狼のーかの花嫁(3)


雨の音が静かです。

ハッピー、ハロウィン!
みなさま楽しいハロウィンをお過ごしですか?

(とはいえ、お店のさりげない装飾に接する程度で
実生活上、特別ハロウィンらしいことは何もない寂しい日本人←)

ハロウィンは今日までなのに
今日までには終わらなかった現パラSS。

残念だったらすみません。

【現パラ】【カボチャの謎】【微糖】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(3)
* * * * * * *

夕鈴はカボチャ畑の大冒険を終えて、飛び出した元のビルに戻ってきたとき、外はもうすっかり暗くなっていた。
イライラと迎えに出た李順にさんざん怒られた。

「どこに行っていたんですか!」
「あの、あたりを見ようとおもって…帰り道、迷ってしまいました――」
「…はぁ」と李順は目頭を指で押さえた。
「あなたと夕食をと、陛下は次のご予定の会合の時間まで、ギリギリお待ちだったんですよ?!」

――そんなこと、聞いてませんから…ともいえない。

「こちらは、宿舎の管理人です!」
と紹介されたのは、駅からここまで軽トラに乗せてくれたちんまりとした老人だった。
李順は管理人である老人に夕鈴を任せると「では」と消えてしまった。
「遅かったのう。メガネの小僧にたっぷり絞られたようじゃな」と笑われた。
「あ、駅から送ってくれたお爺さんですよね?
その節はお世話になりました!」
「いやいや。普段あの駅を使う者も少ないでの」
「――え?」
ニコニコと老人は笑っている。
それ以上説明がないので、夕鈴は何がなんだか意味が分からず、少し困ってしまった。

少し話題を変えて夕鈴は話しかけた。
「…ええと、ずいぶんとお忙しそうですね」
「まあ、のう。陛下も側近も、それが仕事じゃからなあ」
「お仕事、ですか」
「お前さんはどこに行っておったんじゃ?」
「途中みた、カボチャ畑を見に行ってきました!」
「ほう」
「…見たこともないようなすっごく大きいカボチャが、ゴロゴロありました!」
「…もうすぐ、収穫祭じゃでのう」
老人は笑ったが、なんとなく少し寂しそうに見えた。
「…えっと。それから。トマトの樹を見て、お魚のイケスの研究室でお茶をいただきました! あと、道すがら焼き芋をごちそうになったり…」
「トマトの温室に寄ったのか。偏屈なやつがおったじゃろ?」
「――いました!
眉間にしわ寄せて、怒鳴られました」
「魚に音楽を聞かせる男には会ったかの?」
「会いました!
もしカボチャを大きくしたかったら、持っておいでって…」
「そうか、そうか。そりゃよかった」
老人はニコニコと笑った。

『何がよかったのか』夕鈴にはさっぱり分からなかったが
張老人が「よくやったの」と褒めてくれたので、
夕鈴の心はほぐれてニッコリ笑った。

ビルの一部が宿舎にあてられているらしい。
大きな職員食堂があったがもう既に営業は終わっていた。
「腹が減ったじゃろ」と布巾をかけたトレーを出され、逆に手間をかけてしまったと夕鈴は悪い気がしてしまった。広い食堂の端でぼそぼそ食べた。

