、あれこれ混乱を招いてね。
この国を傾けちゃったってさんざん言われたよ。
だから僕は不正を許さない、怖くても強い王様になろうって――」

「…」
(陛下は、ほんとうは優しくて。暖かい。
なのにそれを押し隠して、演技して――)

「それなら。
陛下のお役にたてるよう
私にできること、頑張りますね?」

夕鈴が黎翔を勇気づけようと、心の底から本気であることは
その素直な瞳に満ち溢れていた。
その温かい茶色の瞳に見つめられ、黎翔はふわりと笑った。

「…ん、ありがとう」

頬を染めて笑うやさしい青年。

フワフワとただよう湯気に包まれて
夕鈴と陛下の二人はお互い打ち解けてくつろいだ雰囲気を味わった。

お互い見つめ合っていたことに気づいて、ハッと夕鈴は理性を取り戻した。

慌てて何か言わなくちゃ、と話題を変える。

「あっ、あんなに立派な石釜があるのなら
今度はピザを焼きましょう」

陛下は楽しそうに「それはいいな」とうなずいた。

「せっかくなら、パーティーをしましょうっ!」

「えー? パーティー?
…なんか、肩がこりそうだね…」

彼の思いのほかガッカリした様子に、夕鈴は意外そうに見つめた。

「それなら、陛下が気を許せる人だけ」

「ん――、僕が招待客を選んでいいの?」

「はい」

(陛下は、誰を招待するのかしら。
たぶん、李順さん?それから…うーん。
気が許せるっていうと、そんなに大勢ではないかもしれないわねぇ…)

「じゃ、夕鈴。

――君だけ」

「え?
それではパーティーになりません!」

「いいんだ。君の歓迎パーティ」

「私の?
歓迎パーティー?」

きょとんとして彼のことを見つめる夕鈴。

(こ、この人。
ただのバイトのために、そこまで?)

夕鈴はそれが『自分のため』『特別な』と言われているようで思わず赤面した。

「私、ただのバイトですよ?」

「…でも、もっと君のこと
知りたい――ダメ?」

(知りたい? 私のことを?
それって、好意があるとかの意味で興味があるって…
――いやいや。
そんなはずないから。
会ったばっかりのバイトに、なんでも望みの叶う王様が――。
そう。
あくまで陛下は、夫婦演技をする必要性があって、演じてくださってるだけ。
…勘違いなんかしちゃだめ、夕鈴!)

夕鈴は自分の頬をピタピタと叩いた。

見晴らしの良い18階にあるテラスでの楽しい朝食は
ほんの短い時間となった。

カップのコーヒーが覚めないうちに飲み干すと、
黎翔はすぐに立ち上がった。

「じゃ、仕事にいってくる」

「え?」

夕鈴が見上げる。

陛下は指で夕鈴の額をツイっとなぞった。

夕鈴はチリッと焼けるような熱を感じた。
そこは昨日の晩、彼の唇が触れたところで
黎翔が指で触れた途端、蝋燭に灯りがともったように
ぽうっと頭の中で光が宿ったような感覚があった。

(…え?
ここ、昨日、へーかが…)
思い出した途端に真っ赤になって、俯いた。

「…行ってくるよ、奥さん」

彼の指が離れる。

「今日は夕食を一緒に食べよう。
――約束しても、よいか?」

黎翔が背後から覆いかぶさるように、夕鈴の顔を覗き込んだ。
鼻先に黒い髪がサラリと触れ、紅い瞳に見つめられた夕鈴はドクンと胸が跳ねた。

「…あ、はいっ!」

「ん」
満足げに彼は微笑むと、カツカツと大股で自分の部屋へと戻って行った。
ガラス越しに、扉が開いてメガネをかけた王の忠実なる側近、李順の姿が見えたような気がする。

自分の部屋からもお世話係りの女性が現れて
「外は風が強いですから、お身体を冷やしますよ。
さ、お部屋へお入りに」と暖かい肩掛けを広げながら迎えられた。

* * * * * * *

「おはようございます」

テラスのガラス戸から入室した黎翔に、李順はいつものように几帳面な角度のお辞儀をしながら挨拶をした。

「ああ、李順。ご苦労」
李順の出迎えに少々辟易としている黎翔は生真面目な従者に目もあわさず、
首に掛けていたタオルを外すとバサリとソファーに投げかけた。
ついで胸元のボタンをはずし、汗をかいた上着を脱ぎ捨てる。