世話人の張元老人は、ここでの生活を大まかに教えてくれた。

(…一人で食べるのは味気ないわね。
でも、あの恐ろしい陛下と一緒に食べるのはもっと居た堪れないでしょうね

正直、怖いモノは怖い――。
コロッと別人のような笑顔を見せられても…。
あの人の偽の婚約者だなんて、ほんとうにできるのかしら…)
と、夕鈴は悶々としていた。

豪華な個室スイートをあてがわれ、ドアから先は男の張老人から身の回りの世話をする女性たちにバトンタッチされた。

(なんの、冗談――?)と思いつつ、過剰な世話に目を白黒する夕鈴。

「お疲れでしょう、どうぞ湯あみして一日のお疲れをお取りください」と勧められる。

「背中をお流しいたします」と言われ、当然のように服を脱ぐのを手伝われはじめた夕鈴は、あわてて両手で前身をブロックし、赤面しながら辞退した。

風呂を出るとふわふわのタオルとバスローブがきちんと畳んで置かれていた。
その横には白いフリルのネグリジェ。

「…これ、着ろっていうの――?」

夕鈴は赤面をしながら胸の周りにバスタオルを巻き付けると、パタパタとバスルームを飛び出し、部屋に戻って自分のボストンバッグに一目散に飛びついた。

手荒くバッグのチャックを開けると、少々くたびれた茶色いパジャマをひっぱり出す。
ベージュの木綿生地に白い兎を染め抜いた愛用のパジャマ。

「…ふう。バイトっていうから
作業着しか持ってきてないのに…」

ボタンをはめて、肩からバスタオルをかけな、濡れた髪にドライアーをあてながらブラシで梳いていると、突然部屋の続の間からコンコンとノックされ夕鈴は面食らった。

「夕鈴さま、陛下がおみえです」

(えっ!?こんな夜に――
もうお風呂はいって…)
泡を食った夕鈴は声も出せず…というより返事をする間もなく扉は勝手に開けられてしまった。

顔を出したのは狼陛下。
夜着の上に藍色のガウンを羽織っている。

「――なんでっ!?」

ガタン、と立ち上がれば

「――なぜも何も
妻の元へ夫が通わぬ法がどこにあるのだ」
と、相手は余裕しゃくしゃく。

5m以上の距離をとって、つねに注意深く結界をはっていたのに、
黎翔はスイと身をかわすと容易く夕鈴の至近距離1mにすべりこむ。

頬を撫でられながら夕鈴は凍りついた。
(――て、貞操の危機!?)

恐ろしい狼陛下の陰の中にすっぽりと納まり
夕鈴は恐ろしさでガタガタ震えが止まらない。

「――初々しいことだ。
妻が恥ずかしがるのでな。
…おまえたち、もう下がってよい
二人きりにしてくれ」

「かしこまりました」
とおつぎの間から声が掛り、さらさら…と人の気配が去って行った。

完全に人の気配がなくなり、シーンとあたりが静まり返った。

「は~~~、肩こったぁ」
夕鈴の傍から離れ、ボスッと長椅子に座り込む陛下。

「あ、驚かせてゴメンね。
李順がとりあえず行っとけってゆーから」
ニコニコしている陛下。

あまりの変わり身の早さに呆然としながら夕鈴は見つめた。

* * * * * * *

――この白陽の土地で今求められているのは、諸外国とも渡り合えるくらい、地域一丸となって引っ張れる、強いリーダー(当主)だから――

『強くて怖い王様を演じているんだ』という黎翔の言葉を聞きながら
夕鈴は他人事ではなく、まるで自分のことのように切なくなってしまった。

(冷酷非情な狼陛下は幻で――
そこにいるのは、
自分とは全然違う自分を演じている
優しい王様。…)

夕鈴は思わず怖さも忘れて黎翔の隣に近づく。

「それって、カッコいいことだと思います!」

夕鈴は思わず熱く語るものだから、逆に黎翔が気圧されるほど。

「ありがとう」

「――そうよね。曲がりなりにも一度引き受けた仕事だもの。
やりとおすのが筋ってものよね。
よぉし、陛下っ!
できることがあったら、バンバン言って下さい!
なんでもやりますっ!
私っ、お給料分は頑張りますからっ!!」

「…うん」
黎翔はクスリと笑い「よろしくね」と彼女の手を取った。

「――あの。
…なんだか、ちょっと近いんですけど?」

「…そう?」
黎翔はニコニコと夕鈴の手に自分の手を絡めた。

「奥さん、なんだよね?」

「え?」

「OKってことでしょ?」

――バッと夕鈴は赤面すると、慌てて立ち上がった。

「…そっ、それはっ!!
あ、あくまで、バイトでっ!
表向きのことです~~~っ!」

黎翔はツイっと手をのばし
立ち上がった彼女の腕を取ると、軽くひっぱる。

夕鈴はポスンと黎翔の腕の中に飛び込んだ。

「なんでもやってくれるって?
…嬉しいなあ」

(茶色のくたびれた普段着パジャマなんか着なければよかった――)と
ふと変なところで夕鈴は冷静になって、後悔した。

「ぱ、パジャマ…」

「…うん?
よく似合ってる。
兎さんの柄、可愛い」

黎翔は木綿の生地越しにやさしく彼女の背を撫でた。

ドキドキと動悸は高まり、耳まで朱に染めた夕鈴は、
思わず相手を押しのけようと抵抗したが、
子犬のような黎翔は見た目に似合わず力があった。

「…え?」

にこやかにほほ笑む青年は何一つ特別に力んだ様子もないのに
クイッと軽く手首を返しただけで、あっというまに二人の距離は縮まった…というより密着していた。

(えっ、ええっ?
近い、近い、近い~~~!!)

抱きしめられた夕鈴は、ほとんどパニック寸前。

まったく身動きもままならず
黎翔の腕の中で釘づけになっていた。

「夕鈴、お願いがあるんだけど」
耳元にささやかれる。

「…なんですか?
藪から棒に」

せめて、言葉だけでも距離を置こうと
必死に他人行儀な言葉で抵抗する夕鈴。

「収穫祭のお祭りまでに。
私に、大きなカボチャを持ってきてくれない?」

「カボチャ?
――いっぱい、畑にありましたよ?」

「ううん、一番のカボチャ。
いちばん形好くて、色ツヤ良い、大きなカボチャが欲しいんだ」

「え?」
どこかで聞いたフレーズ。

――形よく、色ツヤよく。
そしてなにより一番大きなカボチャ――

「――21歳の収穫祭、だから…?」

「え?
――誰かに
何か聞いた?」

「いえ、その。さっき。
散歩してるときに出会った人から、
不思議な呪文みたいな言葉を聞いて――」

「…ふうん?」

黎翔の眼がキラリと光った。

「――夕鈴?」

名を呼ばれて、ドクン、と胸が跳ねた。

「はい?」

こわごわ夕鈴が見返すと、陛下はスッと紅い目を細めて
ジッと夕鈴を見つめていた。

そこにいたのは狼陛下。

夕鈴の額に口づけを落した。

「夕鈴――。
カボチャをくれないと
イタズラするよ?」

*

狼のーかの花嫁(2)