シャワールームへ歩く黎翔に
「お時間が。…お支度をしながら本日のご予定を説明いたします。
朝の役員ミーティングは…」
朝議、と呼ばれる朝のミーティングは毎日のこと。
うんざりするような一日がまた始まる。
「続きまして――」
李順が読み上げるスケジュールは隙間なくびっしりと組まれており、
延々と読み上げられた。

黎翔は構うことなく身に付けていたものを脱ぎ捨て、ガラスで仕切られたバスルームにペタペタと裸足で歩み入ると、おもむろにシャワーノブをひねる。

熱いシャワーが降り注ぎ、黎翔は目をつむり、頭からそれを浴びた。

聴こえようと聴こえまいと同じことだ。
『今日も一日励め』と告げられているだけだ。

「…」
黎翔がシャワーを浴び顔を剃る間に
李順は今日のスケジュールを告げ終えた。

頭からタオルを被り、シャワールームから出てきた主をじっと見つめた。

「――陛下」
李順はいつの間にかスケジュール表を手放し、
その手には黎翔が今日身に付ける着替え一式を抱えていた。

黎翔にそれを差し出す。

「なんだ改まって? 李順。」
濡れた頭をタオルでガシガシとこすりながら、黎翔は着替えを受け取った。

「夕鈴殿のことですが…」
李順のメガネがキラ、と反射する。

「…うん」

水を切るように、フサっと頭を振り上げると
黎翔の頭の周囲には霧となって水分が飛び去り
濡れていた髪がいつの間にか乾く。

「印を授けられた、というのなら。
陛下にはお分かりなのですか?
――彼女、何者でしょう?」

昨晩、夕鈴の額におした印。
それは見る者が見れば解る、不思議な光を宿していた。

「夕鈴。
我々の結界を、易々と破ったな…」

黎翔はフフと目を紅い細めた。

「そもそも、一旦結界の外に出た者が
許可なく二度踏み込めることはないはずなのですが――。
廊下に居たはずの彼女は、
普通なら見つけることのできない我々のいる部屋へ
戻ってきました」

「…そうだな」

そのため、小犬陛下の秘密を
彼女に話さざるを得ない状況になったのだ。

普通なら、いくら気を緩めていたところで
見つかるはずのない部屋に、彼女はすんなりとたどり着いた。

思わず、思い出し笑いが込み上げた。
クックックと笑う黎翔に、李順は「――笑うところではありません!」とムッとしたように続ける。

「厳重に結界を張っていたにもかかわらず
昨日はその後
このビルからも勝手に出て行きました」

「…おかげで、私は夕食をすっぽかされた。

――だから、代わりに振る舞ったよ、朝食を。
初めて、自分の手で料理をした――」

黎翔は楽しそうに笑った。

李順はぎょっとして目を見張った。

「――料理?
陛下が、御自ら…?」

「魔法ではなくて。
自分の手で、ね――
やろうと思えば案外できるものだな」

「…まったく、あなたともあろう御方が。
あのようなバイト娘のため、
何を好き好んで」

李順は小さい声でため息をついた。

黎翔はすでに完璧に支度を整えていた。

「――李順。今日の予定だが。
今晩の大臣との予定はキャンセルだ」

「…えっ!?」
せっかく完璧なセッティングをしたというのに――
李順は眉をひそめた。

「夕鈴…彼女を
晩餐にエスコートしなければ、ね。

彼女が収穫祭までにカボチャを見つけてくれることが
今や、私の最優先だ」

(カボチャ、カボチャ、カボチャ…
――ただの古い因習の一つにすぎぬのに。
どうも、こう我々はあのようなものに
振り回されなければならないのでしょう、ね)