どこまでゆくのか?
はたしてハロウィンにたどり着けるのか?

宜しければどうぞ。

【現パラ】【研究都市編?】【カボチャの謎】【不条理】

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狼のーかの花嫁(2)
* * * * * * *

夕鈴は振りかえると、もと来た道をソロソロと戻り始めた。
しかしやはり躊躇する。

目に浮かぶのは、今あったばかりの、黒髪の『怖いひと』。

(…怖くて「ムリです」って言えなかった…)

夕鈴はフラフラと柱にもたれ掛かった。

汀夕鈴。17歳。
弟の塾の費用を稼ぐため、割の良いがあると聞いて、
収穫作業真っ只中の広大な農地が広がる
ここ、白陽へ出稼ぎにきたバイト娘。

それが、いきなり「花嫁」になれと来たもんだ。

もちろん、あくまで縁談除けのバイト。
だけど、相手というのが…

――その眼光で人々を屈服させる
他を寄せ付けない孤高の王…

(高賃金にはちがいないのよ…
ああ、でも――)

瞳にはちょちょぎれた涙が浮かぶ。

「~~~~やっぱ
辞めるって言ってこよう!」

バッと顔をあげ、思い切ってもう一度奥へと進む…

(あっちのメガネの人に!!
陛下がいたら、また次の時に――)

どうか、もう、あの怖くて冷たい陛下が、
あの部屋に居ませんように。

祈るような気持ちで夕鈴は廊下を進む。
息をひそめて、足音を立てないように…

部屋の傍までくると、声が聞こえた。

「て
ゆーかさあ」

(ん?)

夕鈴は耳をそばだてた。

若い男の人の、くだけた調子の声。

「この作戦、僕が休むヒマなくない?」

「まだ気を抜かずに!
人払いが済ませてあるとはいえ…」

「だってー」

「彼女にはそれ、ばれないでくださいよ!?」

二人の男性の、会話。
…ばれないでくださいよ、と敬語を使っているのは
さっき、いろいろバイトの説明をしてくれた李順、というメガネの人の声のよう。

…ということは、もう、一人の声――

(ん!?)

この声――

「彼女にも、でしょ?」

部屋からひょいと顔をだしたのは―――

「あ」

「へ!」

紅い瞳の、黒髪の。
長身の男性――

夕鈴は思わずぱちくりと目をしばたたかせた。

「あ――――――
…ご」
「へい、…へ?」
「め――ん!
李順―― お嫁さん、まだいたよー」

やっぱり、さっきの、あの、恐ろしい狼陛下、その人だ!!

「えっ
なっ
…部屋にお戻りくださいとっ!!」

メガネの男の人が慌てて飛び出してきて
夕鈴と目がバチンとあった。

「あああああ、作戦がああああっ」
李順は頭を抱えて崩れるように床に膝をつく。

「やっちゃったー」
黒髪の青年は笑いながら頬を染めている。

「!?」

(さっきの人と
なんか別人なんですけど――!?)

先ほどまでの凍るような空気をまとった狼陛下ではなく、
まわりに小花を散らしながら頬をそめて
人畜無害系のホワホワした空気を醸し出してる…

狼っていうか、

小犬――!

「兄上の代で荒れ果てた土地も、こうして陛下の手腕で盛りかえし、
ようやくこの国本も落ち着いてきた矢先。
みなの関心はもっぱら本家の嫁についてです。
――しかし、嫁をもらって『狼陛下』が実はこんな方だとばれるのはとてもまずい」

ジッとみつめる夕鈴に、にこーと笑いかえす優しげな青年。

先ほど椅子に座って、あたりを凍えさせていた人と同一人物とはとても見えない。

「…つまり『冷酷非情な狼陛下』って…」

夕鈴が確認をすると、メガネの男はシレッとした表情で答える。

「――他国やこの地区の生産者になめられないための
イメージ戦略です」

「縁談断るたび理由きかれて困っちゃってね。
仕方ないから一時しのぎに臨時花嫁(バイト)雇ってごまかそうかと」

『そんな――』
メガネの人が恐ろしい表情で締めくくる。

「今回の件…
うっかりでも口を滑らせたら――」

――契約違反で
十倍返し!?
そんなばかな~~~!!!

父さんのことだから、もう借金返済に使っちゃったわよ!?

* * * * * * *

「今日はお疲れでしょう。
夕食までゆっくりお過ごしください」

「じゃ、また夕食の時に――」
ぴらぴらと手を振られ、あっけにとられているうちに二人は部屋から出て行った。

呆然としながら、ぽつんと一人残されていると
控室の方からきれいな秘書さんが声をかけてくれた。

「どうぞ、お部屋にご案内いたします。
お持ちになったお荷物は、すでに運び込んでありますので――」

(ぜったい、詐欺よ、こんなの。
表向きっていうのがせめてもの…

――でも。

まんまとはまってしまったのが悔しい!)

夕鈴は腹が立って、駆け出した。

エレベータに乗って1階まで降りる。
無機質なエントランスを一気に駆け抜けて、外に出る。

風が強い。

白亜のビル群の周りはグルリと広大な農地に取り巻かれていた。
無性にカボチャ畑が見たかった。
夕鈴は走った。

だけど、走っても走っても、カボチャ畑にはなかなかたどり着けなかった。
研究都市エリアは広かった。
ようやくビル群の端までくると、今度はガラス張りの温室群が見えてきた。

ガラスが陽光を反射して、きらきらしている。

外からガラス越しに覗き込むと、
白衣を身にまとい黒い髪をポニーテールにくくった細身の男性が一人いた。

バインダーを片手に温室内を歩き回り、何やらカチカチと手の中のカウンターを鳴らしてはバインダーに挟んだ用紙に記入している。

温室の中央には大きな木がそそり立っており、枝々にはたわわに実ったトマトが鈴なりだった。あまりに立派な様子だったので思わず夕鈴は温室内に踏み込んでしまった。

「…トマトって、木の実だったんですね」
夕鈴が感嘆の声を上げた。

のんびりと話しかけたつもりだったのに――

「あなたは馬鹿かっ!!」

とてつもない勢いで怒鳴られ
夕鈴はザクッと胸を切り裂かれたような思いがした。

(見も知らぬ人にむかって、
いきなり、馬鹿か、ですってぇ~?
この傍若無人男――!)

夕鈴は唖然として男の顔を見返した。

「トマトといえばっ!
学名Solanum lycopersicum、南アメリカ原産のナス科ナス族の多年生植物であろうっ!
トマトは野菜であり、野菜とは副食物として利用する草本類の総称と定義されるっ
そんなことも知らんのか、あなたは」

面食らった夕鈴は、一二歩、後ずさった。

(トマトの学名なんか、いちいち知らないわよ――!!)

関わりたくない人種――だけど、研究に没頭する熱い魂は感じられた。

「…ええと。トマトが野菜というなら、たぶん私もそうだと思っていました。
トマトが野菜で何よりです。
あの――もしよかったら、私とてものどが渇いてるので
その立派なトマト、一つわけていただけませんか?」

これだけあるなら、一つや二つ。
嫌味代として貰ってやらねば――。

夕鈴は内心ピキッと額に筋をたてながらも
あいそ笑いをして、下手に出て見せた。

「何いっ?!」

ポニーテールの男はギッと夕鈴を睨んだ。
そのすさまじい怒気に、またもや夕鈴は一歩後退した。

「それは…私がトマトの水耕栽培でギネス記録を狙っていると知っての嫌がらせか――?
陛下の御為、世界一達成まで、あと3個と迫っているとこの大事なときに――」

なんだか、精神的に疲れたわ、…と夕鈴は白旗を上げた。

「…いえ、そんなに大事なものだったら、結構です」

「のどがかわいているのなら、隣のイケスをのぞけば
ヒマな男が茶でも出してくれるだろう。
私は今手が離せん!」

とポニーテールの男はプリプリした表情で、
――それでもなんとなく親切なことを教えてくれたので、
夕鈴は「忙しいところ、お邪魔いたしました」と言って温室を後にした。

隣のイケス、と聞いたとおり、
温室の隣の敷地にはコンクリートの壁がそそり立っており
太いポンプからザバザバと音をたてて地下水が汲み上げられ、
人工池がいくつも作られていた。