それでも、この方が望まれるというのであれば…。

「――はあ。
あのような小娘に、
そこまで期待されてよいものかどうか…?」

「…だが、見極めたいだろう? お前も。

彼女が本当に金色兎なのか。
それともただの無知で無邪気な白兎なのか。

――我々の結界を破ったのはただの偶然で
ただの白兎が、たまたま、あの時、あの場に、
紛れ込んだにすぎないのか、ね」

「…」

李順は青ざめたようにも見えたが、
静かに黎翔とは視線をはずして部屋の隅を見つめていた。

「お前は、どちらの兎であることを望む?」

「願わくば…」

李順は言葉を濁した。

この話題は振り切ったとばかりに
黎翔は首を振った。

扉に向けて振り返る。

「――時間だな」
コツ、と黎翔は革靴の音をたて歩きはじめた。

「――興味深い。
私は、彼女のことが
知りたい」

端正な顔にうっすらと微笑みをたたえた黒髪の青年。

李順は、ゾクリ、と背中に冷たいモノが走った。

どれほどこの方と長く過ごそうと
圧倒的な存在である彼に、本能的に怯えるこの気持ちは抑え込むことができない。

伝説のアングマールの魔王(Witch-king of Angmar)を凌ぐ魔力を持つ、とすらいわれる、魔法使いの王。

21歳というのに百選練磨の年長者を足元に屈服させるそのオーラ。
足元に引き摺っている影は、深淵なる暗黒の虚無。
彼は絶対的な闇と孤独と氷のような冷気をまとっていた。

――狼陛下。
彼の一日が今日も始まる。

*

狼のーかの花嫁(4)


クワを振るう陛下を書いてみたかったんです。
トラクターで広大な農地を耕すコックーあるいはコンバインで見渡す限りたわたに実る穀物を刈り取るコックーとか夢は広がったんですが。いつか出してみたい(けど今回は出番なしのような気がします)。

【現パラ】【おや謎の一端が…?】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(4)
* * * * * * *

彼女の額に、彼の唇が押し当てられた。

(…え!?)
ととまどっている夕鈴の耳元に
低い狼陛下の声が響いた。

「夕鈴――。
カボチャをくれないと
イタズラするよ?」

陛下の唇が離れたとたんに、
その部分だけがカアァっと熱をもった。

「なっ!?―――… 」

カボチャをくれないと
いたずらするよ
―――カボチャを
…夕鈴?

カボチャを…―――

頭の中を何度も何度も低い声で陛下の言葉がめぐり
朦朧として意識を手放した夕鈴の体がぐらりと傾いだ。

黎翔はその体を腕に抱きかかえると、
力なく崩れ落ちた彼女を見下ろした。

「…いい子だ」

彼女の髪を撫でつけると、黎翔は彼女の膝の裏に腕を回し抱え上げ、
寝台に、その体を横たえた。

* * * * * * *

薄明りが差し込んでいた。
鳥の声が聞こえる。

「…鳥」

コッコッコッ コッコッコ
コーッ! コッコッ!

「ニワトリ?」

(―――額が、熱い)

夕鈴は、ジンジンといたむそこに手を伸ばした。
熱でも出した?
それとも…どこかにぶつけたかしら?

額に左手のひらが触れたとたん、
それまでジンジンと熱を持っていた額がすっと冷えるように沈静化した。
「う、ん…」
夕鈴は目を覚ます。

豪華な白いレースの天蓋。
ふかふかの羽根布団に、手の込んだ手作りパッチワークの上掛け。
見慣れない風景。
見慣れない寝台。

「…えっ、と?」

(昨日、確か。バイト先にきて面接を―――
臨時花嫁のバイトで…
飛び出して、変な人たちにいっぱい会って、歩き疲れて…
お風呂に入って、
陛下が部屋に来て―――
陛下に抱きしめられて
陛下は大きくて形の良いカボチャが欲しくて
へ、へ、陛下が私のおでこにキス―――!?

ぎゃーーーーっ!?)

記憶にないが。
まさか―――!?

夕鈴は蒼白になった。

バッと掛け布団をめくる。

いつものちょっとくたびれたベージュの兎ガラのパジャマが視界に入る。
慌てて胸元を手で押さえるが、きっちりボタンが掛けられている。
大きな寝台の真ん中。
足元も特に乱れた様子もなく、自分はまっすぐになってすっぽりと布団のなかで寝ていたようだと分かる。