「…イケスって、これ?」

「おや、お客様?」

イケスの端にしゃがみ込んでいた人が立ち上がる。

綺麗な人だった。

淡い栗色の長い髪を背中に流しやさしげで色白な青年。
やはり白衣を着ている。

「餌をやっていたんですか?
…大きいお魚がいっぱいですね」

「ああ、それはニジマスの四倍体のメスですよ…」

「へ?」

「いえ、三倍体とか、四倍体とか、
貴女にとってはどうでもよいことですね…」

ふわっと笑うと「どうです、お茶でも?」と研究棟の方を指さした。

夕鈴は歩き続けでのどが渇いていたので「では、お言葉に甘えて」と、青年の後に続いた。

「突然おじゃまして…」

「構いませんよ?」
ふわりと笑う。

「私は氾水月。魚類の生態を研究しています」

「白陽は農業が盛んな土地だと聞きましたが、魚類の研究もされているんですか?」

「まあ、いろいろ。陛下はさまざまな分野に積極的に取り組まれ、研究にも多額の投資がなされていますから…。
私はのんびりと、ですけどね」

「はあ…。ちなみに水月さんはどんな研究を?」

「月の綺麗な夜にね、魚たちに笛を吹いてやるんです。
そうすると大きくて味の良い魚が育つ、という研究です」

「――はぁ?」

「もちろん、笛に限りませんが…
ようは、質の高い音楽を聴かせることが重要なんです」

「…はあ?」

夕鈴は手元の茶をすすった。
ザバザバとイケスに水をくみ上げる音だけが耳に染み渡る。

「…美味しいです」

研究内容はよく分からないが、
きっと水月さんは心のきれいな人なんだろうな、と思った。

「よかった」
細い指で茶器を扱い、水月はニコリと笑い返す。

「あの私、この白陽には初めて来たんですけど…。
知りたいんです。白陽国の王様と呼ばれる――」

「陛下?」

水月さんはビクッと肩をすくめて、怖そうに青い顔をして眉をひそめた。

(そんなに、怖がられている人なんだ。
あの人――。)

本当の姿を知られないように
『冷酷非情の狼陛下』として振る舞って、
だれからも恐れられているという…黒髪の青年。

「はい」

夕鈴はゆっくり考えながら肯定した。

「どうして? 私はあの方が恐ろしい」

「どうして、っていうか…その、あの」

…縁談除けのバイト嫁、の話はできない。
でも、陛下がどんな人なのか、夕鈴は知りたいと思った。

「お好き、なのですね? あの方が」

「…えっ!?」

水月の言葉があまりにも突拍子のないものだったので、
夕鈴は目を丸くして驚いた。

(――好きもきらいもないでしょ!
いま、詐欺まがいの目にあったばかりなんですけど?)

しかし、臨時嫁として雇われて…
このあと誰にどういう経路で話が広がるのかわからない。

今は下手な返答もできない。

(縁談除けのバイトだなんて、無茶言って、人を騙して!
嫌い、きらい! きらい…なはず、
…でも、
あんな優しそうな――)

モジモジしながら、難しい表情で一人百面相をしている少女に
水月は苦笑をしながら答えた。

「――陛下は、おおきなカボチャをお望みです」

「おおきい、カボチャ?」

「形よく、色ツヤよく。
そしてなにより一番大きなカボチャ…です。
なんといっても、
21歳の収穫祭ですから、ね…」

水月さんはそういうと、窓越しに遠く見えるカボチャ畑を見遣った。
夕鈴は飲み干した茶碗とトンと机に置くと、
水月の視線を追って広大なカボチャ畑を見つめた。

「…え、と??」

何がなんだかわからないと首をひねりながら水月の方を振りかえると、
水月の背後の飾り棚の高そうなツボの中から、タコがはい出してきた。

「――タコ!」

夕鈴が驚いて指差すその先を
水月はまったりとした表情で見定めた。

「ああ…この子のこと、忘れていた。
そろそろお散歩は終わりだというのに――」

水月はツボごと持ち上げると扉をあけて、水槽がずらりと並んでいるラボの方へと歩きかける。

「…すみません、まだ世話が残っているので。お茶会はこれまで、です。
あなたがこの白陽で一番大きなカボチャを探すことができますように」

「え?
私が探すんですか?
大きなカボチャを…?」

「もし、あなたがお気に召したカボチャをみつけたら
ここに持っていらっしゃい。
わたしが月夜の晩に笛を吹いて、もっともっと大きくして差し上げます」

フフフ、と水月は笑った。
あはは、と夕鈴も笑った。

さっきの魚のはなしの延長線上のシャレなのかしら――?

研究者さんって、何考えてるのか分かんない。

水月の言葉が冗談なのか本気なのかわかりかねながらも、面白い人だと夕鈴は思った。

(笛を吹いて、大きく…って。
魔女にでもなったつもりかしら?
でも、水月さん、この人ならやりかねないわね)

夕鈴は一瞬想像して苦笑した。

夕鈴は腑に落ちないことばかりだったけれども、
そろそろ腰を上げるころあいだった。

「お邪魔いたしました。
お茶、美味しかったです。ご馳走様でした」

「――またいつでもどうぞ」

水槽にタコの入ったツボを降ろしながら水月は振り返り、優しい微笑みで夕鈴を送り出した。

水産研究棟を後にすると、もう研究都市の端となり、
夕鈴はついにカボチャ畑のヘリにたどり着いた。

大きなカボチャがごろごろと畑に転がっていた。

大きなカボチャ。
21歳の収穫祭に、形よく、色ツヤよい、大きなカボチャが要るって…どういうこと?