ちょっとホッとしながら、朝の光が差し込む窓辺の方を見る。
白いレースのカーテンが風で揺れる。

室内を見渡す。
昨日は夜、照明に薄暗く照らし出されていた部屋も、朝の透明な陽光の中で見るのはとても新鮮で違って見えた。

無駄に広いスイートルームの室内はすっきりと広く、白と金と淡いグレイッシュピンクでコーディネイトされていた。ふかふかの白いじゅうたん、マントルピース、ソファーと応接セット。机の上には果物がどっさり載った足つき皿。ウォーキングクローゼットとクラシカルなチェストの上には花瓶に活けられたアレンジメント生花。
金のフレームのベッドには白いジョーゼットとレースの天蓋がかけられ、
(まるでシンデレラになったみたい)
堅実に生活してきた夕鈴にとって、今までの生活とはかけ離れた空間だった。

窓の外から、ニワトリの声に交じって、軽いリズミカルなサクッ、サクッという音が続いていることに夕鈴は気が付いた。

ベッドにかけられていたガウンに袖を通し、スリッパをつっかけると夕鈴は開きテラス窓に手をかけた。

18階のテラスに出ると少し風が強かった。
煽られる髪を手で押さえつけ、ガウンの前合わせをきつく引き寄せた。

そこは空中庭園…正確には農園(ガーデン)だった。
音の主はすぐに見つかった。

クワを振るって土を耕していたのは狼陛下とよばれる背の高い青年だった。

彼はこちらに気が付くと、クワを下ろし首にかけたタオルで軽く汗を拭きながら声をかけた。

整地された畑にはいろいろな作物が植えられていて、柵の向こうにはニワトリも見えた。

「やあ、おはよう。
よく眠れたか?」

「…お、お、おはようございますっ!」

昨日、額にキスをされて―――その後の記憶がない夕鈴は、急に昨晩のことが思いだされて真っ赤に頬を染めた。

「へっ、陛下もっ! よくお休みになられましたか?」

「ああ、ぐっすりと。
昨晩は二人で過ごせて楽しかった」
ニコ、と笑う笑顔が眩しい。

あれほど恐ろし人と思っていたはずなのに、
なぜか胸がキュンと高鳴ってしまった夕鈴。

(ぎゃー、なに、この女たらし!?)

「あっ、あの、その―――っ!!
私、良く覚えていないんですがっ
まさか、その―――」
しどろもどろだったが、とにかく疑念は早くはらしておきたい。

「…ああ。私も疲れていたし。
すぐ自分の部屋に戻った」

指刺された方を見ると、空中庭園のテラスを挟んで夕鈴の部屋と対になる部屋が見えた。

「…あっち。
僕の部屋、ね。
こんどは夕鈴が、遊びにきてくれる?」

急に子犬の、キュンキュンと甘えたような顔をするものだから

「へ、へーかがお望みならば!」
と夕鈴もついツンケンしながら答えてしまった。

クスッと笑う黎翔。

「こっちにおいで」

テラスの端には石窯が置かれており、かすかな煙が上がっていた。

黎翔が耐熱手袋を付けると厚い鉄の扉を開け、火掻き棒で石窯の中からコロコロ焼き芋を取り出した。
厚切りのベーコンとソーセージの脂が香ばしい香りを放ち程よく焼けていたフライパンを石窯の中から引っ張り出すと、黎翔はポケットから生みたての卵を2つ3つ取り出し、パカンと割ってフライパンごと石窯の中に突っ込む。

ほどなくしてジュウジュウ音をたてて目玉焼きが出来上がった。

「ご飯、食べる?」
ピョコン、と黎翔の頭に耳が生えたように見えた。
夕鈴は一瞬あっけにとられた。
(ま、幻、よね―――?)

「…こ、こんな風にいつも朝ごはんをご自分で?」
とりあえず、会話をつづけなくては、と夕鈴は気丈に振る舞った。

「今日は特別。
お嫁さんが一緒に食べてくれる
初めての食事だからね」

夕鈴は真っ赤になった。
昨晩、彼との夕食をすっぽかしたのは夕鈴だった。

少し悪そうな顔をした夕鈴のことを気に留める風もなく
機嫌よさそうに黎翔はベーコンと目玉焼きを二枚の皿に移した。

手袋をはめるよう促され、焼きたての芋を渡される。
二つに割るとばふっと湯気があがる。
甘いにおいが立ち込める。

「…いただきます」

いつのまにか朝食の用意が載ったサイドテーブルがあって
黎翔がポットを傾けると、入れたてのコーヒーがカップに注がれた。

「トースト、搾りたてのミルク、オレンジジュース。…どれでも、好きなのを。なんなら全部」
夕鈴はテラスのテーブルの方へとエスコートされる。

「これ、陛下が用意されたんですか?」

「ゴメン、ネタバラシしとくと―――ぼくは料理したことないから。
朝食の準備はしてもらった。
ベーコンと卵は旨くやけただろう?
…芋も窯に放り込んだよ。
初めてにしちゃ、上出来だな」と笑った。

―――陛下、手作り!?

「じゃあ、こんどは私が料理作りますね?」

「ああ、それは楽しみだな」
ピョコン、と頭に小犬の耳が生えたように見えた。
(―――幻影?)と夕鈴は目をこすった。

「庶民の料理しかできませんよ?」

「うん」
黎翔はニコニコと嬉しそうに小犬の尻尾を振っている。
どうみても、本当に尻尾が生えているようにしか見えない。

「陛下がいつも食べていらっしゃるような、料理人のお料理とちがって。
ほんと、特にどうってことないものしかできませんよ?」

「…うん。そういうのが食べたいな」

耳も尻尾も、もうどうみても小犬陛下は幻じゃないような気がするが
そろそろ夕鈴は詮索する気力もなくなってきた。

笑いながら黎翔は夕鈴に椅子をすすめられて座らせた。

これまでレディ扱いを受けたこともない夕鈴は、あまりに自然に振る舞う黎翔にドギマギした。手の触れるほど近く並んで座るのもちょっと恥ずかしかった。

18階のビルの上からの眺望は素晴らしく、
地平線まで広がる農地を見下ろして二人で焼き芋を食べた。

焼き芋をほおばり、ミルクの入ったマグカップをごくんと飲み干した夕鈴。
おずおずと話を切り出した。

「…お、お話を蒸し返すようですが」

「ん?」
尻尾がパタパタ振られる。

「…さ、昨晩は―――」

黎翔から極力遠くに視線をそらしたまま、消え入りそうな声で尋ねる。

夕鈴は真剣なまなざしで青くなったり赤くなったり…
その様子が黎翔はおかしくてたまらない。
耳がピン、と立っている。

「…昨晩? ああ別に何も」
黎翔がさりげなく答えると、ほーっと大きな安堵の吐息を吐き出した。

「ほんとに、何もなかったんですよね?」

重ねて問うと、黎翔の耳と尻尾がタランとうなだれて、消えた。

(あら?
幻の尻尾と耳が…消えた?)
夕鈴はきょとんと黎翔の顔を見つめた。

今さっきまで見えていた耳と尻尾がなくなって…
というか、そもそも耳も尻尾も、幻だったのだ、と夕鈴は無理やり自分を納得させた。

「うん、何もないよ?
だって君すっごく疲れてたでしょ?…すぐ寝ちゃったし。
ぼくもすぐ部屋に戻ってぐっすり朝まで」

「ほんとの、ほんとーに?」

ジトリと、下から黎翔を見上げる夕鈴。
羞恥心をごまかすための虚勢なのか、赤らんだ頬をぶっと膨らませ、その様子はなんとも「変な顔」。
『冷酷非情の狼陛下』とよばれる男を、いまだかつてこのような目で見たものがあろうか――。
あまりにも意外すぎた。
おかしくて、笑いがこみあげてくる。
黎翔は彼女のことを苛めたくてウズウズしたけれど、下手にいじって『嫌われたくないな』とも思った。

「―――何かされたかったの?
妻の願いとあらば、助力は惜しまないが」

わざと子犬から狼に。声音はスルリと切り替わる。
いかなる人物をも屈服させる狼陛下。
その冷酷な声すら、夕鈴は果敢に突っぱねた。

「いえっ!! それには及びませんっ!」
びしっと手をたて、大きな声で真っ向から断る。

実に変な顔をした彼女。
その反応は今までつきあったどのような人種にも当てはまらなく、型破りで実直。

それが黎翔にとってとても新鮮で―――今まで見たこともない、目新しいオモチャを手に入れたような感覚だった。

「…まったく夕鈴。
君って、面白い。
面白すぎだよ―――」

ぶわっはっは、とお腹をかかえて笑う黎翔。

(ほんと、夕鈴。君は不思議な力の持ち主だね。
―――だから、試してみたくなる)

心の底から笑い転げる自分を見つめる
冷えた目の自分がいることも
…彼は知っていた。

*