夕鈴の心の中には新たなる疑問が湧き上がる。

あんなに怖かった狼陛下。
コロッと子犬のような優しい笑顔をみせて――

そのくせ、人をだますんだ。

知らない、あんな人のことなんか――!!

プンプン怒りながら、夕鈴はカボチャ畑を突っ切っていった――。

*

狼のーかの花嫁(1)


お久しぶりです。
このところ休みなしで本当に忙しくって、更新が滞りました。
ちょっと壊れかけてますけど、なんとか踏みとどまっています。

リクで残ってるお話も
この間書きはじめたお話も
あるにはあるのですが

――SSの書き方を忘れてしまった(笑。

「リハビリに、軽いものでも…」
うーん。

「ハロウィンだから、カボチャの話、とか?」
…と
考えているうちに、
ツボにはまって
あれよあれよと話の風呂敷が広がりました。

なんだか分からない現パラ。
そしてハロウィンとはまだ何も絡んでいない、という壮大さですが
宜しければどうぞ。

【現パラ】【出会い】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁
* * * * * * *

カボチャ、カボチャ、カボチャ…。

目の前は地平線まで続く、広大なカボチャ畑だった。

「はぁ…行けども畑ばかり、って
こんなとこのことをいうのね――」

2時間前に乗り込んだ電車から一歩踏み出したとき
眼前に広がったのは広大な地平線まで続く1本の路線。

コンクリートを盛り上げただけのプラットフォームには雨をしのぐ小屋すらない。

電柱に切符を入れる蓋つきの缶が一つと、変色した看板。
看板には「ご乗車の方へ。切符は電車内の車掌にてお求めください」という注意書きが貼られ上からかけられたビニールは日に焼けて濁っている。

閑散とした無人駅だった。

「コンビニ一つないのね?」

活気があふれる下町育ちの夕鈴は今までこれほど広い耕作地は見たことはなかった。
「大地主さんが収穫期に若い子を募集してるって聞いて、田舎だろうなとは思ってたけど…
まさかこれほどとは。
でもま、これだけ畑があるなら、収穫する人手も必要ってことよね、たぶん」

良いバイトがあると聞いてやってきた夕鈴。

「…にしても、こんな田舎の畑仕事にしては、
破格のバイト料よね――?
これって。…相当こき使われるってことかしら?」

夕鈴はもう一度、手にしていたメモ紙をガサガサと広げた。

「大地主さんが収穫期の間だけのバイトを募集。
若い女性に限る。時給××××円。
先方には連絡済み。×月×日、××時
面接先:××××白陽×-×番地××
コード:××××
(担当:李順という人)」

父さんのちょっと丸っこい几帳面な字でメモられている。

『コード…?
農地番号か何か?
…なんだか訳わかんなくない?』

胡散臭い――そう思った。

だから、話しの出どころをもう一度きちんと問い詰めた。

相手がのらりくらりの父さんだから、
やっぱり何だかよく分からない終いだったのだけれども…。

その時のやりとりを、思い返す。

「父さんが役所で人づてに頼まれたっていうけど。
…ほんとに大丈夫かしら?
こんなに時給が良いって、間違えじゃないの?」

『いーや。時給の件は、何度も確かめた!
大丈夫だよ、夕鈴や!』

『えー? いくらなんでもこの時給は破格でしょ?』

『そんなことはない、そのあたりは広大な農地の広がる大農園でな。
地主さんは“王様“って呼ばれて、地元のみんなもそれはそれは潤ってるらしい!
猫の手も借りたい収穫期だし、好待遇は間違いなしだ!』
「でも、何で
若い女性?
力仕事なら、男の人手が要るんじゃないの?」

『力仕事は人手が足りてるってことじゃないのかな? 良かったなあ、夕鈴。楽な方の仕事で
えへへ。
こりゃ見逃す手は無いぞ~!』

父さんはそういって、鼻息荒く

『他の人がバイトに決まっちゃう前に
夕鈴や、お前。すぐ面接に行っておいで
またとない好待遇だぞ!』
と背中を押された。

またとない好待遇――
その一言につられ、勢いで電車にのってここまで来てしまった夕鈴。

「…でも。
あの、おっちょこちょいで、人の良い父さん、よ?
…そんなに調子よく甘い儲け話が?」――と、不安を禁じ得ない娘であった。

『――これは相当こき使われるんだろうなぁ…』と
あちこち世知辛い思いもしてきた夕鈴は、覚悟もしていた

「まあ、頑張るしかないわよね。
なんてったって、青慎のためにはこの冬お金が要るんだから。
辛くっても、割の良いバイトならえり好みしてられないわ」
できの良い弟の教育費にはお金がかかる。
良い塾に通わせているものだから、普段のお月謝に加え、冬に3期予定されている集中講座の代金をまとまって工面するとなると、薄給の下級役人の父の収入だけでは首が回らない。

「青慎、安心して! お姉ちゃん、頑張るから。
がっつり稼ぐわよ!」
と、夕鈴は地平線まで広がる広大な農地の真ん中で、大きな声で叫んだ。

* * * * * * *

ヒッチハイクで農家の軽トラに拾われた。

「本当は荷台に人、乗っちゃいかんのだけど…
警察にみつからんようにな」と言われながら
後ろの荷台に乗せてもらった夕鈴。

延々と続いたかぼちゃ畑。

地平線のそのまた向こう、
その畑の真ん中に、こつ然と現れた、白い建物群。

夕鈴は目を疑った。

白いビル群は近代的で、区画整理された広い道路、瀟洒な街頭、街路樹まで整えられたその一角はまるで映画のセットのようにも見えた。

「な、なんで、こんなとこに――ビル群!?」

「驚いたかの?
ここ、白陽研究都市は今や――王宮ともよばれておる」

ヒョイっとお爺さんがハンドル片手に夕鈴の方を振り返る。

「――王宮?」

夕鈴は胡散臭げにお爺さんを見つめる。

あっという間に軽トラはその都市の中心にあるひときわ高いビルの前に留まった。

キキキッと急停車する時に、夕鈴は荷台から転げ落ちそうになって
思わず必死に軽トラの端につかまった。

「ほいっ、ここじゃ、ここ!
あとは一人で行けるじゃろ?」

「ありがとう、お爺さん」

「お前さん、頑張るんじゃぞ?」

シッシッシと、人をくったように嗤うと、ハンドルを握った老人は軽トラを発進させて、あっというまに遠ざかって行った。

夕鈴はビルを見上げた。

白亜の神殿ならぬ研究棟…。
中に入ると、ウロウロと白衣を着た科学者。
エントランスから入ると、最新の設備のビルはどこもかしこもピカピカで、おちついた照明に囲まれると、外のカボチャ畑とはなんだか別世界のように思えた。

こんな田舎の畑の真ん中に――と夕鈴は驚きを隠せない。

「…と、とりあえず。
面接、よね?」

おずおずと、エントランス正面にあった受付ブースの前に立つ。

「いらっしゃいませ
画面を軽くタッチしてください」
と液晶画面に表示されている。

これでも一応、都会っ子よ?
これくらい使えこなせなくてどうするの!

夕鈴はおずおずと指を差し出し、タッチパネルモニターに
父さんのメモに書かれていた部門コードを入力し
受付画面のボタンを押した――。

* * * * * * *

二人の人間を前に
夕鈴は、硬直しながら青ざめ佇んでいた。

言葉が途切れたとたん、
しん、と静まり返る室内。

「――以上です」

「…」

足元を見ていた夕鈴は、
無言の圧迫を感じつつ、チラリと顔をあげる。

途端に、無表情な鋭い視線に射抜かれ
夕鈴はびくり、と肩を震わせた。

視線の先には冷たい表情をした男が椅子に座っている。
先ほどから手足は冷たくなって、ドクンドクンと心臓の音だけが響いていた。

先ほどから恐ろしい空気に晒されていた夕鈴は

『こんな面接って、あり?
まるで取調べみたいじゃない――』と
ビクビクしながら心の中で反芻していた。

「…と言うわけで、汀夕鈴どの。
あなたにはこの方の嫁として、過ごしていただきたいのですよ」

目の前に座りジッと夕鈴を見つめていた男の傍に立つ男の口から、説明が続けられた。

「――はぁ?」
夕鈴は汗をにじませながら、白目を剥いた。

ビルの最上階をぶち抜いた広大なワンフロア。

落ち着いた室内は重厚かつ簡素な設えでありながら、
どれもこれもお金がかかっているのが分かる。

シンプルなコンピューターが置かれた大きな執務机。

部屋の中央に据えられた、あたかも玉座のような大きなイスに
大農王と呼ばれる黒髪、長身の若い男が座っている。

その視線は冷徹で、凍り付くようなオーラをまとっている。

李順と名乗った男が言葉を続ける。

「――詮索は一切無用。
貴女は雇われていることを伏せ
表面上、嫁として暮らすだけです。
そう難しい仕事ではありません」

(む、難しくないとかの問題じゃないわっ!
――怪しすぎる)

もう一度勇気を振り絞って顔をあげた夕鈴の方を、紅い瞳でジロリと睨んでいる。

背中がゾッと凍り付く思いがする。

『怖い、こわい、こわいこわい!!
…この黒髪の人、何っ?
怖い~~っ!!』

「これまでのご説明通り。
あくまで、この方の縁談除けのための『バイト嫁』です」

メガネをかけたウエーブのかかった茶色い髪を後ろで一つに束ねた、生真面目そうな青年が夕鈴に重ねて冷静にかつ端的に説明を加えた。

ここいら一帯は白陽と呼ばれ、地平線の端から端まで見える土地はすべてこの珀家の持ち物だという。

昔から豊かな風土に恵まれ、農業が盛んな土地、白陽。

兄亡きあとこの土地を受け継いだのが、冷酷非情の狼陛下、珀黎翔と呼ばれる目の前の男の人だと説明された夕鈴は、田舎の収獲バイトに応募した自分が、なぜ今ここにいて、李順という人から有無を言わせず説明を受けているのかも分からず、困惑をしていた。

大農王と呼ばれる珀家の歴代当主の中においても沈着冷静で明晰な頭脳を持つ彼は、世界的にその手腕を買われている…らしい。

行き詰まった兄の経営を引き継いだ珀黎翔は、次世代コンピューターを積んだハイテク耕作機械導入を強みに、やる気を失い荒れ果てていた農地を整備し、新たな開墾をすすめた。灌漑用水路の整備の分野でも成果をあげ、短期間で耕作面積を飛躍的に広めた。
また珀家の所有する広大な土地をバックに農業、畜産、林業のみならず、食品、繊維、燃料のジャンルに手を広げ、精力的に土地改良、育種、バイオ燃料、バイオ医薬品を扱う部門を傘下に取りこみ、多岐に渡って精力的な経営を推し進め、白陽の地を復興させた若き経営者であった。

夕鈴にとって、なんとも壮大な話であった。

「――以上のように、若き実力者である陛下の周りには、このところ縁談話が絶えません。
そこで、『収穫期のこのくそ忙しい時期』だけでも業務に集中できるよう、
けん制として『偽の婚約者』バイトを雇うことにしたわけです」

いっきにまくしたてると、李順という人は、パタン、とフォルダーをとじた。

あまりの話にあきれ返りながらも、李順という担当者と狼陛下の二人のド迫力に気圧されながら夕鈴は呆然と話を聞いていた。

「…ええと。それは、つまり。
バイトで、偽の、お嫁さんを演じろってことですか?」

混乱しながらも夕鈴が少しホッとしながら返答した。
するとおもむろに目の前の黒髪の青年が口を開く。
端正な造作は周囲の空気を凍らせるほど冷たい表情。

「――なんだ、手を出してはいかんのか」

『ゲッ』と夕鈴は吹いた。

こんな顔して、冗談、言うか――!?
それとも、本気ぃ――――???

「…」
ジッと紅い瞳で見つめられ、
夕鈴の背中には汗がダラダラ噴出した。

「短期間でお帰りいただく方です
跡継ぎ問題にでも発展しては少々面倒ですので」

メガネの人が、黒髪の『陛下』と呼ばれる青年に向かっていなす。

「…つまらんな。
せっかく愛らしい兎が来たものを―――」

『なんだか…肉食なかんじ~~~っ!!』

カタカタ震えながら固まった夕鈴。

逃げ腰な夕鈴に、李順が最後のダメ出しをする。

「バイト料は破格の待遇です――」

ハッと夕鈴の表情が引き締まる。

(そ、そうだった――可愛い青慎のために、
お金が要るんだ…!)

夕鈴が踏みとどまったのを見ると、李順は頷き、念を押した。

「では。宜しいですね」

夕鈴は「え、?」とメガネの人に向き直る。

『もう話すこともない、決まったこと』とばかりに言葉を締めくくった。
それは有無を言わせぬもので、夕鈴は自分が生贄に決定したと知った。

「ちょ、ちょっと待ってください。
私、まだこのバイト、
やるともやらないとも――」

「…夕鈴殿?」

李順さんが顔を近づけて、静かにつぶやいた

「ここまで話を聞いて、
あなた
まさか断れるとでも思っていたのですか?」

ピラリと一枚の書類を広げて見せられる。

「…あなたの父上のサインです。
親権者による契約承諾書、それから前金支払い済みの証書です。

今更――逃げられませんよ?」

ざっと目を通すと
汀岩圭が闘鶏場でスった代金の肩代わりを前金として借金した先にドッサリ支払い済み、ということになっていた。

「前金は支払い済みです。
あなたにはその分、しっかり働いて返してもらいますよ」

『ええええーっ! 選択の余地なし?
あの、くそ親父ぃっ!!』

と心の中でちょっと悪い言葉で父をののしってしまった夕鈴。

「では、あと少しこちらも打ち合わせがありますので。
先ほど通したお部屋で、お待ちください」

とポイっと部屋の外に出されてしまった。

面接の前に、しばらく待たされた部屋の方へとぼとぼ歩き始めた。

部屋の外に出ると、あの一種独特な凍えるような雰囲気がようやくほぐれた。
夕鈴は深呼吸をした。

あの、恐ろしい人の、花嫁――?

『――ムリっ!!
あんな怖そうな人の、偽のお嫁さんだなんてっ!!!』

と、クルリと後ろを振り返る。

『断ろう!
辞めよう、今ならなんとか…』
夕鈴は拳を握り締め、足音を立てないように急いで廊下を面談した部屋の方へと戻って行った。

*